興奮、した。
相手は特別見た目が良い訳でもなく、それどころか自分と同性だと言うのに。僕の嗜好は至ってノーマルのはずで、今までの経験においてもセックスの相手は必ず女性だった。なのにこの状況は何だろう。これまで感じたことが無いくらい、脳の奥が痺れて僕の精神は異常なくらい高揚している。 相手が異父弟だというだけで。 背徳感に酔っているわけじゃない。禁忌とされることに興奮を覚えるなら、最初からわざわざこの同性など相手をせずに『神』を穢せば良いだけだ。それこそ最悪の禁忌であり、最高の背徳感を覚えるに足る行為だろう。 そう。異父弟を犯すということに自分がこんなにも興奮したのは"繋がった"からだった。 * * * 何よりも強い絆を持つ者。僕は、血縁者とはそういうものだと考える。相手が望む望まぬにかかわらず、そこには確固とした絆が存在している。 そしてあいつは例え半分とは言え僕と血の繋がりを持ち、実父ですら拒絶したこの身を何事も無く受け入れてしまった。三年前に全ての絆を失ったと思っていた僕は――当初は戸惑うだけだったが、今なら解る――新たに見つけた存在の所為でそれに異様なまでの執着を感じるようになってしまった。もう一人になるのは嫌だ。見つけた繋がりを絶対に切れないくらい強固なものにしたかった。 もともと片親だけ、遺伝上は四分の一しか繋がっていないあの存在とどうすれば更に強く結びつくことが出来るのか。血に関してはこれ以上強くすることなど出来ない。例え全身の血を混ぜ合わせることが出来たって、それは時間が経つにつれ失われていく。古い血は分解・排出され、相手とは関係ない血が新しく作られて身体を巡るのだから。 ならば他は。そう考えた時に残っていたのは社会的な繋がりと精神的な繋がり、そして身体の繋がりだ。しかし社会的な繋がりは僕の立場上ある一定の所までしか作れない。僕は『古泉一樹』だから。だとすれば残りは精神的、もしくは身体的なもの。ゆえに、三年前に親子と言う精神的な繋がりを失った僕は身体的な繋がりを求めた。心なんて移ろいやすいものより、直接的に身体を繋げてしまった方がずっと確固としたものだと思ったのだ。そして今でもそう思っている。 だからこその、この歓喜。 僕はまた一つ、確固たる他者との繋がりを手に入れた。絆を強くした。もう相手のその許容が罪悪感によるものだろうが何だろうが構うものか。あいつは僕を否定出来ず、僕が求めるだけあいつは僕に与えるしかないという現実はどうしたって変えることなど出来ないのだから。 醜い執着だ。執着というものに綺麗も汚いもあったものではないと思うが、それでもこの執着は目を背けたくなるほど醜かった。しかしこの執着が無ければきっと僕は生きていけない。母の浮気で家族を失って、異能に目覚めたために父を失って、次に異父弟との関係を失えば、今度こそ僕は壊れてしまうだろう。 ただ、憎い相手は自分に唯一残された確かな絆の持ち主で、当然、葛藤はある。でもその一方で生じた葛藤を軽減するかのように今まで考えないようにしてきた事実があった。本当は異父弟に悪いところなど何一つ無い、という事実を。あいつは何も望んで僕の世界を壊すために生まれてきたわけじゃない。母親が浮気をし、父親も妻に浮気されるような人間だったことが本当の原因なのだ。でも頭では理解しているそれを感情として完全に許容することは出来ない。異父弟を憎むことで僕が今まで生きてこられたという事実は揺るぎようの無いものだったからだ。今はそれが少し変化しただけの話。 この矛盾した思考回路で動く僕は相当狂っているのだろう。憎いのに欲しがり、その感情があまりにも強いために異父とは言え実の弟を犯すなんて。 「でも、これが僕だ。この世界に生まれてきた、もしくは三年前に作られた僕という存在。」 確かめるように呟く。異父弟を犯し、そのまま帰宅した後の身体は気だるさを覚えていて、思考と口以外はまだしばらく動かしたくない。これからきっと、僕は何度もあの身体を犯すだろう。殴りつけて、噛み付いて、跡を付けて。痕跡が消える前にまた繋がる。 『鍵』だとは知りつつも、一度味を占めてしまってはもう止まれそうになかった。手に入れたものを――相手が例え神だとしても――誰かに渡す気などさらさら無い。彼女も恨むなら自分を恨めばいい。僕をこうまでしたのは彼女の力なのだから。 あはは、と誰もいない部屋に乾いた嗤い声が零れ落ちた。聞き慣れた自分の声だ。そう、もう止まれない。止まる気も無い。あいつは僕が手に入れた。僕が植え付けた罪悪感で雁字搦めにして逃げ場を失わせて、僕の手を取るしかないように。 嗤いながら僕は、一人の部屋でベッドに寝転がり天井を見上げて・・・何故だろう。目尻を熱い何かが伝っていくような錯覚を覚えた。 ここまでが大体、入梅前の話。次からは少し間が空いて入梅後の話。 (2007.10.11up) |