「今回の教訓は飲みすぎに注意ってところか?」
「反論出来ません・・・」
 いまだ車中。話を一通り聞いたあと会長が放った言葉に俺は項垂れた。まあ、もとはと言えば俺が記憶を飛ばすほど飲んでテレビショッピングなんぞをしてしまったのが全ての始まりだからな。
「ま、起こっちまったことは仕方ない。考えるべきはこれからどうするか、噂への対処法だな。」
 知り合いには人の噂も75日だと言われましたが。
「それじゃあ根本の解決にはならんだろう。元の噂は確か、お前が見目のイイ男を"所有"してるってやつだったか。それがいかがわしい意味でとられちまってるからマズいんだよな。」
「まぁそうですね。でもあれがアンドロイドだと言って何人が信じるか・・・」
「普通はゼロだろ。俺はお前が言うから信じてるが、そうでなきゃキチガイに認定だな。」
 だよな、やっぱり。でもそれじゃあどうすれば良いのやら。
 案が思いつかず、眉間に皺が寄る。難しい顔をしているであろう俺を見て会長がニヤリと笑った。
「その碌でもない噂を別の噂で塗りかえるってのはどうだ?」


 嘘を吐くとき、そこに少しの真実を混ぜておくと、その嘘は格段に信憑性を持つようになる。
 その言葉から始まった会長の案をまとめると、つまり、「実は俺が金持ちの孫で、古泉は俺の祖父に雇われた俺の世話係である」という噂を流すということだった。何だそれは。と言うか、どこに"少しの真実"があるんだと問いたい。確かにその噂が今流れている噂に勝れば俺のホモ説も下火になるだろう。(そう簡単に消えて無くなるとは思えんな、やはり。)しかしあまりに荒唐無稽すぎやしないか?
「安心しろ。"少しの真実"にはもうすぐ到着する。」
「は?到着って・・・」
 会長の奇妙な言動に首を傾げていると車は間も無くやたらとデカい屋敷の敷地内に入って行った。こんな所にこんな屋敷があったなんて知らなかったな。ところで会長、さっきからニヤニヤして、一体何なんですか。
 車が止まり、外側からドアが開かれる。会長が躊躇無く外に出たので俺もそれに倣って外へ。・・・メイドさんなんて初めて生で見たんですけど。
 車の外に出ると白と紺のシンプルなメイド服を着た女性が二人、俺達を待っていた。彼女達に案内されるまま俺は会長の斜め後ろについて屋敷の中を移動する。壁に掛かっている何枚もの絵、あれって一体幾らくらいするんだろうな。それに、こんな屋敷の中を平然と歩ける会長って・・・。やっぱり凄い人なのかも知れない。経済的な意味で。
 なんで俺こんな所にいるんだろうと自問しつつ、通されたのは書斎と思しき場所。中に入ると上座に見知らぬ老人がいた。
「お久しぶりです。お約束通り、彼を連れて参りました。」
 こんな屋敷へ連れて来られたことに混乱気味だった俺だが、その爺さんに対して敬語を使い、深々と礼をする会長を見て更に混乱してきた。この爺さん、一体何者なんだ?おそらくはこの家の持ち主なんだろうが・・・って、ちょっと待て。今、会長は何て言った?"お約束通り、彼を連れて参りました"?
「・・・どういうことですか、会長。」
「"少しの真実"ってやつだ。・・・つまりな、この方がお前の母方の祖父なんだよ。」
 マジでか。
 こんな台詞、一週間で二回も言いたかないんですけど、本当。
 しかし俺の思いを裏切って爺さんはニコリと微笑み、頷いた。


 その後、俺と会長と俺の祖父らしい爺さんの三人で色々話した。二人から聞いた話によると、俺の母親は良家の一人娘というやつで、しかし親父と一緒になりたいがために祖父さんと今はもういない祖母さんの反対を押し切って、ほぼ親とは絶縁状態のまま結婚したのだそうだ。だから今まで俺は母方の祖父母の存在を知ることが出来なかったのだ。
 しかし最近、祖父さんの体調が頻繁に崩れるようになり、先を悟った祖父さんが自分の経営する会社と仲の良い他社の社長の息子であり、しかも俺と同じ高校出身の会長に頼んで俺をここに連れて来てもらったんだそうな。ちなみに会長も本当に生徒会長をやっていた時は俺がこの爺さんの孫だとは気付いていなかったらしい。
 これが会長の言っていた"少しの真実"ってわけだ。しかも祖父さんの体調が思わしくない上に跡取りというものが存在していないので、今までずっと絶縁状態だった俺の両親(母親)との仲を修復し、なおかつその跡取りポジションに俺を据えたいとか何とか。なんだそのシンデレラストーリー。(あれ?違うか。)俺ってばほんの一時間のうちに本物の金持ちになっちまったって言うのか。おいおい、冗談だろ。
「残念ながら本当だ。お前の将来は約束されて、まさにお坊ちゃん・・・いや、若様とでも言っとくか?ついでに教えておくと、俺がお前を連れて行ったホテルやら料亭やらの代金もお前の祖父さんから貰ってたんだぜ。」
 自前で出しても俺は別に構わなかったんだけどな、と付け足す会長に祖父さんがなんとも上品な笑いを零す。
 なんだこれ。夢だろ、夢。・・・・・・痛っ。頬を抓ると痛かったんだが何故ですか。
「いいかげん現実を受け止めろ。でもって噂の塗り替え成功でも祈っとけ。」
 呆れたような会長の声が苦笑と一緒に耳に届いた。








(2007.09.01 up)



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