いつも以上にカリカリした雰囲気を纏った長髪の持ち主に向かって、ディ・ロイは躊躇いがちに口を開いた。 「・・・なぁ・・・何かあったのか?」 返答はなし。 ディ・ロイに話しかけられてもその人物はただ足早に進んでいくだけだ。 「なぁ・・・イール。」 イール、と愛称を呼ばれても返事が返される事はない。 それどころかますます歩みが速くなっているような感じさえする。 それでもめげず、ディ・ロイも足を速めて横に並ぶと、顔を覗き込むようにして再度名前を呼んだ。 「イールフォルト、一体どうした・・・ぐぁッ!」 最後まで言い切ることなく、ディ・ロイの体が横に吹き飛ぶ。 通路の壁に激しく体を打ちつけ、ズルズルと床に座り込んでゴホッと数度咳き込んだ。 「・・・ッ、痛いって・・・」 自分を張り飛ばした人物―――イールフォルトを見上げて、ディ・ロイはへらりと笑みを浮かべる。 そんな彼の表情にイールフォルトは不機嫌そうに顔をゆがめて「カスが」と睨みつけた。 しかし、そんな視線を受けてもディ・ロイの顔には相変わらず軽い笑み。 「・・・いちいち煩い。どうしたどうしたって。お前には関係ないだろう?・・・正直鬱陶しいんだよ。」 「ハハ・・・そっかな・・・」 仮面から覗く片目をさらに細めながら呟くディ・ロイの表情はやはり『笑み』と名が付く物のまま。 するとそれを目にしたイールフォルトは腰に下げていた斬魄刀を鞘ごと抜き取り、それを右手に持って大きく振り上げた。 「だから鬱陶しいんだよお前はッ!!」 ガンッという鈍く重い衝撃音の後、イールフォルトはその場を去った。 残されたのは壁に飛び散った赤いもの。そして血を流すディ・ロイの姿だった。 ウルキオラがその場を通りかかった時、角の向こうからある意味かぎ慣れたにおいが漂ってきているのに気づいた。 それは鉄臭。血のにおい。 ウルキオラは僅かばかり歩調を速めてそちらへと向かった。 角を曲がって目に飛び込んできたのは壁に飛び散る赤い液体、そして倒れこんでいるディ・ロイだ。 「・・・・・・ディ・ロイ?」 傍に駆け寄り、その場に膝をついて呼びかける。 もう一度疑問符つきで名を呼ぶと、「・・・ッ」という呼気が発せられた。 「ディ・ロイ、起きられるか?」 「・・・だ、だいじょーぶ。・・・・・・イテテ。」 そう言ってゆっくり起き上がり、未だ顔は伏せたままでディ・ロイが口を開く。 その様を見守りながらウルキオラは「何があった」と問いかけた。 「ウルキオラが気にすることねーよ。そんな大層なモンでもねーから。」 「・・・その顔でそんなことを言っても説得力の欠片もない・・・と思うのだが。」 ウルキオラが見たディ・ロイの顔は所々が痛々しく青紫色に染まり、更には口端から血が一筋。 薄れつつあるが、襟から覗く首筋には誰が見ても分かるであろう、首を絞めた痕。 「誰にやられた?・・・いや、誰にやられている?」 問い直したウルキオラにディ・ロイが弱々しい声で返したのはある人物の名前だった。 「・・・イール・・・イールフォルト・・・」 きつく目を瞑り、搾り出すようにそして悲しみの色を乗せて囁かれる名。 実はその声には別の『何か』も含まれていたのだが、それに気づくことなくウルキオラは「そうか」と淡々と返した。 立ち上がり、ウルキオラは言う。 「仲間内でこういう事が行われている・・・市丸様か藍染様あたりに報告した方がいいか・・・」 すると呟きとも語りかけとも取れるその台詞を聞いて、ディ・ロイがウルキオラの袴の裾を掴んだ。 「何だ?」 「ウルキオラ・・・頼む、この事は誰にも言わないでくれ。」 「何故?」 「頼むから・・・」 敵わない相手から傷を負い、それでも誰にも言うなと懇願するディ・ロイの姿にウルキオラは首を傾げる。 「ならば質問を変えよう。何故甘んじてそんな暴力を受ける?そんな顔をしているくらいだ、嬉しいわけでもないだろう。」 「・・・それがイールだから・・・」 「イールフォルトだから?」 「俺は・・・」 ウルキオラが聞き返すと、ディ・ロイはそこでいったん言葉を切り、再度息を吸ってから口を開いた。 「俺は、イールが好きだ。 だから俺を殴ることでイールの気が少しでも楽になるなら、俺は笑顔でそれを受け入れる。」 そう言うと、ディ・ロイは握っていたウルキオラの袴の裾を離した。 「・・・そうか。」 ウルキオラが呟く。 「わかった。この事は報告しないで置こう。お前も早くその傷を治せ。」 「・・・ありがとう。」 「礼を言われることなどしていない。」 「ハハッ・・・ウルキオラらしい。」 そう言って笑ったディ・ロイの表情は、柔らかくそして優しかった。 貴方のために傷つき、貴方のために笑う。
|