本文よりchapter 3抜粋。


副題
奥村先生(兄)ファンの一部は変態です。…おいこらそこ、「本当に一部で済んでるの?」なんて言うなよ。


 突然で申し訳ないが、うちの塾の一年生体育実技担当講師は悪魔である。正確に言うと人と悪魔のハーフなのだが、悪魔の力が覚醒してしまった所為で正十字騎士團内では完全に悪魔認定されている。
 今はもう騎士團(人間)側の悪魔≠ニして基本的には他の人間の祓魔師と同じように扱われているが、十年前はとんでもない状態に立たされていたらしい。何でも、悪魔の存在を知ってからまだ一年も経っていない時期の祓魔師認定試験に合格しなければ処刑、なんて状態だったのだとか。なにそれこわい。
 まあ仕方が無いと言えば仕方が無いのかもしれないな。何故なら燐先生はただの悪魔のハーフではなく、正十字騎士團が最大の敵としている悪魔の王・青焔魔の落胤なのだから。今は(ぶっちゃけ燐先生とその周辺の人間が頑張ったおかげで)青い炎が憎悪に直結することはほとんど無くなったが、当時は「燐先生が継いでしまった青い炎=青焔魔=人間の敵」みたな思考回路を持つ祓魔師が九十九パーセントを占めており、燐先生は圧倒的不利な立場だった。
 何はともあれ燐先生は大変だった。でも頑張って頑張って諦めずに頑張り続けて、十年経った今は立派に上二級祓魔師兼祓魔塾の講師である。しかも騎士としての能力はピカイチでファンも多い。
 んで、悪魔であることも青焔魔の落胤で青い炎を扱えることも騎士團内ではフルオープンにされており、

「先生! その尖った耳ちょっと触らせてもらってもいいですか!」
「お前さっきまで自分が中級悪魔に襲われてたこと覚えてるか!?」

 塾生の一人(しかもお淑やかで有名だった女子!)が挙手して発言した内容に、燐先生が思わずと言った風体で叫ぶ。
 いや、燐先生の発言で多少予想は出来たかもしれないのだが……俺達、祓魔塾生はとある任務――と言っていいのか、ただの実習と言えばいいのか微妙なところ。でも訓練生から候補生にはなったんだぜ!――で学園の敷地外に出ていた。
 そんな折、想定外の中級悪魔に襲われ、引率である燐先生が対応したのだが、燐先生の対応=基本的に倶利伽羅抜刀=普段は件の鞘で封印している悪魔の力を覚醒させて見た目もちょっと悪魔っぽくなる、である。つまり今の燐先生は普通の人間と比較して耳が尖っていたり犬歯が鋭くなっていたり身体のいたるところに青い炎が灯っていたりするわけだ。
 こんな燐先生の姿は生徒である俺達も滅多に見られるもんじゃない。予備知識としては教えられているけどって感じだ。
 こうやって生徒ではなく講師が対処するような場面にでも出くわさない限り、候補生である俺達が燐先生の悪魔バージョンを見られる機会なんてほぼゼロである。
 そしてそして。実は俺、少し前にも燐先生の悪魔バージョンを拝める機会があったのだが、それは騎士志望の塾生達だけだった。そん時の引率も燐先生だったからな。で、先程の挙手した女生徒は詠唱騎士志望。なかなか燐先生が引率役になってくれる任務には当たらない。だからきっと燐先生の悪魔化を目撃したのは今回が初めてだったのだろう。
 嗚呼、なんと言うか……興奮冷めやらぬ? ライオンやらペンギンやらパンダやらを目の前にした子供? ぶっちゃけ悪魔に襲われた瞬間より心拍数上がってるんじゃないか、あの子。今もまだ目をキラキラさせて「覚えています! 先生ありがとうございました!」と答えているが、その手は先生の耳を触りたくてワキワキさせている。
「先生! 襲ってくる悪魔の脅威は去ったので、この機会に先生のお耳を触らせてください! 無償が駄目ならお金払いますから! 一発一万円くらいですか!」
 なんそれこわい。どこぞの風俗店か!
「なんそれこわい。どこぞの風俗店か!」
 図らずも先生と思考をシンクロさせてしまった俺。でも他の奴らだって同じような思考を……おいこら財布の中身を確かめた奴、前へ出ろ! 前へ!
「お願いします先生! 生徒のためを思って!」
「せ、生徒のため……」
 あっ、いつの間にやら燐先生的に弱いワード「生徒のため」が発動されている!?
「うーん。じゃあちょっとだけなら」
「わかりました! ありがとうございます! さきっちょだけならオッケーなんですね!」
 本日最高レベルに目をキラキラさせて女生徒が先生の耳に手を伸ばす。でもなんか「さきっちょだけって卑猥だよな」まったくその通りだ。つか俺の思考に台詞被せてくるなよ隣のクラスメイト君。
「すまんすまん。でもあれか。穴に突っ込んだら一万円か」
「耳だよな!? 耳の穴に指をとか言う話だよな!? 冗談の方で!」
「あったりまえだろー」
 思わず思考に収まりきらなかった分を声に出せば、隣の奴が朗らかに笑う。あれ。おかしいな……。こいつ、さっきまで悪魔を剣で切り裂いた燐先生の姿に「格好いい……」とか感嘆してたはずなんだけど。なんでいきなり変態?
 視線の先では燐先生の接触許可を貰った女生徒が感極まった表情で尖った耳に触れている。十分堪能した後、離れながら言った「もうこの手は洗わないでおこう」という台詞は聞かなかったことにする。燐先生だって若干口元をヒクつかせただけで忘れることに決めたようだし。
 先生は女生徒が離れるとさっさと剣を鞘に仕舞った。周囲から残念そうな溜息が聞こえたが、こちらはさらっと無視。「えー。ゴホン」なんてわざとらしい咳をし、燐先生は気を取り直して任務の続行を告げた。