混沌暗転迷走虚空終焉



















「ウルキオラとヤミーのヤツ、現世に行くんだってさ。いいよなー・・・俺も遊びに行きてェ。」


そう言った瞬間、ディ・ロイはイールフォルトに殴り飛ばされた。
そのまま馬乗りになられ、驚いたディ・ロイは痛みをこらえながらも抵抗のために腕を伸ばす。
しかしそれすら軽く押さえつけられて、成す術もなく脇腹を斬魄刀で貫かれた。

「・・・う・・・ぁっ!」

走る痛みと感じる熱に喉の奥から絞り出すような声が漏れる。
今迄で最も深い傷を与えられ、ディ・ロイは物理的な痛みだけではないものに襲われた。
しかし―――


「まだ笑うか。」

吐き捨てるように呟くイールフォルト。
その下では刀に貫かれ床に固定されているのにもかかわらず、ディ・ロイがあのへらりとした笑みを浮かべていた。

「ちょっと・・・これは、ヤバいって。出血多量で死んじゃうから。」
「ヘラヘラ笑っているヤツが言っても信じられない言葉だな。」
「いやいや、マジであんまり良くないから・・・っ!」

剣が刺さったままの傷口を強く押し、さらにイールフォルトは骨ばった中指をグイッとその中へ押し込んだ。

「・・・っ!!」

声もなくディ・ロイの体が跳ねる。
そのことで余計に傷口が広がり、飛び散った血がイールフォルトの頬に付着した。

指を引き抜き、紅く染まったそれを見やる。
イールフォルトはその手でディ・ロイの頬を撫ぜると口角をゆるりと吊り上げた。


「っイ・・・、ル?」

頬を撫ぜる感触にディ・ロイがイールフォルトへと焦点をあわせる。
その顔には笑み。
少し弱々しくはあるが左目を細めてディ・ロイが笑っていた。
はたとそれに気づいたイールフォルトは瞬時に顔を歪ませる。
奥歯をギシリと噛み締め、ディ・ロイの首に手を伸ばし・・・


「・・・ああ。見えないところにつけるんだったよな。」

歪めていた口元を正してイールフォルトは愉快気に呟く。
そして突き立っていた斬魄刀を引き抜くとディ・ロイの両手を頭上で素早く組ませ、合わせた手のひらをその刀で貫いた。

「いっ―――!」

襲い来る痛みをディ・ロイは一瞬だけ唇を噛んでやり過ごす。
そんな彼の様子に構うことなく、イールフォルトは仮面で隠れたディ・ロイの右目へと手を伸ばした。
それを左目で追うディ・ロイ。
イールフォルトの長い指が仮面の下に潜り込み、閉じられた瞼の上から眼球をなぞる。

「な、に・・・」

ゆるゆるとなぞられる感覚を右目で受けながら声を出すディ・ロイ。
羽根の様に軽く優しい感触に作るわけでもなく自然と頬が緩む。
と、ちょうど真ん中のあたりで指の動きが止まった。
ディ・ロイがキョトンと不思議そうな顔をすると、指がそこに軽く爪を立てる感触。
そして―――




「っああああああああ!!!」

グジュと嫌な音を立てて指が右目に押し込まれた。
激痛にディ・ロイの左目が見開かれる。
殆ど無意識で捉えた視界には歪んだ笑みのイールフォルト。
その彼が指の第一関節を曲げてつぶれた右目をさらにかき回す。


「あ゛、あ゛、あ゛・・・」

全身が痙攣を起こし始め、ビクンと波打つ。
外気に曝されたままの左目からはとめどなく生理的な雫が流れ、それはイールフォルトによってつけられていた頬の血を攫って紅く染まる。

完全に笑みが消え失せたディ・ロイを見やり、そうしてイールフォルトはズルリと指を引き抜いた。
ひときわ大きく痙攣を起こし、プツンと糸が切れたようにディ・ロイはそのまま気を失ってしまう。

しばらくそのままでいたイールフォルトであったが、やがてゆっくりと斬魄刀に手を伸ばし、静かにそれを引き抜いた。
そのまま斬魄刀を床に放り出し、血にまみれたディ・ロイの手を取ると、そこにやんわりと唇を寄せる。

傷口に舌を這わせ、イールフォルトは苦しげに目を閉じた。



「・・・・・・・・・・・・な。」



小さく小さく。
本人ですら聞き取れないような呟き。

息を吸い、震えの混じる声でイールフォルトは再度口を開く。



「へらへら笑うな。苛立たせるな。」







「俺以外を見るな。俺以外と口を聞くな。」



















「・・・・・・・・・俺以外の名前を口にしないでくれ・・・」



――――――懇願の言葉を。























これは、言ってはいけない願い。










サドで独占欲が強くて、でも優しくて弱虫な王子様。







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