■再録内容一覧(タイトルクリックでサンプル)

Dears (ディアーズ)
シュバルツバルトの悪魔
君がいるから呼吸ができる
献身的御使い
嗚呼、人生は上々だ。




■書き下ろし「バッドエンドループ」サンプル



 おや。と思った。
 正十字学園の寮に住んでいる奥村兄弟の朝食は兄である燐が作る。雪男自身も作れないわけではないが、兄の唯一と言ってもいい特技を披露する場を奪うのは忍びないし、それに何より兄が作ったものの方が格段に美味しいからだ。
 これでもし兄弟二人しか住んでいないこの寮に新館と同じく食堂のおばちゃんなるものがいれば話は別だが、生憎ファウスト理事長もといメフィスト・フェレスがそのように手配する様子は今のところない。まあ、少々事情を抱えた兄との生活に他人が入り込むのは雪男としても好ましくない事態なので現状に不満はなかった。
 ともあれ、兄が作る料理は雪男の生活の中でかなり重要な位置を占めるものだ。人間が持つ三大欲求の一角「食欲」を満たしてくれるのが味気ないコンビニ弁当でもなく下手くそな調理実習じみた料理でもなく、味・栄養バランス共に完璧な食事なのだから。
 雪男が燐の作る料理に対して文句を言うことはない。言う必要が無い程に兄はよく考えて作ってくれるからだ。また何であっても兄が作る料理は美味なので、繰り返し出ても構わないと思っている。ただし雪男がそう思っていても燐が――元々作り置くために作った物やひと手間かけた物はさておき――二回連続でまったく同じ献立を用意したことはなかった。
 ……なかった、のだが。
 現在、雪男の目の前に並べられた朝食は昨日の朝食と全く同じものだった。
 ほかほかのご飯と焼き鮭、ほうれん草のおひたし、なめこの味噌汁、味が良く染みていそうな芋の煮物。
 煮物は一昨日の夕飯用に燐が作り、余ったので翌日(つまり昨日)の朝食に温め直して、更に彩りとしてさやいんげんを追加したものだ。そして昨日の朝食で全て食べきったはずだった。しかし現実として、雪男の前には昨日と同じ見た目の煮物の小鉢が鎮座している。まさか今朝用に新しく作ったというのか。
「兄さん」
「ん?」
 正面で何の躊躇いもなく食事に手をつけようとしている兄を呼んだ。雪男の好きな魚を加えているためか、その顔はどこか誇らしそうでもある。
 そんな兄に言って良いものか……。迷うけれども、雪男は意を決して口を開く。
「昨日も同じ献立じゃなかったっけ」
「はい?」
 きょとんと目を丸くし、燐は小首を傾げた。意外だとでも言いたそうな顔である。
 その顔は、しかしすぐに苦笑へと変わり、
「なーに言ってんだよ。寝ぼけてんのか? それとも予知夢ってやつでも見たってのか?」
 そもそも鮭は一週間ぶりだぜーと兄が笑う。
 確かに一週間ほど前の夕飯に鮭のアラの煮物が食卓に並んだのは雪男も覚えている。一週間と一日前の話だ。
(どういうことだ)
 兄は今日と昨日の朝食の献立が違うと疑いもなく思っている。それを作っている本人が。反して雪男は昨日も今日も同じ物だと記憶が言っている。
 雪男の勘違いなのだろうか。何せ違うと言っているのは兄本人なのだから。
「……雪男?」
 黙り込んだ弟を心配して兄が顔を覗き込んでくる。それに何でもないよ、と返して雪男は箸を手に取った。
「うん。きっと僕の勘違いだ。いただきます」