知っ 2






 四月。
 ランドセルを背負っていた事実(と言う名の周囲の認識)もすでに一年前の過去となり、俺は中学二年生に進級した。
 本日は始業式のみで、学校は午前中まで。午後が完全フリーの超暇人予定だった俺は体育館から教室に戻りホームルームでの新しい担任の話が終わった後、鞄のヒモを肩に引っ掛けてそのまま帰宅しようとしていた。しかし校舎を出て校門目前まで来た所で俺と同じように帰宅する人の動きが幾らか鈍っていることに気付いた。足を止めているのは男の率の方が高い。一体何だと思ったが、彼らが足を止める原因を視認して俺は思わず口端を持ち上げてしまう。
 同じ学校の学生達の向こう側、腕を組んで突っ立っているのは別の校区にある中学校の制服を纏ったポニテ少女。
 美人なのに不機嫌具合をありありと顔に出して見惚れた男共を近寄らせないようにしていたその少女は、しかしふと俺の方を向き、次いで誰が見ても判るくらいとびきりの笑顔で手を振った。
「キョーンーっ!約束通り会いに来たわよ!!」
 周りの奴らが一斉に俺を見る。
 おい何だその嫉妬の篭った視線は。こっちが(幾らか投げ遣りに)手を振り返したくらいで舌打ちまでするなよ。俺の顔があの少女に釣り合わないくらい解ってるっつーの。だけどお前ら、あいつが自分の学校でどんなことやらかしてきたか知らないんだろ。知ってたらそんな恨みやら妬みの篭った目なんか出来るはずないと思うね。
 チクチクと刺さってくる視線に苦笑しながら俺は少女のもとまで辿り着き、その名前を口にした。
「ハルヒ、一年ぶりだな。」
「長かったわ。でもその分、ばっちり色んなことやってきたけどね。」
 おかげでうちの学校じゃあ「涼宮ハルヒ」って名前を出すだけでドン引きされるわよと笑うハルヒだが、おそらく彼女がここ一年そんな風に屈託なく笑ったことなど無かったに違いない。色々やらかしてきたらしいが、それでも退屈でしょうがなかったのだろう。そして、それは俺も同じだ。
「お前がいないと毎日がつまらん。」
「ホント!?じゃあこれからはずっと一緒ね!なんなら転校してきてあげるけど?」
 口元にきゅっと弧を描いて挑戦的な笑みを浮かべるハルヒ。こいつならやりかねん。転校して同じクラスになるのさえいとも簡単にやっちまうだろう。それがハルヒの力だから。『前』の高校の時もあいつの力でクラスどころか席の位置関係だってずっと同じだったし。
「それも魅力的な案だが、互いの中学に迎えに行くってのはどうしたんだ?お前が言い出したことだろう?」
「うーん、それもそうよね・・・。やっぱり同じ学校に行くのは高校からにしようかしら。」
 真剣に悩み始めるハルヒを眺めて苦笑しつつも、そろそろ場所を移動しようと動作で彼女を促す。ハルヒとの噂を立てられるくらい構わんが、なにもわざわざ視線が集中する校門前にずっと突っ立っている必要性も無いからな。
 ところで道路の向こう側に駐車した車の中からこちら側を眺めている奴、あいつは『機関』の人間だったりするのだろうか。俺が気付いていることに気付いていないようで、さっきから携帯電話で誰かと連絡を取ってやがる。しかも今、写真まで撮ったぞ。じゃあこれで俺も『機関』に目を付けられたってわけだ。まあ、当然と言えば当然か。
「どうしたのキョン。」
 ハルヒは監視があることに気付いていないらしい・・・・・・いや、違うな。気付いていないのではなく気にしていないのだ。見たけりゃ勝手に見ればいい、ってところか。何せハルヒがその気になればどんな過去でも改変出来るのだから。本当に見られたくないものを見られた時はその見られたという事実を無くしてしまえばいい。
「いや、何でもない。」
 肩を竦めて答える。
「それじゃあ行くか。近所の喫茶店でも公園でも俺の家でもお前の家でも、お前が行きたい場所でいいぞ。」
「そんなこと言ったらキョンの家に押しかけるわよ。息子さんの彼女ですって。」
「そりゃあ母親が喜ぶな。お前、見た目は完璧だから。」
「見た目も、の間違いでしょ。日本語は正しく使わないとね。」
「へいへい。んじゃ、本当に俺の家でいいのか?」
「あたしに断る理由なんてあると思う?」
「・・・思えん。」
「じゃあそういうことよ。ではでは、しゅっぱーつ!」
 元気よく拳を空へと突き出して歩き始めたハルヒの後ろで俺はやれやれと呟き、彼女の後頭部でゆらゆら揺れるポニーテールを眺めながら足を動かす。
 高校生活の途中でこの世界を改変し顔を合わせない期間が一年ほど続いたが、やはりそれくらいでハルヒが変わるはずもなかったな。今は少々テンションが高いようにも思えるが、それもこの再会による一時のものだろう。現に俺だって一年前の毎日ハルヒと顔を合わせていた頃の自分より多少浮かれているという自覚はある。
 この一年間はひどくつまらなかった。だって何が起こるのか大体分かっちまってるからな。記憶の中にある出来事はこちらの行動によって多少変化も生じたけれど、劇的なものなんて無かったし。しかしこうして今の時点でハルヒと係わりを持った――言い換えれば、記憶の中にある歴史と違う歴史を作り出した――ことによって、これからはもっと何かが変わるはずだ。俺はそれが楽しみで仕方ないよ。
「ハルヒ、これからもよろしくな。」
「いきなり何言ってんのよ。そんなの当然じゃない。あたしはキョンとこの世界を楽しむために力を使うって決めたんだからね。」
 俺達以外には聞こえないよう耳元に顔を近付けてそう囁いた後、ハルヒは立ち止まって腰に手を当てる。こちらよりも低い位置にある目はキラキラと輝き、自信に満ち溢れていた。
「期待していなさい。前よりもずっと楽しくしてみせるわ!」
「ああ、期待してるよ。」



□■□



 "あの少年は一体何者だ!?"
 それがここしばらくの機関における議論の最大の的だ。『あの少年』とは我々が結成される原因となった少女の隣に突如として現れた、彼女と同じ年齢の少年のことである。彼は涼宮ハルヒと幼・小・中学校どれもが異なり、家も離れているし、血縁関係も無い。しかし今年の四月、彼女は何の前触れも無く己の校区外の中学校へと赴き、彼に告げたのだ。"約束通り"会いに来たわよ、と。
 ただし「何の前触れも無く」と述べたが、後から思えばそれらしい前触れがあったとも言える。涼宮ハルヒが少年に会いに行く数週間前から閉鎖空間の発生率が減少したのだ。当時は神の気まぐれとして処理されていたのだが、あれはもしかすると少年に会える日が近付いて来たために彼女の機嫌も良くなっていたのではないだろうか。またその考察を裏付ける事実として、涼宮ハルヒが彼の少年と頻繁に会うようになってから閉鎖空間の発生率が減少傾向にある。
 このことより、我々機関は彼の少年が何者であるのか探るのと同時に、彼は『神』の『鍵』であるという結論に至った。現在はまだ調査中のため詳細は不明だが、おそらく彼は涼宮ハルヒと一年以上前の過去に接点を持っており、その際に彼女の特別な――彼女が求める『不思議』とはまた別の意味で――存在になったのだろう。今のところその少年が宇宙人・未来人・超能力者・異世界人等である証拠が発見されていないため、そう考えるのが妥当だ。
 そのように突如として現れた『鍵』に対し、機関は『神』だけでなくその『鍵』にも監視を付けることにした。少年が通う中学校に機関の息がかかった人間を送り込むのもその監視の一つ。彼女が少年と接触してから一週間も経たないうちに講師や用務員として監視係が学校に入り込んでいた。そして、
「僕も、ですか。」
 五月中旬、転校生として少年と同年代の僕もその中学校に入り込むこととなった。少々季節外れなのは僕もまだ学生の身であり、準備に色々と手間がかかったためである(らしい。なにせ僕に話が来たのは今この時なのだから)。
「そうよ。あなたは同性として『鍵』に接触し、出来れば彼をこちら側に引き込んで欲しいの。」
「それは彼に我々のことを話すということですか?」
「いいえ。それはまだ許可されていません。ですからあなたは『友人』として彼にとっての重要な人間になってちょうだい。いざと言う時、彼があなたの手を取るように。」
「なんとも難しい命令ですね。」
 そう言って肩を竦めれば、機関上層部からの指令を伝えてきてくださった森さんは口元に手をやって穏やかに苦笑する。しかしその笑みに対し、僕は否定の言葉を吐く権利が無い。
 渡された資料を整えて鞄に仕舞い、応える言葉はただ一つ。
「わかりました。それでは、予定通りに。」
「ええ。頑張ってね、古泉。」
「はい。」








(2007.11.14up)



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