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■古→キョン。悲劇の始まり(キョン視点)



 それは五度目のシークエンスの時。
 それまでの四回は多少時期がずれたりシチュエーションが異なっていたりしたものの、結果はただ一つしか得られなかった。一人が死に、一人が壊れるというものしか。
 しかし自分に出来ることなど殆ど無い。
 情報統合思念体からは不干渉であることを義務付けられているため、己の情報操作の力を使って何かをすることは出来なかった。
「それでも、わたしは・・・」
 彼らのために何かをしたい、と。
 長門有希は一人、誰も居ない部屋で静かに頷いた。
 繰り返される運命により己の未来との同期すら不可能なまま、それでもただ彼らの幸せを願って。









 古泉に怪我を知られてそのフォローをさせてくださいと言われるままに色々とお世話になっていた期間が終わってすぐ後。
 俺は突然長門に呼び出されて再びあのマンションへ赴くこととなった。
 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースは注いだ緑茶を俺が飲み干すのを待って、いつものような無表情で「あなたに話したいことがある。」と告げた。
 長門は未来人の朝比奈さんとは違い、俺の本当の姿も古泉のことも全て知っている。そんな彼女が俺に今、話したいこととは一体・・・。俺の怪我が治るまでの数週間ずっと平和だったことに関係があるのだろうか。あれが実は嵐の前の静けさだったんだと言われたら、もうどうすれば良いのやら。
 意味が無いと理解しつつも俺は緊張して続きの言葉を待つ。
 長門、もったいぶらずにスパッと言ってくれ。覚悟はしたくないが一応しているぞ。
「・・・古泉一樹の精神活動に関することについて、少し。」
「どういうことだ?」
 彼の精神に関しては長門より俺の方が敏いはずなんだが・・・。
 しかし本当のことしか言わないこいつの話を馬鹿にするなんて俺には到底出来ない。何か俺では気付けないことを知っているのだろうか。長門は。
「あなたは古泉一樹の恋愛対象が涼宮ハルヒであると考えている。」
「ああそうだ。なんせ自分と同じ力を与えた存在だしな。」
 今更どうしてそんな当たり前のことを?
「それは真実ではない。」
「・・・は?」
 俺は今、凄く間抜けな顔をしているんだろう。それくらい驚いていた。だって俺達の大切な前提が一つ、完璧に否定されてしまったのだから。
 そんな馬鹿な!有り得ない!と叫び出したかったが、無表情と言うよりもむしろ真剣な表情を浮かべる長門を前にしてはそれも出来そうにない。
「じゃあ、なんで彼は涼宮に力を・・・」
「それはまだ解明されていない。情報不足。ただわたしが知っているのは古泉一樹の恋愛対象が彼女ではないということ。彼女は与えられた力ゆえに彼の鍵の一つであるが、それよりも更に重要な鍵が存在している。」
「・・・一体誰なんだよ。」
 片時も逸らされない視線を受け、無意識に喉が音を立てる。
 この嫌な予感は何だ?頭の中で響く警報の意味は?
 おい、俺。今すぐさっきの質問を取り消せ。長門に"それ"を言ってくれるなと頼み込め。
 なぁ早く!なんで固まっちまってんだよ!!
「それは、あなた。古泉一樹はあなたに恋をしている。」


 長門の言葉を組織の上層部に伝えた瞬間、否、彼女がマンションで俺にそう告げた瞬間、俺の運命が決まった。



* * *



 近頃、閉鎖空間の発生件数は著しく減少している。
 たとえ涼宮ハルヒ製のそれが生じたとしても、連動して俺達が働かなくてはならないという事態はこれまでの半数かそれ以下だ。
 たまにタイミングが悪くてヒヤッとする時もあるが、「行って来い。」「待っててやる。」「ちゃんと帰って来いよ。」等々を『彼』に囁いておけば大抵の場合は大丈夫なんだと気付いた。(どういう意味でタイミングが悪いのかは各自で勝手に想像してくれ。俺は説明したくない。)
 しかしとりあえず今日のところはその必要も無いらしい。
 体内に他人の熱を感じながら俺は胸中でそう呟いた。
「・・・どうかしましたか?」
「お前はねちっこいと思ってたんだよ。」
「おや、そうですか。」
 ふふふ、と目の前の男が笑う。
 いつも涼しそうな表情を保つその顔は、しかし現在、いくらか紅潮し、額に汗を浮かばせている。
 ヤニさがったこの顔も元々の見てくれが良い所為で決して不快感を催すものではなかった。
 なんてお得なやつなんだ。
「ほら、やっぱり何か他のこと考えてますね。僕とのこれは退屈ですか?」
「はァ?んなワケ・・・ッ!」
 急に動くなこの馬鹿!ちったぁ"下"のことも労わりやがれ!
「最中に他のことを考えているあなたが悪いんですよ。」
「誰が他の・・・ッ、ことなんか考えてられっかよ!お前のことだ。お前のこと!」
「え?」
 目を見開いた彼へと俺は更に続ける。
「ニヤけ顔も元の作りがいいから嫌味に見えねえって思ってたんだ。・・・ったく、なんとも羨ましい限りだぜ。・・・って、オイ!ひゃ!」
 何故動く!?ストップ!
 ちょ、落ち着け!大馬鹿者!!
「あなた・・・本気で僕を殺す気ですか。」
「へ?・・・っ、ん、ひあ!」
「嬉しすぎてどうにかなってしまいそうです。僕が笑ったまま死んだら、それはきっとあなたの所為ですからね。」
「んな勝手に・・・!っ、」
 下肢へと手が伸びてラストスパートとばかりに扱かれる。
 男の弱点でもあるそこを急速に高められて俺はもう日本語らしい日本語を話せない。
 そして最後、中心が解放された直後に腹の内に広がる熱を感じた。


 こんな事態になるのは随分と早かったように思う。
 長門に教えられたことを報告書にまとめて上に伝え、その後何度か会議に呼ばれて、俺はめでたく(?)古泉に対する態度の修正を余儀なくされた。具体的に言うと、さっさとくっついて神を安定させろ、ということ。
 そこに俺の意思は存在しない。
 俺は友人として古泉のことが嫌いではなかった。
 無駄に美形でこっちのコンプレックスを刺激してくれまくるし、小難しい話ばっかりしてくるし・・・でも、元々観賞に耐え得る造作がゆっくりと微笑むのは案外嫌ではなく、それに時と場合をきちんと選べば長い話も随分と面白かったりする。
 しかしそんなものは全て無意味になったのだ。
 今の俺は彼の恋人。彼の鍵。
 彼を安定させることに全てを捧ぐべき存在。
 同胞の一人には、こうも言われた。それじゃあただの生贄だ、と。まったくもってその通り。言いえて妙だね。
 神に捧げられた供物。またの名をスケープゴート。世界平和のために払われた犠牲。
 まあ俺如きが世界の運命を左右しているんだと驕るつもりは無いんだけどな。ただ自分がこうすることで俺達の出番が目に見えて減少したことは素直に嬉しい。大事な仲間は傷つかず、家族の存在が脅かされることも無いんだ。
 なあ、そうだろ俺。嬉しいよな?








(「i」に続く)

(2007.08.13 up)



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