知っ 4






 古泉が転校して来てから一週間経ったが、改変前のようにハルヒや古泉自身の背後関係について話すというイベントは起こらなかった。またこれから起こる気配も無い。つーことは機関がハルヒのことで俺に協力を求めるという事態には至らないってことか?閉鎖空間や世界の改変を起こさせないためにハルヒの機嫌を取ってくれって。
 なるほど。俺とハルヒの(外に対して見せている)関係が違うとこうも周りの対応が変化してくるのか。ああでも、俺はこの状況に多少面白みを感じているが、ハルヒにとっては如何でもいいことだろうよ。
 今のところハルヒの興味を唯一引けたのは古泉の口調に関してだろうか。
 転校初日、古泉は俺にとって聞き慣れた敬語で話していたのだが、それも数日のうちに周りと同じもの――つまりタメ口だな――になった。この学校で生活する上でハルヒが求めるような「謎の転校生」キャラを演じる必要が無いからだと推測される。となると、やっぱり機関としては下手に自分ンところの人間と『神』であるハルヒが接触するのは避けたいということだろうか。それならこのことをハルヒに話してわざと接触を持たせる、ってのもアリだよな。
 おっと、話がずれた。
 俺は古泉の口調が敬語ではなくなったことをハルヒに伝え、その反応を待った。すると彼女は「へー。そんな風に変わっちゃうんだ。普通に喋る古泉くんってのはちょっと見てみたい気がしないでもないわ。」と、本当に見たいのかそれとも別にそれほど見たいと思っていないのか、微妙な返答をしてくれる始末。まあ結局は、古泉の変化はハルヒの気を引くのに十分ではなかったということなんだけども。他の諸々の事象と比べればまだマシってところだ。
 そんな辛口評価を受けている古泉だが、奴はやはりと言うか何と言うか、俺の友人になるべく奮闘中の模様。何かと俺に係わりたがるのだ。昼食を一緒に食べようと言いに来たりとか、移動教室の時にダラダラと支度する俺を根気強く待っていたりとか。
 他から見れば転校初日に仲良くなった俺が古泉にとっては一番親しみやすいのだからこの状況は当たり前だろう、という風に見えるらしい。おいおい、みんな騙されてるぜ。確かに古泉は俺のことを悪く思っていなさそうな態度で接してくるが、その実、よく観察していると笑みを貼り付けたその顔が引き攣りかけていることに気付く。
 思わず同情したくなっちまうね。まだ中二の子供が機関の構成員としてこんな風に毎日演技まみれの生活を強いられているということに。
 本当のところ、あいつにとって俺はさぞかし憎かろう。自分と同じく『神』に選ばれた存在であるにもかかわらず、片や人生を滅茶苦茶にされた超能力者(しかもまだ一年ちょっとだから高校生の時と比べて納得や妥協・諦めなんてものも殆ど出来ていないに違いない)、片や一般人(追加属性:美人な彼女持ち)なのだから。それなのに笑顔でいつも傍にいるなんて・・・本当にご苦労様です。思わず形だけでも機関の思惑に乗っちまいそうになるよ。でもそうするとあれか?この世界の俺と古泉は親友とかになっちまうわけ?
「うわ、冗談キツいぜ。」
「どうかしたのか?キョン。」
「ああ古泉か。いや何でもない、ただの独り言だ。・・・それと、おはよう。」
「おはよう。」
 出たな苦労人。朝からばっちりイケメンスマイルとは。お前に低血圧という症状は無関係なのだろうか。朝が苦手な人間としてそれは羨ましく思うぞ。あと、やっぱりお前のタメ口には慣れん。
 そんなことを考えつつもいつものように、こちらは寝ぼけ眼であちらは如才ない笑みというちょっと異様な朝の風景を繰り広げる。俺のやる気の無さそうな態度に関してあちらは最初、自分が嫌われているのかと戸惑ったようだが、そのうち俺のこの態度がデフォルトであると思うようになったらしい。まあそうだな。ハルヒと悪巧みをする以外、最近の俺はいつもダルそうにしているという自覚はあるよ。だからこそそれ以外に楽しませてくれそうなものは無いかと思っていたりもするんだが・・・。なかなか上手くいかんものだ。
「今日も退屈そうだな、キョンは。」
「そう見えるなら古泉、お前何か面白い話とかねえのか?」
「うーん、そう言われても・・・」
 高校生の時のお前はあんなにも無駄に喋ってくれたくせにな。それとも面白い話をするのと何かに対して説明するのは、あいつの中で全く違うものとして分類されているのだろうか。使えねえ。
 なんかもう、マジでハルヒに会わせてみるか?それで機関の慌てっぷりを楽しんでみるのもアリかもしれない。うん。アリだな。
「よし。」
 思い立ったが吉日。善は急げ。
 早速ハルヒにメールを送ろう。放課後、副団長と会ってみないか、とね。ちょうど今日はハルヒがこっちの学校に来る番だったし、俺が古泉を引き留めておけば上手くいくだろう。
 さあ機関の皆様、存分に慌ててくれよ。



□■□



 あたしを見た瞬間の古泉くんの顔。なかなかのものだったわよ。
 キョンから聞いてた様子じゃあまり会っても面白く無さそうだったんだけど、わざと顔を合わせることで機関ってのが慌ててくれるならそれはそれでいいかも、なんて思って、キョンを迎えに行くついでにその提案に乗ってみた。
 一言で言うなら、成功、ね。すぐに表情を元に戻したのは流石だけど、あたしはバッチリ古泉くんの挙動不審っぷりを目に焼きつけたんだから。もちろんキョンもね。
 校門前でそんなことがあった後、あたしたちは近くの喫茶店に向かい、そこで軽く話もした。キョンがあたしと古泉くんを会わせた動機は、古泉くんは季節外れの謎の転校生であたしがそういうのに興味を持つタイプだからってことにしたらしい。今じゃ謎の転校生どころか超能力者であっても別に目を輝かせるつもりはないんだけど、まあこの世界の現時点においてそれは真実味のある理由よね。
 そんなわけで、あたしは『あたし』らしく古泉くんのことを訊きまくったわ。大体の質問に関してはあらかじめ『古泉一樹』の設定として用意されていたらしく、さらさらと淀みなく答えていた。でも突っ込んだ話になってくると綻びも目立ち始める。終いには「えーっと、」や「その・・・」くらいしか言えなくなった。笑顔で流せない辺りがまだ中学二年生って感じなのかしら。
 流石にあたしもまだ中二の男の子相手にやりすぎたかなぁとは思ったわ。途中で古泉くんの心拍数の変化とか読み取ってたりしてゴメンね。面白かったけど。だってきわどい質問をするたびに鼓動が跳ねるんだもの。
 二時間くらい喫茶店で粘って、あたしたちは解散することにした。とは言っても、古泉くんは帰宅――という名目で機関関連の建物に行くことがわかった――で、あたしとキョンが一緒にあたしの家に行く(帰る)んだけど。キョンがあたしの家に来るのはもちろん機関の様子を探るため。盗聴器も何も無くたってあたしの力があれば覗き見くらい簡単だしね。
 案の定、帰宅して古泉くんおよび機関の人間達の会議みたいなものの音声を拾っていると、今日のことで大分あちらが戸惑っている様子が伝わってきた。でもねぇ・・・そんなちょっとばかり面白い状況もあまり長くは続かなかった。機関の連中は、最初はどうしようかと慌てていたみたいだけど、途中から今の状況を利用しようということにしたらしい。
 あいつらから見て今のあたしは『鍵』と共にいることで随分安定しているのだとか。閉鎖空間も殆ど発生しないしね。だから見た目も頭も運動神経もいい古泉くんがあたしとキョンの間に入って仲を壊すのはよろしくない。けれども『鍵』の友人として『神』の精神サポートをしていければ・・・。
 つまりは古泉くんにあたしのニキビ治療薬だけではなくニキビ予防薬にもなれってわけよ。前だって似たようなものだったけど、今の古泉くんがあまりあたしのこと好きじゃないのは知っているから、なんだかちょっと申し訳ない気分にさえなってくるわ。キョンもそう感じたみたい。
「ハルヒ・・・」
「なに?」
「しばらく閉鎖空間作るのは控えた方がいいのかもな。」
「・・・そうね。せめて身体の休養くらいはとらせてあげなきゃね。」
 そうしてあたしはしばらく自分の力を(そういう方面で)使わないようにした。また暇になったら何かしらやっちゃうんだろうけどね。形だけ自粛って感じ?ちょっと善人ぶりたかったのよ。その場のノリってのも多大にあるし。(むしろ『ノリ』が大半かもねー。キョンなんて閉鎖空間作るのは〜なんて言っておきながら苦笑とか浮かべてたし。)
 でもその「あたしの力で何かが変化するようなことは無くなった」という変化がまた新しい展開を持ってくるなんて・・・。さすがにあたしにも予想出来なかったわ。ま、嫌ならもう一度やり直すだけでいいんだけどね。


 古泉くんに続いて訪れた展開。その主役の名前は、長門有希と言った。








(2007.11.26up)



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