ネ バ ー エ ン ド #7
土御門元春がその少年と出会ったのは、互いにまだ一〇歳にも満たない頃だった。 古くから続く陰陽道の家系―――土御門家。その本家の長子として生を受けた土御門元春がある日突然引き合わされたのは、黒髪黒目、己よりもやや小さな体格の少年だった。聞けば同い年だと言う。 さて、同い年(同じ学年)だからという理由だけで既に魔術師としての天才的な才能を発揮し始めていた土御門がこの場にいなければいけないかと問われれば、答えは当然のようにノーだ。つまり、部屋の上座にいる土御門の正面―――畳敷きの広い和室のほぼ中央で緊張した面持ちのまま正座する少年には、魔術師・土御門元春と顔を合わすだけの理由があると言う事。 どこか別の流派の陰陽師か、それとも西洋魔術を学んでいる人間なのか。 推測を立てつつも自分が喋るべき時ではないと判断して、父親――土御門家の当主――と、少年を挟むようにして座す彼の両親の話に黙って耳を傾ける。 「この子が話に在った、あの……?」 「はい。当麻と言います。……私達夫婦にとっては普通の子供なのですが、」 言葉を最後まで口にすることなく、少年の父親―――上条刀夜が目を伏せた。おそらく上条当麻という少年がこの夫妻にとって普通の子供と変わらぬ愛しい息子であっても、周囲からはそうと見てもらえないという事なのだろう。 前もって話を通していたらしく、土御門家当主は「それ以上言わずともよい、わかっています」と首を縦に振った。 当主のその様子を見て刀夜が僅かに表情を緩める。 「最初はオカルト方向に対処法を求め、それが効果無しと判断した次は学園都市―――科学を頼りました。しかしあの街でも結果は同じ。当麻の力については何も分からず、加えてオカルトとは正反対であるはずの科学の街でさえ、この子に対する態度は他と変わりません」 「そして貴方はついに我々のような存在に辿り着いた―――。 一般人である(らしい)刀夜が魔術師の存在に気付いた事に敬意を払い、当主はゆったりと微笑んだ。その後、彼は気を引き締めると同時に表情も引き締める。どうやら今回のこの対面の目的を話題に出すようだ。当主の変化を察した上条夫妻もピンと背筋を伸ばした。 「お話を聞き、また先日どのような力なのか手の者に確認させて頂きました。が、それだけでは当麻君の能力がどういう原理で行使されているのか私には解りません。それでも我が家で預からせて頂けるなら、我々はご子息のために全力を尽くしたい。原理が解らずとも対処法が見つかる可能性までは否定出来ませんから。……それでよろしいでしょうか?」 「…っ、はい。どうか息子をよろしくお願いします」 「お願いします」 上条夫妻が当主に頭を下げる。どうやらこの上条当麻という特殊能力持ち(なのだろう)を土御門家で預かるらしい。 自分がこの場にいるのはその同年代および魔術師として当麻の友人になるためか。 そう当たりをつけ、土御門は当麻を見た。ちょうど同じタイミングでこちらを見た少年と視線がばっちり合う。すると少年は緊張しつつも同い年の土御門に向けて頬の筋肉を緩ませ―――笑顔になる事なく、不恰好な表情を形作った。 「……ッ」 思わず息を呑む。これが自分と同い年の子供がする顔なのか。 上条当麻が浮かべた出来損ないの笑みを見て、土御門は彼がこれまでどんな目に合って来たのか想像してみた。両親には愛されて育ったようだが、それでもこんな顔をするくらいだ。他は、全くろくな物ではなかったのだろう。そしてきっと原因は当麻が持っているという能力。 無論、土御門とて魔術の腕を磨くため犠牲にしたものは少なくない。まだ一〇年足らずではあるが、一般的な子供とは随分違う生き方をしてきたと思う。だがそれでも笑えなくなる程強烈な体験はして来なかった。 胸が引き攣るように痛い。息が詰まって苦しい。 たとえどんな能力を持っていようと、こんな顔をさせてはいけない。 幼心に芽生えた使命感とも言うべき感情に押され、土御門は見本のようにしっかりと笑顔を向けた。 「オレは土御門元春。今日からよろしく頼むぜい」 常人よりもやや長い腕を伸ばして握手を求める。このように改まった場所でふざけた口調を使うのは良くないと解っていたが、それよりも自分が砕けた態度で接する事でこの少年の心に僅かでも近くなりたいと思った。 手を差し出された当麻は自身が浮かべた不恰好な笑顔を払拭するかの如き土御門の表情に一瞬だけ目を瞠る。だが純粋な子供ゆえか、これまで己を取り巻いていた環境とは違うらしい空気を敏感に感じ取って、おずおずと右手を伸ばした。 まだ小さな彼の手を土御門が引っ張るように握る。 「よろしくな、上条当麻―――いや、カミやん!」 「う、うん! よろしく」 ってな訳で、過去編スタートです。 ちなみに舞夏ちゃんはまだいません。 (2009.09.06up) |