近いうちにまた来ることを祖父さんに約束して、俺は屋敷を離れた。会長の車に送ってもらってマンションに着いた時には既に空が真っ暗で、控えめに星が輝いていた。
鞄から鍵を取り出し、扉を開ける。 あの嫌な噂の解決策が見つかった所為か、これまでの五日間と比べれば気分も随分と軽い。・・・今日は『最後』なんだし、古泉に一言くらい声を掛けてやるべきなのかな。 そう思って部屋の電灯のスイッチを入れる。見渡せば、今朝と全く同じ位置に古泉が座り込んでいた。目は閉じてしまっているが、寝ているわけではないと思う。 「古泉、ただいま。・・・あー、その。悪かったな。こんな風に謝って済むことじゃなんいだろうけど、酷いこと言って悪かった。反省してる。俺もいっぱいいっぱいで余裕が無かったんだ。言い訳だけどな。それと、一週間ご苦労様。次はいい人に選んでもらえよ。それで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・古泉?」 ずっと話し掛けているのに反応が無い。拗ねてんのか? 少々不安になって古泉のすぐ傍まで歩み寄る。古泉、と名前を呼ぶが、返事も無ければほんの小さな身じろぎすら見せない。肩に手を乗せて揺すってみる。すると、 「・・・っ、おい!」 古泉がそのまま倒れた。なんだこれ。本当に人形みたいじゃないか。 視界に映った顔には表情が無く、よく出来た作りものにしか見えない。ザッと血の引く音がして指先が震える。 《ピー。体温確認。音声パターン照合完了。全システム、再起動シマス。》 突然、古泉から抑揚の無い電子音が聞こえてきた。咄嗟に身を離すと小さなモーター音らしき低音のあと、倒れっぱなしだった身体が息を吹き返したようにゆっくりと起き上がった。 「あ・・・」 古泉が俺に気付いて顔を歪める。泣きそうな表情だったが、さっきの人形めいたものよりはずっとマシだ。 「よかった・・・声かけても動かなかったから心配したんだぞ。」 「え、心配・・・?」 「ああ。」 頷いてやると古泉はオロオロと慌てだし、「これが涼宮さんの言っていた夢というやつでしょうか。」とか何とかほざきやがった。何が夢だ。俺は本物だぞ。(それに古泉の反応には既視感を覚えて背中がむず痒い。) と言うか先に、なんで機能停止状態になってたのか教えてくれ。 「それはここ五日間、何も食べず満足に太陽のような強い光にも当たっていなかったのでエネルギー不足に陥っていたためです。だから必要最低限の機能以外は全てストップさせて省エネモードに・・・」 ・・・・・・。結局俺の所為か。俺が部屋の隅にでも座っていろって言ったのが原因だったんだな。なんか急に穴に入りたくなってきた。どこかに人間一人分の穴とか掘ってないか?無いなら今から自分で掘ってもいい。 「穴ですか?必要なら僕がやりますよ。」 薄々解ってはいたが、やはりお前は天然か。 「でもお前、今日でサヨナラだろう?」 答えると古泉がまた悲しそうな顔をした。なんでかねぇ。俺みたいな人間のものになるより、もっと良い人と一緒に居た方が古泉にとっても幸せだろうに。 「っ、そんなことありません!僕はあなた以外に所有されるつもりはこれっぽっちも無いんです!!」 ちょ、落ち着け!一体何なんだ、いきなり。それにどうして俺以外は駄目なんだよ。 「それは!僕があなたを、す・・・っ、」 「す?」 「す、素晴らしい方だと判断したからです!」 と赤い顔で言われたのだが、俺はどう反応すべきなのだろうか。とりあえず俺は素晴らしいと判断されるようなことをした覚えなんぞ無いね。むしろ最悪だろう。今まで俺がこいつにしてきたことを振り返るだけで、穴に入ったあと上から土をかけてもらう必要性に駆られてしまう。陪審員制度があれば満場一致で有罪だろうし。 「でも最初に・・・!」 ああ、あれか。でもあんなので素晴らしいとか言われると世界中には素晴らしい人がかなり多く存在することになるんじゃなかろうか。 「あなたは違うとおっしゃいますが、僕にはあなたのしてくださったことがとても特別なものだったんです。だから僕はあなた以外の人間のものになるのは絶対に嫌です。あなたがこのまま僕を返品すると言うのでしたら、僕を今ここで壊してください。ロボット三原則により僕は"自殺"が出来ません。だからどうか、あなたの手で・・・」 ちょ、ちょ、ちょい待て!いきなり過激すぎる発言キタコレだぞ。これも商品を買わせるための手法なのか!? 「それは違います!確かに一週間のおためし期間が終了しないうちに返品されると廃棄という話は嘘でしたが、」 嘘なのかよ。 「はい。涼宮さんにそう言えと命令されてやったことですが、さっきの僕が言ったことは僕の意思であり真実です。僕はあなた以外の誰かに所有されるくらいならあなたの手で壊して欲しいと思っています。」 でもその『思い』ってやつも所詮プログラムされたものなんだろう?(あ。自分で言って少し傷ついたな、俺。) 「そうかも知れません。でも、僕は・・・本当、に・・・」 泣くなー!!! あぁもう、わかった!わかったから! 「じゃあ僕を壊し・・・」 そうじゃない! 「正式にお前を買ってやるよ!!」 ちょうど祖父さんから自由に使える金――しかも大金――貰ったし。凄いタイミング。 もうどうにでもなれ、だ。 ―――しかし、まあ。 「ありがとうございます!!」 こいつのこんな顔見れるんだったら、別にいいかなと思っちまうわけなんだよな、俺って。 * * * その後の話をしよう。 古泉は正式に俺の所有物となり(一括支払いだっぜ)、一緒に生活を続けている。祖父さんは俺を立派な跡取りにすべく色々奮闘中。体調不良は何処に行ったってくらいに元気満々だ。きっと自分の娘との仲が修復されてきてるからだと思う。会長は「跡取りが出来たからだろ。」と笑っていたが、それは違うんじゃないかね。 そうそう、会長とは今も仲良くしてもらっている。ただし飯を食いに行く時はそれぞれ自腹だけどな。あと、実は古泉って秘書みたいな仕事に向いていたらしく、俺が大学生をやる傍らで帝王学やら何やらを勉強させられているのと同じように、将来俺をしっかりサポート出来るようにと、それ相応の学習を始めたみたいだ。よかったな、古泉。凄い取柄があって。 噂の方はもう大分収まりを見せている。どうせたった数人の人間が頑張ってもそんなしょうもない話はいずれ消えてしまうということだ。会長が提案してくれた「古泉=俺の世話係」という噂も存分に効果を発揮してくれたな。今じゃ大学の北門には当然のように古泉が立っていて、俺と一緒に迎えの車に乗っている。勿論その車は祖父さんの家行きで、俺と古泉はそこで社会に出たあとの勉強をするわけなんだが。おかげで大学じゃ金持ちの孫として微妙に有名になっちまったし。 まあ、そんな感じで日々は流れている。 別に悪くない、というのが俺の感想かな。以上。 最後まで古泉がアホの子だった・・・。しかも片想い。 次の「おまけ」はハルヒサイドです。 (2007.09.01 up) |