殺人鬼が出る、というのだ。 それを退治してくれ、と。 任務を受けた当初は久しぶりの仕事に嬉しくて仕方なかったが、被害を受けている現場の人々のことを考えると、 そう喜んでは居られない。 「・・・にしても暗いよな・・・」 夜にならないと殺人鬼は出ないらしい。 そりゃ、真昼間から堂々と殺す奴は居ないと思う。 けど、思わずには居られない。 夜じゃなければ、浦原も一緒に来れたのに。 さっき言い争ったばかりで、いきなり呼び出すことは一護にはできなかった。 もしかしたら、また女の所に行っているのかもしれないし。 仕方ないから、一人で来た。 殺人鬼が現れるという場所に、真っ黒のフードを被り、刀を隠して。 「・・・・・まだかな」 自分以外に、気配は皆無。 付近の住民は殺人鬼の存在を恐れ、家から出てこないのか。 まぁ、もとよりこの辺りは郊外であるし、こんな時間に出てくる者など居ないだろうが。 その殺人鬼以外には。 ん? 今何か引っかかったけれど、一護にはその理由が分からなかった。 必死に頭の中で、つまづきそうな小石を探す。 この時刻、出てくる者など居ないはず。 出てくるのは殺人鬼だけ。 殺人鬼? 住民を殺す、殺人鬼。 人が居ないのに、誰を殺していたんだ? 「・・・・どういうことだろう・・・?」 眉を寄せて、考える。 深い思考の世界に堕ちる寸前、任務への集中力が落ちることにはっとした。 うろうろと動き回っても無駄なので、目を瞑って神経を研ぎ澄ませた。 刹那。 ヒュッ。 パシッ。 無意識に、飛んできたその弓を、一護は顔の真横で受け止めていた。 昔からそうだった。 意識の外で、体が動く。 「なんだ・・・?」 弓の飛んできた方向へ、さっと顔を向ける。 暗闇に目を凝らすと、びくりと怯える見知らぬ顔と目が合った。 「・・・殺人鬼ってのはてめえか・・・・っ!」 「ひぃ・・っ!化け物・・・!」 目を閉じたまま、飛んできた弓をあっさり受け止めた一護は、化け物。 そういうお前だって、人の心を忘れた殺人鬼と言う化け物ではないか。 心の中で言い返し、背中を向けて逃げ出したその男を追いかける。 「待ちやがれ!」 「う、うわああぁ!!」 逃げ足だけは速いらしい男は、中々追いつけない。 走っていると、体にまとわりつく黒い布が邪魔で、フード付きのそれを風に任せて脱ぎ捨てた。 現れる白い羽織。 隊長の証。 眩いオレンジ。 少年の証。 「観念しろ!」 追いつくまであと少し。 生け捕りにして、罪を償わせる。 こいつの所為で苦しんでいた人たちに、謝罪させる。 そう、思ったとき。 ザンッ! 「ぐぁ・・・っ」 「・・・・・・・・・え・・・?」 グラリ。 目の前を走っていた男が、突然、立ち止まった。 いや、そうじゃない。 崩れ落ちた。 急に現れた、黒のフードを被った男に、斬られて。 「・・・・・・・な・・・・なんだお前は!?」 もう息が無いであろう男を見下ろしていた黒いフードの男が、一護へと視線を向けた。 真っ暗なフードの中にある顔は見えなくて、まるでそのまま、何も無い暗闇へと通じているようだった。 一護が、地面を蹴る。 高々と飛び上がり、真上からその男目掛けて斬月を振り下ろした。 キンッ。 その男も、刀を抜いて刃を受け止める。 「・・・・え・・!?」 一瞬、一護が小さく声を上げた。 けれど攻撃は止めず、刀を受けた瞬間隙が出来た男の足を、思いっきり払いのけた。 ダン、と、仰向けに男が倒れる。 その拍子に、ぱさりと、フードが落ちた。 「なんで・・・・!?」 殺人鬼だと思った男は殺された。 いとも容易く。 そんなことはあるのだろうか。 もしかして。 「・・・お前が、殺人鬼だったのか・・・・!?」 「・・・・・・・・あながち間違いじゃないっスね」 そう言って、浦原は笑った。 訳が分からなくて、顔を歪めて浦原を見下ろしている一護の頬に、そっと手を伸ばして。 「隊長ったら、今日は本当に積極的」 「こんな時にまでふざけてんじゃねえ!」 「・・・なんて顔してんですか」 「間違いじゃないってなんだよ!?ふざけんな!!」 刀が見えたとき、その美しい形状に見覚えがあった。 紅姫。 血を好む、美しく、妖艶な姫。 「・・・・隊長、なんでここに?」 「・・・・・・・・・殺人鬼を、殺してくれ、って」 「・・・依頼主は?」 「・・・・・・」 一護は黙って、今日渡された依頼状を袂から引き出し、浦原に見せた。 念の為、浦原の体の上に乗り上げて、動けない状態にしたまま。 それはなんだか、浦原を責めているみたいに感じて、苦しかった。 けれど、その手紙を見せた途端、浦原の顔色が変わった。 押さえつけられた状態のまま、視線を左右に走らせる。 「・・・隊長!」 「な、なんだよ?」 「放してください!早く!」 「な、何言って・・・」 「周りの状況を見てください!!」 浦原に言われて、一護は漸く辺りの空気を感じた。 ぴりぴり。 肌に突き刺さる、殺気。 「何・・・!?」 「・・・・後でちゃんと説明しますから。とりあえず、こいつら殺してからっスね」 何の躊躇いもなく『殺す』と口にする浦原は、やはり一護の知っている浦原ではなかった。 でも、それは嘘だった。 彼のこの狂気を、自分は最初に出合ったときに感じていたではないか。 「・・・わかった」 浦原の上から退くと、二人で背中合わせに立つ。 一、二、三、・・・・・十五人。 十五人の死神。 「一人頭八人も殺せば充分ですね」 「・・・・・・ああ。・・・・けど、殺すな。生きたまま捕らえて、こんなことした理由を吐かせる」 「・・・・・・・・隊長らしいっス」 言ってる傍から、一人斬りかかってきた。 それほど下等な連中では無いのだろう。 剣の腕はそれなり。 『それなり』の実力で、この二人に適うはずが無い。 「うぉ・・・っ」 「ぐは・・・・!」 確実に急所となる点を狙い、けれど殺さぬよう手加減して、斬る。 そんなこと簡単だった。 意識が残る程度に斬りつけ、出血死しないように打撃をくらわす。 一分も掛からぬうちに、敵は全滅。 こちらは無傷。 返り血すら浴びていない。 痛みに蠢くそいつらを、一護は哀れに思った。 「・・・・・・なあ、なんでこんなことしたんだ?」 「・・・・・・・・・・」 無言のまま、息も絶え絶えに唇を歪めて嘲笑を浮かべる。 答えてもらえないことに困ったように一護がその男を見ていると、浦原が近寄ってきた。 無言で、その男の首にぴたりと剣を添える。 「・・・隊長が聞いてるんだ。早く答えろ」 猶予を与えないその声に、男の顔が引きつる。 「・・・っ!・・・・・・・・・・あ、アンタを、殺そうと思って・・・!」 「・・・・・・・俺?」 自分を指差して、一護は言った。 その男は頷くと、浦原を見た。 信じられないとでも言いたそうに、恨みがましそうに、言う。 「・・・・アンタ、俺たちの仲間じゃなかったのか・・・・!?」 今度は一護が驚く番だった。 動揺した一護が浦原を見たとき、霊圧が僅かに乱れた。 その瞬間。 サ、と走った閃光。 痛みを感じたのは少しの間の後。 目の前が真っ暗になった。 「痛・・・・・ッ!」 油断した瞬間、倒れていた男に両瞼を斬られて、一護が呻いた。 流れてくる血に、目を瞑る。 「へへ・・・うがっ!?」 一護の鼓膜を震わせる、鮮明な切断の音と、鈍い骨の砕ける音。 「貴様、隊長に何を・・・・・!」 苦々しく呟かれた言葉。 「・・・・・・隊長・・・すみません。最後まで命令は守れないみたいっス」 怒りの色が滲んだ言葉。 目を開けられない一護の、感覚が集中された聴覚に、断末魔の叫びが続いた。 |