知っ 6






 長門が転校して来たその日の昼、早くもあちらの方から俺にアプローチがかかった。ホントに早っ!
「話がある。来て。」
「どこに、」
「ついて来ればいい。」
 パン持参の古泉、弁当派の俺と国木田で昼飯を食おうとた矢先に長門が凍てついた瞳のまま俺を見下ろしてそう言った。
 国木田は「やっぱりキョンって変わった人に好かれるんだね。」と穏やかに呟き(しかし微妙に黒いぞ、国木田・・・)、古泉は笑みを顔面に貼り付けたまま固まる。
 警戒心バリバリだな・・・って、そりゃそうか。機関と同じく現状維持派であるはずの情報統合思念体が『鍵』にこんなにも早く、そして直接的に接触して来たのだから。これからどうなるのか分かったもんじゃない。しかも機関には情報統合思念体に対抗できる力がなく、不安感は余計に増すだけだ。
 俺を引き留める術が思いつかないらしく笑顔の下で焦りまくっている古泉に多少悪いとは感じつつも、その後すぐに「それがどうした」的な思考に至った俺は、数秒沈黙した後、弁当を片付けて席を立った。
「わかった。ただし昼飯を食いっぱぐれるのは勘弁だから、あんまり長引かせてくれるなよ。」
「・・・。」
 無言で首が縦に振られる。そりゃよかった。
 キョンも物好きだね、と黒微笑を続ける国木田といよいよ本気で焦る――と言うよりも諦めすら入ってきて舌打ちしたい気分だろうか――な古泉を後に残し、俺は長門の後について教室を出た。行き先はどこだろう。オーソドックスに人気の無い場所と言えば屋上とか、校舎の裏とか、そんな感じか?でも長門なら好きな場所を空間閉鎖で無人に変えられるだろうし。
 あとは何を話してくれるのか、だな。話も何も無くいきなり危害を加えられる可能性だってあるが、そのあたりはハルヒが気付いてくれるだろうから心配はない。それにいくらこちらの世界で相手が俺を知らないとは言え、『長門』が『俺』を攻撃するなんてちょっと考えにくいしな。
 そうこうしているうちに辿り着いたのは思いついたうちの一つである屋上。錆びた扉はしっかりと施錠されていたはずなのだが、長門が押したそれは何の抵抗も無く、それどころか軋む音すらさせずに開いた。
 無言で進む長門の背中について歩く。背後で扉が勝手に閉まるのはややホラーじみちゃいないか。しかも今、なんか「カチャ」って鍵のかかる音が聞こえたような。
 後ろを振り返り眉根を寄せていると、先を行く足音が止まった。
「ここでその話とやらをしてくれるのか。」
「そう。」
 注視していないと判らないくらいの小ささで首が縦に振られる。こうしていると出会ったばかりの長門を思い出すね。ま、こっちの世界じゃ俺達は本当に出会ったばかりの関係なんだけれども。
 さて、長門の話とは一体何だろうか。前の世界みたいにハルヒのことやら情報統合思念体のことやら色々教えてくれるのか、それとも機関と同じようにハルヒが神であること伏せて他に話をするのか。一般的に見れば、シチュエーションとしては前者の可能性が濃厚だが、相手は宇宙人。しかもこの世界に生まれてからまだ一年程度。つまり『一般的』や『常識』と言った言葉が必ずしも当て嵌まるとは限らない。だったら神云々のことは伏せたまま同級生としての風変わりすぎる接触を謀ろうとしても・・・まぁあり得なくはない、かな。
 ・・・・・・・・・そう考えるのは無理やり過ぎるか。可能性を潰すのはあまり推奨したくないが、この場合じゃあどうせ前者しか有り得ないだろう。
 ふむ、だとすれば機関としては本当に頭の痛い状況になってくるな。せっかく俺に『神』やら『鍵』やら『超能力者』やらを隠して接触してきたのに、これで俺が不審感の一つでも持っちまえば今までの(古泉の)苦労が水泡に帰しかねん。
 それを可哀想に、と思うだけでそのままな俺はもしかしなくても酷い奴なのだろうか。しかしながら例え酷い奴であろうとなかろうと、今の自分を改めるつもりにはなれない。俺はハルヒの共犯者だからな。
 正面から無機質な冷たい瞳がじっと視線を送ってくる。話すべきことを整理しているのだろうか。もしハルヒのことを『一般人である俺』に話すなら、なるべく理解しやすい内容にしなければならないのだし。そういやあの時も長門は言ってたっけ。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない、って。本当はそんな配慮も無用なのだが、それを言うわけにもいかないし、申し訳ないが長門にも多少悩んでもらおう。長くなるのは勘弁だけれども。
「で、話って?」
「・・・あなたとわたし、それから涼宮ハルヒについて。」
「ハルヒ?長門はハルヒのことを知ってるのか。」
「知っている。あなたよりも。」
「へぇ・・・」
 はい、やはり神云々来ました。
 だとするとこの後の話も大体前と同じようなものになるんだろうね。古泉も可哀想に。
 小さく苦笑すると、長門が不思議そうに瞬きを一つ。いやいや、お前のことじゃないから気にせず話を始めてくれ。不審げな顔を作りつつ最後まできちんと聞いてやるから。
 手の動きで相手を促し、話を始めさせる。
 それを見た長門は再び小さく頭を動かして淡々と喋りだした。あの時とほぼ同じ、ただし一部異なる内容を。


「―――なるほど。つまり長門はハルヒの『鍵』である俺を守るためにこの学校に来たってわけか。」
「そう。涼宮ハルヒを取り巻くそれぞれの集まりは我々のような現状維持を望む者ばかりではない。『鍵』であるあなたを害することによって涼宮ハルヒの動きを観察しようとする者達もいる。わたしの仕事はそんな彼らからあなたを守ること。」
 長門の話は昼休みの三分の二を使った頃にようやく終わり、俺は転落防止用フェンスに背中を預けたまま、ふーん、と呟く。延々と喋っていた長門は説明が終わるとまた口を閉じてじっとこちらを見つめていた。
 なるほどね。『鍵』がこの時点で現れちまったせいで、長門は北高入学まで待機という予定を撤回し、二年も早く行動を開始したってわけだ。ご苦労さんなこった。
 俺にわざわざその話を聞かせたのは俺に『鍵』としての自覚を持たせ、自ら危険に飛び込んで行かないように、そして所謂ボディーガードである長門を友人として傍に置くように――せめて遠ざけないように――させるためなのだとか。おお、何だか手懐けやすいシチュエーションじゃね?
「わかった。これからよろしく頼むな、長門。」
 手懐けるならまずは餌付けあたりからだろうかと内心でほくそ笑みながらそう言えば、視線の先で小さな頷き。
 そうかいそうかい。それじゃあまぁとりあえず、今は教室に戻るとしますか。弁当にも箸をつけてないし、残りの時間で掻っ込む必要があるからな。
「教室、一緒に戻るか?」
「戻る。」
「だったら早く行こうぜ。」
「わかった。」
 そう言って俺より先に扉へと辿り着いた長門がドアノブに触れる直前、カチャリと音がした。スムーズに開く扉を眺めながら思うのは、やっぱり鍵がかかってたんだろうな、ということ。明らかに異空間だと思わせる空間閉鎖にはトラウマがあるので、実は長門がやった古典的な閉鎖方法の方がまだ安心出来ると言えば安心出来る。それでもいい気はしないがね。
「長門、お前昼飯は?」
「まだ。」
「だろうな。んで、弁当か?それとも購買のパン?」
「後者。」
 階段を下りながら間を持たせる意味も兼ねて会話を重ねる。
 長門の昼食は購買のパンか。一体何個食べるのだろう。教室を出る時には気付かなかったが、もしかすると長門の机には大量の菓子パンが積まれていたかもしれない。だとしたらかなり見ごたえのあるものだったのではなかろうか。しかし味気ないな。
「なあ、長門。」
「・・・。」
「教室に戻ったらさ、お前、俺の弁当とお前のパン何個かを交換する気はないか?」
 こちらからの突然の提案に、無機質な瞳が瞬きを繰り返した。
「何故?」
「なんでだろうな。でも、ただパンを食うより俺の母親が作った弁当の方が美味いと思うぞ。」
「しかしそれはあなたの母親があなたのために作ったもの。受け取れない。」
「固いこと言うなって。俺の母親も何の感謝もせず当然のように弁当食ってる息子より、長門みたいな女の子に味わってもらう方が嬉しいだろうしな。」
「・・・それなら、いただく。ありがとう。」
「どういたしまして。でも一応、礼を言ってくれるのは弁当の味を確かめてからにしてくれ。」
「大丈夫。あなたのお弁当の中身が美味に分類される味をしていることは確認済み。」
「いつの間に・・・」
 しかも何故。
「わたしが教室に初めて足を踏み入れたとき。理由は、あなたを毒殺しようとする者がいないという保証は無いから。」
 エラい気の配られようだな。しかもチェック方法は直接触れることもなく知らない間に、とは。なんという高性能スキャン。
 とりあえず、その確認の際に味の方まで確認されちまったのだろう。もしかして米一粒一粒のDNA解析までやってたりしてな。遺伝子組み換え大豆も一発で判るぞ。あと、産地偽装も。
「世話を掛けるな。」
「構わない。」
「そっか。」
「そう。あなたが気にする必要はない。」
 そんな風にぽつりぽつりと話しながら俺達は教室に戻り、先に食べ終わっていた国木田と古泉の二人の間に置かれていた弁当が長門の手に渡った。代わりに俺の手元へとやって来たのはメロンパン、焼きそばパン、アンパンの三つ。しかしアレだな・・・それでもまだ長門の机の上に小山を形成しているものは何だろうね。長門、お前それを残りの時間で全部食いきるつもりか。
「平気。」
「そうか。んじゃ、いっぱい食えよ。」
 こくり、と少し大きく――しかしながら"当社比"だ――頷いた後、長門は弁当を持って自分の席に着いた。そして唖然とする周囲を気にすること無く食事を開始。気持ちのいい食べっぷりを披露し、本令が鳴り終わる前に全てをその小柄な身に収めきってしまった。
「キョンの方はタイムオーバーだね。残りは次の休憩時間に?」
「そのつもりだ。」
 長門からこちらへと視線を移した国木田に答えながら、まだ手を付けていなかったアンパンを鞄の中に入れる。これは有り難くおやつにでもさせてもらうよ。


 五時限目終了後の休憩中のこと。
 アンパンを食べようとしていた俺の所に長門がやって来た。また話かとも思ったが、その手に提げているのは俺の弁当箱。
「ありがとう。とても美味しかった。」
「そうか。母親に伝えとくよ。」
 空弁当を受け取ってそのまま鞄の中へ。明日洗って返すって展開にはならないのか、となんとなく思っていたのだが、そのパターンを長門に当て嵌めるのは不適切だと家に帰ってから気付いた。
 どういうことかと言うと、長門から受け取った空弁当はまるで新品のように汚れ一つなく綺麗なものだったのだ。きっと力を使って一瞬で綺麗にしてくれたのだろう。ハルヒには及ばずとも本当に便利なモンだね。
 俺は綺麗な弁当箱を見て驚いた母親に長門のことを話して――もちろん常識的な部分だけだ――、明日からは俺だけでなく長門の分も作ってはくれまいかと頼んでみた。返事はOK。ハルヒちゃんのことは?とからかわれたが、実際問題ハルヒが長門に嫉妬するなんてことは有り得ないので笑って誤魔化す。
 明日から本格的に餌付けスタートだな。目標は一ヶ月以内に最低でもコンピ研とゲームで対決したあたりくらいの長門にすることだ。
 今日の様子からして既に古泉が俺と長門の接触を嫌っていることには気付いたが、まあ気にしないでおこう。言いたいことがあるならまずはその口ではっきり言えってことだな。だからって言われたことに素直に従うつもりなんてこれっぽっちも無いのだが。下手したら俺が逆ギレする可能性だってあるし。煩いのは嫌いなんだよ。と言うか、他人に煩く言われてイラつかない奴も珍しいだろう。そして俺はあくまで一般人なんだからさ。








(2007.12.13up)



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