仮初人

初めましてさようなら






















隊舎の中に、声が響く。



「コラ!いい加減起きて仕事しろ!」

「ん〜・・・」

「起きろ!浦原!!」



ぐいぐいと黒い死覇装を引くのは、まだ年端も行かないであろう子供。

人間の世界ならば、十台半ばだろうか。

それが随分と尊大な態度で、明らかに年上の男の衣を引いている。

しかもその台詞が、「仕事しろ」。



子供が大人に言うには、随分と変わった言葉。



「隊長・・・アタシまだ眠いんスけど・・・」

「知るか!寝すぎだ!!」



寝転がるソファーから落とすくらい強く、その子供は男の袖を引っ張った。

漸く、浦原と呼ばれたその男は、眠たげに欠伸をしながらゆるりと体を起こす。

ふわぁ、と手で口を覆いながら、目線だけ流した。



きっとその辺の者なら、この姿だけで艶にやられてまいってしまうだろう。



けれど子供はそんな濡れた空気なんて知らない。

「やっと起きたか・・・」

疲れた声でそう言うだけ。

浦原もそれを知っている。



だから、もう少しだけ悪戯する。



「・・・隊長も一緒に寝ましょうよ?」

「へ・・・・う、うわっ!?」



口元を押さえていたはずの手がいつの間にか自分へと回されていて、抱き寄せられるように転がった。

小さなソファーに引き寄せられて、しかもその上には浦原が寝ているのだから、結果は言うまでも無く。









「アララ・・・。隊長、今日はまた随分と積極的・・・」

「ふ・・・・・ざけんな!ボケ浦原ッ!!」









浦原に乗り上げる形になってしまい、思わず子供は目の前のにやけた男をぶん殴った。



















子供の名前は黒崎一護。

若くして、護廷十三隊隊長の任を担っている。

男の名前は浦原喜助。

この少年の隊の副隊長である。



「隊長〜。いい加減機嫌直してくださいって」

「お前が二度とあんな馬鹿な真似しないって誓うならな」



トントンと書類を整えながら、一護はむすっとして言った。



そもそも、この男は変なのだ。

本人さえその気になれば、いつでも隊長になれるであろう実力もあるのに、

何を好き好んでか一護の隊の副隊長から動こうとしない。



それに、だ。

先ほどのように、妙に一護に構う。



反応を楽しむような態度。







絶対からかわれている。







今だって、一護に殴られた所はさっさと鬼道で治しておいて、そのくせ乱暴だなんて文句を言う。

浦原の人を馬鹿にした態度は、一護にとって酷くムカついた。



「分かったな!?」

もう人のことをからかうんじゃねえ!

そう言って、一護は浦原を睨みつけた。



けど。





「それは無理ですね」





即答で拒否された。

「てんめ・・・っ人のこと馬鹿にするのも大概に・・・!隊長命令くらい聞け!」

「何言ってるンです?アタシはいつでも本気ですよ?」

いつもこの調子だ。

どうしようもないと諦め、一護は溜息をついた。



そんな一護を見て、浦原は笑う。

いつだってそう。

そして、いつだってこう言う。







「アタシが刀を振るうのは、アナタの為だけです」







はいはい。

そして、一護はいつだって受け流す。





薄く笑う男の言葉なんて、信じるわけが無い。







   ***************







前に一度だけ、浦原が戦うところを見たことがある。

その時はまだ浦原は一護の隊の副隊長では無く、また、それが初めての出会いでもあった。





―――何見てるんですか?





血に濡れた刀を携えて、音の無い声で一護にそう言った。

彼の足元に転がる、もはや息が無いであろう骸の山を見て、背筋に薄ら寒いものが走ったのを覚えている。



自分だって、隊長と言う職についている以上、人を斬ったことはあった。

けれど、この男は何か自分とは違った。







狂気。







いや、もっとおかしな、何か。

この血に塗れたどす黒い光景が、おかしなことに。



綺麗だ、と。



そう、思った。

一つの絵画のように、涙が出るほど残酷で、美しい光景。





―――・・・ああ、・・・アナタもこうなりたい?





唇が歪むように笑ったのと同時に、男は消えた。

まるで消えたような速度で、斬りかかって来た。





頭が考える間もなく、体は斬月を抜いて応戦した。





寸前で受け止められた刃。

浦原が驚いたように目を丸くして、自分を見ていた。

「・・・・・・」

黙って、間近の一護の顔をまじまじと見る。

落ち着き払った様子に、隊長である一護のほうが動揺していた。



「お・・・・お前は何だ!?」

「只の死神っスよ」

「どこが・・・っ」



いつも周りの者から、もう少し隊長らしい落ち着きを持てと言われていたが、

この状況でどう落ち着いていればいいのか一護にはわからなかった。

ギリギリと刃を重ねて押し合ったまま、ひょうひょうと話し掛けてくるこの男に対して。



「・・・キミは?何者?」

「は!?」

「良く止められたね」

「うるせ・・・・っ!」



すると突然。

必死で捕まっていた風船が飛んで行ってしまったように、一護に向けられていた力が無くなった。

男は刀をしまって、その場を立ち去ろうとする。



「ま・・・待て!・・・・・・・お前は何だ!?」

「・・・・さあ?」



はぁ?

もう一度聞く間もなく、今度こそ男は居なくなった。











数日後。

副隊長として、一護の前に姿を現すまで。







  ***************







机に座って、持て余した白い陶器のコップを手の中でくるくると転がしながら、一護はつまらなさそうな表情で呟いた。



「・・・浦原、斬月が錆びる」

「それは大変ですね。ちゃんと手入れしないと」

「そういう意味じゃねぇ!」



斬魄刀に手入れも何もあるか!

的外れの答えに、一護がコップを浦原に向かって投げつけながら怒鳴った。

笑いながら、浦原がそれを難なく受け取り、また元通り一護の机の上に戻す。

一護もコップが本当に浦原に当たるとは思っていないので、それ以上コップのことは気にしていなかった。



「全然仕事が無い!」

「さっきやってたじゃないスか。もう終ったんですか」

「だから、そういう机の上の仕事じゃなくて・・・!なんで虚退治とか、そういう仕事が全然無いんだ!」

「そんなことアタシに言われてもねぇ・・・」

「命令だ!仕事探して来い!!」

「それはまた無茶苦茶な命令っスね」



何でもいいから、体を動かす仕事が欲しい。

気がつけばいつからか、自分にはそういった仕事が全く来なくなっていた。



「わざわざ隊長が手を煩わせるような仕事が無いんじゃないっスか?」

「けど・・・・!」



確かに、隊長が動くほどの任務となると、重要なものが多い。

大方の仕事は、下の者の働きで解決してしまうのだ。

しかも一護は、その隊長達の中でも「強い」と認められている。

それはどれだけ謙遜したとしても事実であり、周知のことだった。

仕事が無いのも、偶然と言われればそれまで。



しかし、なんだかしっくりと来なかった。



「・・・・・・暇だ」

「平和な証拠ですよ」



ニコニコと、部屋にある椅子に座ったまま、この素性が分からない変な男は言う。

そんな顔を見ていると益々やるせなくなって、一護は溜息をついた。



「・・・・お前はいいよな。仕事があって」

「・・・・・・・・・・え・・・?」



ポツリと言った一護の言葉に、浦原がその笑顔のまま表情を固める。











「知ってんだぞ。お前、たまに夜にどっか刀持って出かけてるだろ?」











浦原の目の色が急速に変化したことに、一護は気付かない。



「・・・・・へえ。知ってたんですか」

「なんでお前だけ仕事があるんだよ・・・」

「・・・まぁ、仕事と言えば仕事ですが、隊長が考えているようなものでは無いですよ」

「は?じゃあ何だよ」

「女」



あっさりと言った浦原の言葉に、一護が停止する。



「お・・・女?」

「そう」

「な・・・・何しにだよ!?」

「隊長、分かりきったこと聞かないで下さいよ。子供じゃないんですから」



そりゃ、夜に女のところと言われて、真っ先に考えたことは『ソウイウコト』だけど。



けど。

けれども。



「か、刀持って行くのか!?」

「・・・誰も信用してないんでね」



発せられた言葉は口調とは正反対に信じられないほど冷たくて、血の気が引いた。

『誰も』という部分が、酷く苦しく聞こえる。





なんだか、可哀想。





そして、なんだか腹が立つ。



「・・・・・別に女が居てもいいけど、その所為で仕事に支障が出るような真似だけはやめろよ」



自分で言った後に、あれ?と思った。

やけに不機嫌な声が出たことに、疑問を持つ。



浦原がニヤリと笑うのも、一護の焦りに追い討ちをかけた。











「・・・・・隊長、もしかして妬いてます?」











ぼん、と爆発するように真っ赤になったのは、照れと怒りと両方。



「な、な、な・・・!」

「なんだ〜そういうことなら言ってくれればいいのに」

「だ、誰がお前なんかに・・・・!」

「・・・けどね、止めれないんですよ」



神妙な声で浦原が呟く。

少し真面目なトーンに、一護もつられて少し真面目になる。





そんなこと、こいつならいくらでも演技でやって見せるということを忘れていた。















「黒崎隊長が相手してくれないから、他で我慢しないとね」















我慢って・・・!

我慢って何だよ!?



完全に混乱して落ち着いていられなくなった一護は、動揺したまま人差し指で真っ直ぐに扉を指した。



「で・・・、出てけ!今日はお前は休みだ!!」

「あ、いいんですか?ありがとうございます」



気にした風もなく浦原は立ち上がると、あっさり部屋から出て行こうとする。

その態度が一護の神経を逆撫でし、先ほど浦原に投げつけたコップをもう一度掴みあげると、

閉まろうとする扉へ向かって投げつけた。



受け取る者がいないコップは、扉にぶつかり、一瞬でその形状を失う。



飛び散った破片が散らばった床は、誰かが入ってきたら怪我をしそうだ。

白い陶器の破片と、赤い鮮血。

鮮やかに彩られた光景になるだろう。



結局、大混乱の渦の中に木のボートごと放り込まれたのは一護だけで、

浦原はその横をモーターボートですいすいと他人事のようにすり抜けていった。



ムカつく。

いつだって、隊長が一番大切だとかって言ってるくせに。

「・・・なんだよ。やっぱり他の奴でもいいんじゃねえか。」



自分は、代わりの者で足りるような存在なのか。

ふざけるな。

隊長のためにしか刀は振るわないって言ってたのに。

いい加減なことばっかり言いやがって。





イライライライラ。





訳が分からないまま、ただムカつく。

ああ、前だったら、こんな時は苛立ちを戦いの中で清算していたのに。

どうしてこんな時に限って何にも仕事が来ないのか。



そして、その時。






溜息を裂くように、突然、扉が開いた。









「失礼します。黒崎隊長、いらっしゃいますか」



久方ぶりの、野外任務だった。


































「天衣無縫」のカラメル様から頂きました。

黒崎隊長と浦原副隊長のパラレルです。

・・・っく。もの凄くいい物をもらってしまった。

カラメル様、本当にありがとうございました!












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