古泉を無視した生活が五日間続いた。今日が終われば、あいつは俺の家からいなくなる。やっとだ。
 幾ら視界に入れないようにしても、だいの男が座っていればどうしたって認識してしまう。しかも何も話さず身動き一つしない人型オブジェが暗い部屋の隅に存在しているのは随分と気色悪い光景だった。
 しかし明日からはそのことに苛立つ必要もない。残る問題はこの、今もまだ突き刺さる視線と、どんどん可笑しくなっていく噂話だ。国木田に聞いたところ、たった五日間で俺はとんでもない人間に仕立て上げられたらしい。曰く、男には見境無く腰を振る淫乱だとか、逆に毎夜男を捕まえて無理矢理犯しているだとか、果てはゲイ専門のAV男優だとか。話を聞いている間中、俺の顔は酷く引き攣っていたことだろう。そしてどうやらこの噂、たった数名の人間が精力的に広めているのだとか。どうして国木田がそんなところまで知っているのか謎だが、「国木田だから」の一言で納得してしまう俺と谷口って何なんだろうな。まあそんなことは脇に置いておくとして、その数人だが、おそらく古泉の見た目にやられた女性達の誰かだろう。結構な数だったのでその中の誰なのかは特定できないが。それに例え特定できても意味はないだろうし。
 「人の噂も75日だよ。」と国木田は言う。今はそれを信じて耐えるしかないのかね。
「あ、あの人・・・?」
「そうそう。本当なのかなぁ。」
 小さな話し声と無遠慮な視線を受けながら北門をくぐる。ああ駄目だ。また溜息が。幸せ逃げまくってるんじゃないか、俺。目の前を横切るのは黒猫ならぬ黒塗りのベンツ。おいおいヤがつくお仕事の人か?・・・と思っていたら、その黒塗りベンツwithスモークガラスの後部ドアがぴったり俺の前で開いた。
「・・・は?」
「おい、早く乗れ。話がある。」
「え?」
 聞き慣れた声だ。しかも美声。
 その声の主のイメージと目の前の車に殆どズレがなかったと本人に言ったら、この人は怒ったりするのだろうか。いや、きっと煙草の煙を吐き出しながら苦笑でもしてみせるんだろう。
 門前に止められた黒塗りベンツに他の学生が唖然とする中、俺は落ち着きを取り戻してその車に乗り込んだ。
「お久しぶりです、会長。しかし黒ベンツに運転手つきだなんて、一体何処のヤーさんですか。」
「会って早々その口の利き方か。変わってないなお前。」
 後部座席に腰を降ろした俺の隣で美声の主こと会長が苦笑を噛み殺す。
「変わってない、と言われても、最後に会長と会ったのは二週間ほど前じゃないっすか。人間、そんな短期間で変われるようなもんじゃないですよ。」
「ふん。だがお前、ここ五日間で色々あったんじゃないか?」
 あの噂のことか。会長の耳にも入っていたんだな。
「随分苦労してるみてえじゃねーか。」
「ええ、まあ。とある買い物と女性の嫉妬心の所為でね。」
「詳しく聞かせろ。」
「へ?ああ、構いませんけど・・・」
 会長に言われ、俺は古泉のことも全て話して聞かせた。どうして躊躇いもなくスラスラと話すことが出来たのか・・・それは会長が真剣な顔で俺を心配するような雰囲気を纏っていたから、なのかも知れない。
 しかしこの車、一体何処へ向かってるんだ?絶対、俺ん家の方向ではないよな。








古泉が可哀相ですよキョン君。

(2007.08.31 up)



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