「知られたくないものなら、今くらい襟は閉じておけ。」 己の首をトントンと指差しながらのウルキオラの台詞にディ・ロイはハッと首筋に手をやった。 彼自身が見ることの叶わないそこについているのは一本の筋。 首を一周する濃い青紫色のそれは、まさしくついさっき付けられた物であった。 「やっべー・・・そんなに目立つ?」 「まぁそれなりには。」 苦笑を浮かべるディ・ロイへとウルキオラが溜息交じりに返す。 少し気をつけて見れば嫌というほどに目に付く。衣服の陰に大小数多の紫斑。 しかしそれとはまた一線を画す絞首痕に視線を戻すと、ウルキオラは口を開いた。 「また、イールフォルトか。」 「イール以外の誰にも、こんな事させるつもりなんかねーよ。」 全開だった前を半分ほど閉めたところでディ・ロイが呟く。 そのまま首から左胸に薄く残る打撲痕へと手を這わすとゆっくり目を閉じた。 「・・・イールフォルトにつけられた傷が愛おしいのか。」 「ウルキオラも『愛おしい』っていうコトバ、知ってたんだなァ・・・・・・って、冗談だよ冗談。 言っとくけど、俺、別に傷つけられんのが好きってワケじゃねーからな。」 「相手限定のマゾヒストではないと?」 ウルキオラの台詞にディ・ロイは「ゲェ」と顔をしかめる。 「言ってくれるなァ・・・ま、そうだな。痛いのキライだし。」 そうしてへらり、と笑った。 「・・・わからないな。そこまで酷い目に遭ってさえ、アイツのためになら・と笑えるのか。」 「そうだよ。痛いの嫌だし、正直危ない所まで行ったりする事もあるけど、俺はこの行為にそれだけの価値があると思ってる。」 「その考えは理解に苦しむ。」 ポツリと零すウルキオラにディ・ロイが苦笑を返した。 と、その表情にさらに僅かな柔らかさが加わる。 しかしウルキオラがディ・ロイの変化に気づく前に、コツンと硬質な足音が響いた。 「ウルキオラ、ソイツに何の用だ。」 棘を含んだ物言い。 ウルキオラが後ろを振り向けば、そこには剣呑な目つきのイールフォルトがいた。 「イール!」 喜色をあらわにしてディ・ロイがその名を呼ぶ。 「カスには訊いていない。黙っていろ。」 「・・・っあ、ああ。ごめん。」 「で、一体何だ?」 ディ・ロイを一瞥したあと、再度イールフォルトが問いかける。 ウルキオラは俯くディ・ロイの気配を感じながらやや高い位置にある顔を見返した。 そして表情を欠片ほども動かすことなく一言。 「いや、特に何も。」 イールフォルトの眉がピクリと動く。 しかしウルキオラはそれ以上何も言うことはなく、スッとその場を後にした。 「・・・イール?」 ウルキオラの背を睨みつけるようにしていたイールフォルトを見上げ、ディ・ロイが躊躇いがちに名を呼ぶ。 「お前、さっきあの野郎と何を話していた?」 「あの野郎・・・?ウルキオラのことか?」 「ああそうだよ!」 不快感をありありと滲ませながらイールフォルトはディ・ロイの襟首を掴んだ。 そんな突然の暴挙に驚くが、ディ・ロイはすぐにへらりと笑って「ただの世間話だって」と答える。 「ホラホラ、あんまし青痣とか見せびらかすもんじゃねーからって、な?」 閉めかけの前を指で摘まみながら言う。 すると視線をそちらに向けたイールフォルトは先程自分がつけた首の痣に気づき、次いでディ・ロイの耳元へと口を寄せた。 「それなら今度は見えないところにやってやるよ。」 そうして酷薄な笑みを浮かべる。 対照的にディ・ロイの表情からは笑みが消え、襟を摘まんでいた手はぎゅっと布を掴んでいた。 しかしそのことに気づく者はその場に誰一人としていなかった。 貴方が好きなのに、貴方が痛い。
|