知っ 3






「古泉一樹です。親の都合でこのように中途半端な時期の転校となってしまいましたが、みなさんどうぞよろしくお願いします。」
 如才ない笑顔で告げ、一瞬にしてクラスの半分――つまり女子――に好感を抱かせたであろう少年を眺めながら、俺は机の下でメールを打つ。相手は同じクラスの国木田か?それとも別の『友人』か?いいや、違う。そんな奴らにこの転校生を前にしてメールを打つなんて何の意味も無い。俺が知っている中でこんなことを面白がりそうなのはあいつだけだ。

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 To 涼宮ハルヒ
 Subject 俺の所に

 副団長が来たぞ。
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 携帯電話のメールや通話も機関に盗聴されていると前にハルヒが言っていたので、一応、固有名詞は避けてみた。気付く奴は気付くだろうが、それでも『副団長』だなんていうこの世界ではまだ意味不明の単語を使ってちゃあ確信は得られないんじゃないかね。混乱してくれれば面白いのだが。それにもし万が一ハルヒにとって不都合な事態が起こればあいつ自身が好き勝手に何だって弄るだろうし。盗聴されているのすら余裕で面白がってるのがその証拠だ。(どうやらハルヒは際どい単語も織り交ぜつつ機関に色々とばれないよう俺と連絡を取り合うのが楽しいらしい。)
「はじめまして。どうぞよろしくお願いしますね。」
「ああ。こちらこそ。」
 声がして顔を上げたその視線の先に古泉一樹。転校生君の席は俺の隣ってわけだ。まあ、今朝学校に来たら一番後ろの窓際なんていう最高な自分の席の隣に新しく机が増えていたんだ。察しは付き過ぎるほど付く。
 にしても、まさか古泉がわざわざ俺の所に来るなんてな。機関ってやつは俺をどうしたいのやら。世界に十人程度しかいない貴重な能力者をごく一般的な公立中学校に編入させるってことは、俺をそれだけ問題視してるってわけか?まさか人当たりのよさそうなイケメンを送り込んで俺を懐柔・・・なんてわけないよなぁ。
 転校生(と書いて「機関のエージェント」と読む)が女子じゃなかったのはハルヒを警戒してのことだろう。誰から見たって俺はハルヒに気に入られている。各日で互いに相手の学校まで迎えに行くのだから。そんな男子生徒に転校したばかりの女子が近付くのは危険だと機関が考えるのは当然と言えるだろう。もし見知らぬ女子生徒が俺と親しくしているのを知ってハルヒが閉鎖空間を発生させてしまったら・・・。最悪、世界の改変なんてところにまで行き着いてしまったら、とね。
 ところで俺は今の古泉の微笑を過去と同じように「如才ない」と表現したが、高校生の時のあいつの笑みと比べるとまだまだ作りかけって感じが否めない。中学二年生じゃあの完璧な能面スマイルの域には達していないということだな。そう考えると俺が知っている「高校生の古泉一樹」が出来上がるまでの途中経過を見られるのだから結構面白いかもしれん。ハルヒも多少は興味を持つことだろう。
 俺個人としては古泉の衣装があの紺のブレザーではなく自分と同じ学ランという部分に些か引っかかりを覚えるが、気にするほどでもない。あいつはあいつ、こいつはこいつ。そして過去は過去、今は今、だ。この学ラン古泉に加えて内気な文芸少女が登場したらもう少し微妙な気分にはなるだろうけどね。
「あの・・・」
 転校生の紹介が済むと朝のショートホームルームは早々に終了した。そして殆ど間を置かずに朝一の授業となるわけだが、チャイムが鳴り終わった後に横から声。顔が近・・・くはないな。さすがに。
「ん?何だ。」
「早速で申し訳ないのですが、教科書を見せていただけないでしょうか。」
 微笑は微笑だがその中に含まれているのは申し訳なさ、の、演技。
 おいおい。機関が転校先の教科書を当日までに揃えられないわけがないだろう?笑わせてくれるよ、全く。なんとなくだが、俺の最初の予想はある程度当たってるんじゃないかと思えてきたね。
 この世界で俺がハルヒと接触したのは四月初旬。その後クラスで一度席替えがあり、俺は今の位置になった。隣に誰もいない窓際最後尾。人数的に本来なら俺の隣にはきちんと生徒がいたはずなのだが、席替えの直後、俺の隣だった奴は転校してしまったのだ。よって俺の右隣は空席(机は撤去済み)、その更に右にはまた別の生徒が座っているというわけ。
 転校した本人は何が何やらよく解っていない感じだったな。親の都合が如何とか、とは言っていたが。そんでもって席替えの後に古泉が転入。席の位置は俺の隣。で、古泉は目の前や斜め前、そして己の右隣で期待に胸を膨らませている女子生徒には目もくれず、どうにも勉強は苦手そうで教科書を机の上に出すという動作さえのろのろとする冴えない人間である俺に教科書を見せてくれと微笑みかけてくる、と。
 ・・・俺の今の座席位置、もしかしなくても機関が何かしたとか。担任は始業式の時に紹介された人間だが、副担任は急病とかで早々に変更があったし。そういや高校の時、古泉が言ってたよな。北高にも機関のエージェントが何人か潜入しているって。今の状況ならこの中学校がそうなっている可能性も多いにある。
「アホらし。」
「はい?何かおっしゃいましたか。」
「いや、何でもない。こっちのことだ。・・・それで教科書だったな。俺ので良ければ構わねえよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
 ほっとしたように、そしてまた嬉しそうに古泉は微笑んだ。
 こいつも可哀相にな。今ぐらいじゃまだハルヒの力に影響されて散々な目に合い出してから一年しか経ってないんだろう?それなのにもうこんな風に自分を作って他人と接しなきゃいけない。
 ま、俺にとっちゃどうでもいいことだがね。古泉には悪いが、これも世界を面白くするための要素の一つだ。
 教科書を古泉寄りに出した後、携帯電話が震えてメールの受信を伝えた。ハルヒからの返信だな。

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 From 涼宮ハルヒ
 Subject それじゃあ

 もしかして副々団長とかメガネっ
 娘とかも?あたしの所には誰
 も来てないって言うのに(-△-)
 あ、もしかしてこの話題に飛び
 つかなきゃ「あたし」じゃない?
 だって謎の○○○だし。
 まあ紹介するかどうかはキョン
 が決めてくれて構わないわ。
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 ふむ、そう来るか。ちなみに「○○○」の部分は「転校生」だろう。なにせ古泉一樹の代名詞は「似非超能力者」かつ「謎の転校生」だ。
 ハルヒが俺に任せると言うのは、今の古泉がハルヒにとって面白い人物かどうか俺が見極めた上で、もし彼女が楽しいと思えそうなら会わせてくれということなのだろう。自分で会ってから決めるのは面倒臭いってか?やれやれ、お前はどこのお姫様だっつーの。
 まあ別に構わんがな。となると、俺はしばらく古泉の行動を見た上でハルヒに会わせるかどうか決めなきゃならんわけだな。俺がこいつの観察とは・・・。前とは逆の立場になっちまったな。いや、こいつはこいつで機関の人間として俺を監視する役目を負っているだろうし、それなら正しく逆とは言い切れないか。
「起立、礼。着席。」
 一時間目の担当教師が入ってきて教室全体に号令係の声が響く。それに合わせて俺はダラダラと腰を上げ、適当に一礼。着席。
 隣の古泉はまるでこれぞ起立礼の見本だと言わんばかりの丁寧さで一連の動作を行っていた。ははっ、駄目だぞー古泉。そんなんじゃハルヒの気は惹けない。もっと面白いことをやってくれれば今日の放課後にでも無理やりハルヒに会わせるんだがなぁ。それにそっちの方が俺も楽しいし。
 いや、でもあまりに変なことをし過ぎて下手にハルヒと接触を持っちまうのも危険なのかね。機関にしてみれば。俺の知ったこっちゃねーけどな。
 とりあえず古泉からボロが出たらハルヒに報告してやるか。高校一年生になるまであと二年の成長が無いとこんなにも未熟な古泉一樹が垣間見れるぞ、とね。宇宙人も未来人も超能力者も見飽きてしまった今のハルヒにはこちらの方が面白いかもしれん。
 そう言うわけで、頑張ってくれよ古泉。ハルヒを、ついでに俺を楽しませるためにな。








(2007.11.18up)



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