神  は  ノ  イ  ズ  の  夢  か  ら  醒  め  る  か

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 以前、自分が超能力者であることを証明するため彼を連れて来たこともある場所の近くで閉鎖空間が発生し、その対処を終えた帰り。
 僕はなんとなく辺りを歩きたくなって車での送迎を断り、散歩がてらに遠回りしながら駅のホームへと向かっていた。
 私鉄とJRが入り乱れるその地域は僕達が住んでいる街より格段に店も人も多く、乱雑と言えば乱雑だし、見ていて面白く飽きないと言えなくもない。そう言えばこのビル、閉鎖空間内では真っ先に神人の攻撃で崩れていたなぁとか思いつつ歩いていても、ポーカーフェイスが完璧なら横をすれ違う他人になど欠片さえ悟られることもなく、僕は一般人を装ってその賑やかな駅ビル内を通り抜けていた。
「・・・ここは・・・」
 一件のメンズショップの前で足が止まる。
 僕が好む系統の服やら小物やらを置いているようだが、それが理由で足を止めたようには思えないのは何故だろう。それに一度も来たはずなのない店なのに、なんとなくここにはどんな商品があるのか知っているような気がした。
 店の中に入ると本当に思い浮かんだもの――ただしその一部だけ。なにせ思い浮かんだ衣服の殆どは秋ものだったのだ。当然、この季節には早すぎる――が陳列されており、いつの間に自分には透視や予知能力まで身についてしまったのだろうかと我らが神の顔を思い出してしまうのも仕様の無いことではないだろうか。
 奇妙な心地のまま身体は吸い寄せられるようにアクセサリーを展示している一角へと辿り着き、右手が一つのペンダントに伸びた。銀色の鎖に繋がれた同色のドッグタグが照明を反射して輝く。表面には十字が刻まれており、隅に緑色の宝石――値段から考えるにエメラルドだろうか――が埋め込まれていた。
 これを買おう。
 いつ死んでも可笑しくない仕事をしている僕が装飾用に作られたとは言えドッグタグを購入するなんて皮肉にも程があると思ったのだが、そんな考えは全て無視し、涼宮ハルヒの思いつきと同じかそれ以上の速さで僕は次の行動に移っていた。
 つまり買おうと思った瞬間に右手にドッグタグを持ったままレジへ。
 店員に、プレートの裏に好きな文字を入れることが出来ると言われたのだがそれには首を振って不要だと意思表示をする。だってただでさえ購入したのがドッグタグだと言うのに、これに更に自分の名前を入れたりしたらもっと馬鹿らしくなってくるじゃないか。
 普段通りの丁寧な物腰で品物を受け取った後、店を出て電車で帰宅した。
 そしてそのドッグタグは「皮肉だ。皮肉だ。」と思いながらも実はずっと僕の首に掛かっている。
 まるで銀色の小さなプレートに縋るように。
 それが当然のことだとでも言うように。
 ただしほんの少し、そんな自分に違和感を感じながら。



□■□



 時は幾らか進んで今日は市内探索の日。
 ハルヒの発案で始まったそれはすでに数回行なわれた後であり、俺も長門も朝比奈さんも古泉もハルヒの行動力にようやく耐性と言うか理解と言うか、そんなものがつき始めた頃だ。
 毎度毎度俺の財布に厳しいこの集まりだが、我らが神に団員全員分の軽食代を払わせるなんて組織が許すはずも無く、また俺のプライドとして女性に払ってもらうつもりも毛頭無い。と言うか普段嫌そうな顔しつつレジに伝票を持って行く俺だが、実はこういったことはきちんと請求すれば経費として落ちるのでそれ程のことではなかったりする。しいて言えばわざわざ申請するのが多少面倒臭いだけか。だから今のところ俺は五人の中で一番最後に集合場所へと向かうのだ。・・・と言えば信じてもらえるだろうか。
 まあ、そんな裏事情はともかく。
 今回は午前が涼宮ハルヒ・朝比奈みくる・古泉一樹、俺・長門有希の組み合わせで、随分気楽に過ごさせてもらった。
 まず俺達の神とその鍵が一緒だというのが良い。本当なら朝比奈さんには此方にいて欲しかったのだが、例え彼女が彼らの間に入ったとしてもさほど問題にはならないだろう。朝比奈さんはハルヒを監視するために未来からやって来た存在であるからして、その機嫌を損ねさせるような真似はしない。よって彼も心安らかに見守ることが出来るのだ。
 でもって俺と長門の組み合わせに関して。さすが情報統合思念体と言うべきか、長門は神的存在が涼宮ハルヒではなく古泉一樹だということを知っており、当然のことながら俺の正体も正確に把握している。だから俺は長門の前でだけは堂々と一般人ではなく超能力者として振舞うことが出来た。気を抜いていられると表現する方が適切か。それにもし神の機嫌が悪化して閉鎖空間が発生したとしても、長門なら本当のことを言って現場へ向かうことも出来るしな。これが涼宮ハルヒや朝比奈みくる相手では絶対に無理だろう。特に前者。
 そして午後の部。
 これが問題と言っちゃあ問題だった。
「じゃ、あんたたちしっかり不思議なものを探して来なさいよ!」
「キョンくん、古泉くん、いってきますね。」
「・・・・・・行ってきます。」
「はい、それでは午後四時に。・・・これからよろしくお願いしますね。」
 そう言って秀麗な顔に微笑が浮かぶ。
 最後の台詞は俺に向けてだ。
 もうお分かりだろうか。午後の部、組み合わせは女子と男子で綺麗に別れてしまったのだ。
 確率としては有り得るが、実際にそうなったことは無かったので組み合わせが決まった時には少し驚いた。顔を顰めたつもりは無かったのだが、ひょっとしたら顰めていたのかも知れないな。まあ、それも俺のキャラだから大丈夫だとは思うけども。
 ここで相手のことを改めて観察。
 毎度呆れるくらい完璧に『古泉一樹』を作ってくる彼の本日の装いは、やはりカッチリキッチリながらも優男風味が滲み出る、「お前本当に同年代か?」と問いたくなるようなものだ。しかし胸にはいつぞやの神人退治が終わった際に自分で購入したというドッグタグが輝いている。あ、ちなみにいつどこで購入したのかっていう情報は本人からじゃなく組織の監視員経由で知らされた情報だ。
 別にドッグタグが似合わないわけじゃない。しかし俺は何か引っかかりを覚えた。
 その銀色のプレートの隅には小さな緑色の石が埋まっているのだが、俺は・・・何と表現すればいいのか、とにかく「違う」と思ったのだ。何がどう違うのか解るはずもない。古泉が北高に転入して来た辺りからずっと感じ続けている不思議な感覚に似ているような、そうでもないような。ああ、気持ち悪い。忌々しい。
 己を落ち着かせようと彼から視線を外して水井から貰ったクロスに触れる。譲り受けてからしばらく経ってこいつにも随分慣れたのだが、しかしまだ違和感があるのも事実だ。ただ少しずつでも慣れてきているのだし、またこれ一つのために買い物に行こうとする意思もなかなか湧いてこなかったので半分惰性で今の状態になっていたりする。
 と、俺の動作でようやく気付いたらしく古泉が此方のクロスに視線を向けた。
 そして一言。
「あまり似合ってませんね。」
「直球だな。」
 お前らしくもない。それともハルヒ以外にはイエスマンじゃなくなるのか。
「え、あっ!そんなつもりじゃ・・・!すみません。本当に何を言っているのか・・・」
「まあ落ち着け。別に怒ってるわけじゃないから。むしろこう言うのもなんだが、俺もお前と似たような意見だし。」
 しっくりこない、違和感を覚えるって意味ではな。
 俺がそう答えると"あわあわ"や"わたわた"なんて擬音語が似合いそうな過剰かつ珍しい焦りも収まったらしく、古泉はもう一度「すみません。」と頭を下げてからもとの如才ない笑みを浮かべるイケメン君に戻った。
 しかし、やはりまだどこか自分の失言を恥じているような、どうしてそんなことを言ってしまったのかと困惑しているような気配が伝わってくる。これくらいでは閉鎖空間の発生にまで至らないので別に構わないんだがな。
「知り合いが好意でくれたものだからな。一応、そういうワケで着けてるだけだ。」
「それはそれは。贈った方もさぞかし嬉しいでしょうねぇ。」
 オイ。笑顔のままノイズが走っているのはどういうわけだ。俺、また何かやらかしたのか。そうなのか古泉。
 目の前の人物における内と外とのギャップに引き攣りそうな顔をなんとか落ち着かせて平素の自分を装う。しかし何と言えば良いのやら。
「贈られたなんて大層なもんじゃないさ。俺がアクセの一つでも欲しいなって思ってるのを話した時にたまたまそいつが持ってたヤツをくれただけで・・・」
「たまたま、ですか。」
「あ?ああ。」
 ノイズが消えた。・・・いや、まだ微かに残ってる。でもだいぶ薄れたのは確かだな。
 まったく。直接顔を合わせる前の方が神様の機嫌も窺い易かった気がするよ。
「それなら、」
 如才ない笑みのまま古泉が自身の首の後ろに手を回す。一瞬何をしているのかと思ったが、どうやらドッグタグのチェーンを外していたらしい。程なくしてそれを外し終えた古泉は笑みを保ったまま「どうぞ。」と銀色のプレートを差し出した。
「・・・は?」
 えーっと、これは動作をそのままの意味で受け取って良いのだろうか。
 先程の話の流れ的に"You give me it."ということでファイナルアンサー?
「差し上げます。そのクロスよりこちらの方がお似合いじゃありませんか?」
「いやまあ、確かにそう言われればそんな気も・・・」
 これはわりと本気で。
「でしたら受け取ってください。それにこのドッグタグ、僕よりもあなたが着けている方がしっくりくるような気がするんです。」
「持ち主のお前がそう言うなら。」
 そう答えながら涼やかな鎖の音と共にドッグタグを受け取る。伝わってくる精神状態から鑑みてもこれが目の前の人物の意思――この場合、善意や好意と表現してもいい――だということは解るので決して悪いことではないのだろう。むしろ断るほうが失礼に当たるかも知れない。
 そんなことをもやもやと考えつつ、受け取った装飾品を日の光に晒す。しかし陽光を弾いて煌くそれを眺めているとこうされることが、つまりこの緑色の石が埋め込まれたドッグタグを受け取ることが当然と思えてくるのだから全くもって奇妙な話だ。自分がそんなに図々しい奴だなんて自覚は無かったんだが・・・。
 銀色の鎖越しに古泉と目が合う。その双眸を見て理解した。解ったから、そんなに期待に満ちた瞳で見てくれるな。つまり目の前でこれを着けて見せろということで合ってるんだな?
 こうやって親睦が深まって好意を向けてくれるのはありがたいことだが、急に行動として現れてくるとなんだかむず痒い。神と対面する超能力者としてではなく、古泉一樹と対面する一介の高校生男子として、だ。
 俺はペンダントを右手に握り締めたまま首の後ろに手を伸ばした。あまりじろじろ見られるのも好かんから手早くな。
 水井から譲り受けたクロスはズボンのポケットへとご退場頂き、新しく古泉からもらったドッグタグが俺の胸の前でキラリと輝く。水井、すまんな。そして古泉、これで満足か。
「・・・どうだ?」
「よくお似合いです。」
 古泉が言うとおり、確かに十字架がぶら下がっていた時よりもしっくりくるような気がした。ああ、俺が欲しかったのはこれなのかって思うくらいに。
 俺は物を貰った立場として目の前の優男に礼を告げ、それから二人でハルヒに指示された時間まで何をして過ごすのかを話し合った。その時、古泉の胸元に"青色の石"が埋め込まれたドッグタグの幻影を見たのだが・・・あれはどういう意味だったのだろう。








たぶんこのシークエンス、3桁は軽く超えてると思いますよ。
でもって、これまでの繰り返しに一番影響されてる。

(2007.08.21up)



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