ネ バ ー エ ン ド #8
土御門元春は孤独だった。 天賦の才と多大なる努力。その二つが合わさる事でまさに天才魔術師への道を着実に歩み始めていた土御門は、それゆえに他人とは一線を画し、明るい言動とは裏腹にその内心はひどく孤独だったのである。 無論、彼の容姿や態度は社交的であったし、外から見れば彼を孤独と思う者などいないだろう。だが土御門本人としては自分と同位もしくは(魔術のカテゴリとはまた違う意味で)同種の人間など周囲に居らず、ただ一人、広大な空間に置き去りにされているような感覚を抱き続けていた。 そしてまた、上条当麻も孤独だった。 一般家庭と同じように、あるいはそれ以上に両親の愛情を受けて育ってきた当麻だが、周囲の反応が酷すぎた。大人も子供もそれらを包括し煽動するメディアも彼の「他とは違う」力の働き具合にばかり目を向け、上条当麻という人間そのものを見る事は無い。自分達には理解不能な特異性を面白半分に誇張して、小さな子供でしかない当麻を悪意ある興味と迫害で覆い尽くしていたのだ。 上条当麻には両親がいる。上条当麻には教師や同じレベルで学ぶクラスメイトもいる。しかし当麻の周りには彼のような他とは違う能力の持ち主も、また彼個人を見つめながら彼の力を肯定してくれる人間もいなかったのである。 * * * 「こりゃすごいにゃー」 自身の魔術が一瞬で、しかも右手で触れるだけで消されてしまったのを目の当たりにし、土御門は目を丸くして呟いた。 学園都市にいた事があったと言っても然程長い期間ではなく、また父親がオカルト方面に力を注いでいた事もあってか、上条当麻なる人間はそれほど苦労せずに魔術という現象を受け入れた。その彼の一番近くで魔術を説明し、目の前で実際に使ってみせた土御門に、続いて上条当麻が自身の能力を示す事になったのも当然の結果と言えよう。 そう言う訳で、今、この場で、当麻は異能ならば神の御加護だろうが赤い糸だろうが問答無用で消し去ってしまう能力を土御門に披露した。ただし、やはり過去の事があってか、土御門を見守る表情は硬い。 「こ、んな、感じ。やっぱ変だろ……?」 完璧なまでに効力を失った術式を見て感嘆する土御門に当麻がおそるおそる問う。 やはり見せない方が良かっただろうか。いや、でも彼は上条当麻という人間を預かる家の長子であるし、当麻の能力を調べてくれる人間でもある。また当麻を『異能の持ち主』だけではなく『上条当麻』という一人の人間として見、今も友人という名の関係を築こうとしてくれている人物だ。ならばこんな重大な事を曖昧に隠したままでいいはずがない。―――当麻の硬くなった表情には不安と共にその決意が滲んでいた。 そんな当麻と、顔を上げた土御門の視線がかっちりと合う。と同時に、土御門の表情を見た当麻が「えっ?」と零した。 「すごいぜいカミやん!! 陰陽道の天才と言われるオレの魔術をこんなにも簡単に消しちまえるなんて…! しかも対抗用の術式なんて一切無し! こりゃたまらんにゃ!」 当麻を見つめる土御門の目は好奇に輝いていた。魔術強化のため染めていると言う金の髪よりも余程キラキラと。 彼の表情から読み取れるのはどれもこれも好意的な感情ばかりだ。かつて当麻が他人から向けられた否定的・排他的で害意の篭ったものなど欠片もない。 己の過去とあまりにも違うその反応に当麻は困惑し、動きを止める。だが決して嫌な気分ではなかった。感じている困惑は不慣れゆえのものであり、土御門の声や表情は本物であると直感が告げていたからだ。 やがて当麻は「すごい」を連発する土御門を前にしてゆるゆると頬の筋肉を緩めていった。緊張に強張っていた身体からも余分な力が抜けていく。 「すごくなんか、ない。いっぱい勉強して魔術を身に付けた土御門の方がよっぽどスゲーよ」 賞賛を受ける事と賞賛する事の両方に幾許かの羞恥を感じながら当麻は言った。視線を逸らすのは耐えられたが、黒髪から覗く耳が僅かに赤く染まっている。 そんな当麻のはにかんだ表情を目にして土御門が一瞬固まった。本人にしか判らなかっただろうが、何故か心臓もバクバクと収縮するスピードを上げている。だが当麻がそんな相手の様子を疑問に思う間も無く、土御門はやや大袈裟に「いやー照れますにゃー」と冗談混じりに頭を掻いてニッと歯を見せた。 「なぁ、もいっかい見せてもらってもいいか?」 「うん!」 「よっしゃ! んじゃ次はオレの得意な黒の式でカミやんの力に挑戦ぜよ!」 土御門が笑い、釣られて当麻も笑う。 ―――孤独な天才と孤独な異端。 異能が無ければ決して出会わなかった二人は、しかし現実として出会い、互いを知り、今こうして本当の意味での『友達』になったのだ。 だが、こうして穏やかな日常が始まって一年の半分ほどが過ぎた頃。 事態は (2009.09.22up) |