知っ 5






 朝。いつもと比べて随分遅くギリギリの時間に教室に入ってきた古泉の顔を見て俺は違和感を覚えた。こんな時間に来たことが?いいや、そうじゃない。可笑しいのはその雰囲気だ。お得意の笑顔じゃちょっと隠しきれていない不安や苛立ちみたいなものがあいつの中にあるようだった。
 ハルヒの閉鎖空間でも発生したのだろうか。この前、しばらく閉鎖空間作るのはやめておくかって言ったんだがな。だが仮にハルヒの閉鎖空間が発生して、それで古泉がうろたえているとしても、この様子はやっぱり違うと思う。今までならそれなりにちゃんと隠せてきたのだし。
 俺が知らないところでハルヒが何か仕出かした?そんなはず無いよな・・・。だとすれば俺もハルヒも感知しない出来事が起こったと考えるべきなのだろうか。
 もしこちらに都合の悪いことならハルヒが黙っちゃいないだろうから心配なんてものはしないのだが、あまりにも暇すぎるため一体何が起こっているのだろうと頭を回転させてみる。と、その時。こちらの思考を読んだとしか思えないほどのタイミングの良さでハルヒからメールが入った。(つーか絶対読んだだろ!そんでもって色々力使ったな、あいつ。)
 携帯電話を開いてメッセージを確認。タイトルは無題。本文には、
『あんたの所に二人目が来るわよ!予想外!』
 ・・・何のことだ。二人目?二人目って何だ。じゃあ一人目は?
 と疑問に思うこと数秒。誰のことなのか思い至る。なに、簡単なことさ。ハルヒが言ってるのは一人目=古泉一樹、そして二人目はSOS団の残りのどちらかってことだろう。朝比奈さんなら北高入学後、二年の先輩として会うのが規定事項のはずだし、長門だって今はマンションで待機、そして俺達が北高の一年になるのと同時に文芸部員としてあの部屋で待つことになっている。にもかかわらずその今出会えるはずのないどちらかが俺達の前に現れるとなれば、ハルヒのメールの意味もすっきり納得が行く。確かに予想外だ。
 現れるのが二人のうちどちらなのかメールに書かれていないのは固有名詞を使わないため・・・ではなく、俺にしばらくの間彼女達のどちらがそうなのか考えさせるためだろう。つまり俺に暇潰しを作ってくれたわけだ。
 さてさて。んじゃあハルヒの親切を快く受け取って朝比奈さんと長門のどちらが来るのか予想してみるとしますか。でもあの二人、どちらが中二でも大丈夫な気がする。朝比奈さんはもともと先輩とは思えないほど童顔だったし、長門も違和感はない。外見を多少弄ることも可能っぽいしな。
 とそこで、俺は隣の古泉を見た。もしかしてこいつ、転校生のことを知っているのだろうか。もし知っていて、しかもそれが宇宙人または未来人だという情報まで手に入れているとすれば、古泉が纏う雰囲気の理由もわかるような気がする。遅刻しかけた原因もそこにあったりしてな。
 古泉がこんな感じになるってことはそれなりに気を付けなきゃいけない人物が転校してくるということだろうか。そうなると長門か・・・?いや、でも俺とハルヒの関係も交えて考えるなら朝比奈さんだってあの容姿は十分脅威になり得る。現に改変されてきた世界の幾つかでは朝比奈さんが原因でハルヒと俺二人きりの閉鎖空間なんてものも生じたわけだし。
 うーむ、わからん。一体どっちだ?
 そうこうしているうちに担任が教室に入ってきた。タイムオーバーか。きっとあの扉の向こう側にSOS団の萌えマスコットか無口キャラがいるのだろう。
 担任の「転校生を紹介する。」という台詞に、古泉の雰囲気がやや硬くなる。なーんか、この辺の対応の違いも今後二年の成長を思わせるね。北高でSOS団の団室に連れ込まれた時の古泉は結構さらりと躱しやがったし。えっと、こういう時は何と言えば良かったか。頑張れ青少年、だっけ?
 はい、そんでもって答えな。ハルヒが暇潰しに出してくれたクイズの答え、我がクラスに転校して来たのは―――

「長門有希。」

「・・・・・・長門、自己紹介はそれだけか?」
「・・・。」
 微かに頷く仕草。
「そ、そうか。じゃあ空いてる席に座ってくれ。」
「そう。」
 長門有希、登場。制服はきちんとこの学校の女子のものだ。なんだか新鮮な感じがする。
 眼鏡のレンズ越しに長門はちらりと俺へ視線を寄越してから無言のまま席に着いた。えーっと、この場合、七夕のこととかはどうなってるんだ?無かったことに・・・?それなら長門の視線は俺を俺としてではなく『鍵』としてのものなんだろうな。道理で冷たいわけだ。でもだからこそもう一度前みたいに手懐けたいとも思ってしまうわけだが。
 ん?「手懐ける」だなんて言葉が悪い?まあそう言ってくれるな。何度も繰り返しているとこういう思考になっちまうのもしょうがねえことだろ?



□■□



 『鍵』の登場、僕の転校および『神』との接触に引き続き、今度はTFEI端末まで。一体何がどうなっているのかと機関は大混乱だ。僕が本日、学校に遅れそうになったのもその所為。早朝から会議で呼び出され、こちらは学生の身分であるにもかかわらず危うい時間まで延々と今後のことについて話し合わなければならなかったのである。(最近は閉鎖空間が殆ど発生していないのでまだマシだったが、これに加えて少し前までのように昼夜を問わず神人狩りの必要性まであったとしたらきっと僕の身体が保たないだろう。)
 しかも転校してきたのはよりにもよって女性。理由は推して知るべし。一応『鍵』の好みのストライクゾーンからは外れているようだが、警戒するに越したことは無い。
 そのTFEI端末―――長門有希に関しては機関も接触があり、その関係で事前に(とは言っても殆ど「直前」だった)彼女の行動を知ることが出来た。だから会議が早朝から開かれたわけなのだが。・・・もうタイミング等に関しては何も言うまい。言っても無駄だから。
 それと、その会議の中で取り上げられ仮定の答えが出されたものでもあるのだが、多少時期がズレたとは言え二人の転校生が同じクラスに入るなど普通は有り得ない。しかしながら今回の転校生は長門有希。つまり情報操作もお手の物、ということだ。担任やクラスメイトが違和感も感じずに受け入れているあたりからすると、人間の記憶や感覚にも何かを施した可能性がある。
 もし本当にそうなら、さすが宇宙人製のアンドロイドと言うべきか。脅威に値する。感情や思考を操作するなんて人間ならば躊躇うものだろう。しかしそれを戸惑いも無く一瞬でやってしまえるのが彼女達だ。他にも機関と接触しているTFEI端末がより人間に近く表情豊かであるにもかかわらず長門有希は無表情無感動ということも手伝って、余計にそう思えてしまうのかもしれない。
 またそれと同時に要注意しなくてはならないことは、観察者であるはずの長門有希がわざわざ『彼のクラス』に転入したことである。これはつまり、観察と称しつつも『鍵』との接触が彼女の目的になっている可能性が十分考えられるということだ。
 女性型で接触が目的・・・。現状維持を強く望む機関としては実に頭の痛い事態ではなかろうか。
 それを最悪の事態に移行させないために手を打てと新たな任務を与えられた僕は、さてさて、何に苛立ちをぶつければいいのだろう。仕事を押し付けすぎるな、と機関に?それとも余計なことをするな、とTFEI端末に?根源である『神』に?『鍵』に?
 まあ、考えても詮無きことだ。苛立つのは本当に苛立つことしか出来なくなった時だけでいい。でないとこの世界でやっていけないことを、最近の僕はようやく学び始めた。実践出来ているか否かは別としても。








(2007.12.02up)



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