ゴゥッと青い炎が大地を舐める。
 人も悪魔も飲み込んで、しかし燃え盛る炎の音に紛れて届くのは人ではなく悪魔が絶命間際に上げる悲鳴のみ。またそれも長くは続かず、青い炎が消えた後には祓魔師達と戦っていた悪魔だけが姿を消していた。それ以外は人も地面も建物も植物もコゲ跡一つない。
「奥村くーん。ちぃとやりすぎとちゃいますん?」
「そうかぁ? でもちゃんと勝呂が指示した範囲だけしか使ってねーぜ」
「面積やなくて体積ですっちゅうに。縦ですよ、縦。飛行系の悪魔は少ないし、坊ら竜騎士がやる言うてはったやん」
「……おお!」
「忘れとったんやね」
 特徴的な方言を使う呆れたような声に、どこかまだ幼さを残した声が「あははー」と笑って答える。ここが大規模討伐の最中であるにも拘わらず。……否、その討伐はたった今終わってしまったのか。
 あっと言う間の収束に、彼≠含むチームに初めて参加した奥村雪男は眼鏡の奥で両目を見開いた。
 彼らが祓魔師達の中でも異様なチームであるのは噂で聞いていたし、何より彼≠ェいるのだから当然だろうと納得もしていた。しかし聞いていただけと実際に見るのとは、同じものでも感じ方が全く違う。
 驚きと共に畏怖を。畏怖と共に敬意を。敬意と共に嫌悪を。嫌悪と共に羨望を。相反する感情を一気に抱えてしまえるほどの何かを、青い炎の主はそれを見る者に与えるのだ。
「これが……いや、彼が」
 唖然としながら雪男は呟く。
 少し離れた所ではピンク色の髪をした祓魔師の青年と黒髪の少年が歩きながら楽しげに談笑していた。彼らが向かう先にはこのチームのリーダーを務める金メッシュの仏教系祓魔師の青年が立っている。
 と、その時。一匹討ち漏らしていたらしい飛行系の悪魔が少年に飛びかかった。しかし少年は肩に引っかけた刀を抜くでもなく、全身に青い炎を灯しそれによって近付いた悪魔だけを燃やし尽くした。隣にいたピンク色の髪の青年には怪我一つない。
 青い炎は祓魔師達の敵、悪魔の王であるサタンの証。
 しかしそれを操る少年は決して人間に牙を剥かない。
「彼が、騎士團の武器……」
 人間に与する、青い炎の繰り手。名を奥村燐と言う。
 そして彼こそが―――
「僕の双子の兄、なのか」
 同じ女の腹で形作られた雪男の兄。
 一方は魔神の力を受け継ぎ、もう一方は受け継がずただの人間として生まれた、最も近くて遠いヒト。
 二十年間ずっと離れて育ってきた兄の姿を目にして、雪男は苦しげに胸を押さえる。祓魔師になるまでその存在すら知らなかったというのに、こうして一目見ただけで切なくなるのは何故だろう。やはり血の繋がりがそうさせるのか。
(兄さん)
 声には出さずに呼ぶ。
 彼は雪男の存在を知っているらしい。自分とは違う、人間の弟を。
 一緒に生まれてきたはずなのに全く違う境遇の弟に対して彼はどんな感情を抱いているのだろう。好かれているとは思わないが、ただ嫌われているのは嫌だなと思った。
(兄さん、僕だよ。貴方の弟がここにいる)
 もう一度声もなく呟いたその時、くるりと燐が振り返った。
 雪男とよく似た、けれどもっと濃い青を宿した瞳がこちらを捉える。そしてそれが笑みの形に細まって―――
「お前もこっち来いよ!」
 雪男に向けられる、声。
 勘違いかもしれないが、こちらを見る目は燐が仲間達に向けるものとはまた違った意味合いを含んでいるように思えた。
「ゆっきおー! 早く早く!」
「今行く!」
 初めての会話がこれってどうなのかな、とも思いつつ、雪男はそう答えて走り出す。「お疲れー」という声と共に差し出された手は人間と何ら変わらず温かかった。