n o i s e - f r a g m e n t

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■利賀→キョン(キョン、中学時代)流血注意



 組織内では《ファースト》と称される世代と《セカンド》と称される世代が入れ替わり始めた頃のこと。その時、俺は一人目の《セカンド》で、周りは全て神人退治に慣れた人達ばかりだった。同胞達には俺より年下の人間もいたが、神人退治も回数を重ねて年齢など関係なくこの仕事には経験とそれ以上に天性のセンスが重要であることを知った頃のことだ。
 慣れたくはないが慣れ始めた神人退治に赴き、赤い球体に変化して神人を切り裂いていく。
 本来ならば俺以外にもあと四つの赤い球体が確認出来たはずなのだが、生憎その日は前日の神人退治の時に一人が怪我を負っていたので暗い空間に浮かぶ光の玉は俺を除いて三つに減っていた。
 その欠損を補うかのように激しく飛び交う赤い玉。
 凶暴な青白い巨人はアスファルトの地面を踏み抜き、腕を振るってビルを砕く。俺達はそんな神人の動きの隙を狙って胸を貫いたり腕の付け根辺りを切り裂いてみたりして、今回の神人にはどの攻撃が一番効果が高いのか試していた。
 俺はまだ《ファースト》達のような動きは出来なかったが、それでもある程度慣れてしまった所為で初期の頃のようなこの身を押し潰す程の不安を感じることは無かった。あの巨大な腕がこう動くから俺はこう避けて、それから背後に回って二の腕辺りを斬りつけに行こうか、などと考えながら動ける程度には余裕だったとも言える。
 それがいけなかったのだ。
 俺が《セカンド》として存在していると言うことは、つまり俺の前任だった《ファースト》――話によると俺と同い年の少女だったらしい――がこの世から居なくなった後だと言うこと。人は、簡単に死ぬ。特別な能力を与えられたからと言ってもそれは同じだ。むしろその力を使って神人などと言う化け物を相手にしている分、確実に俺達の方が死ぬ可能性は高い。今は怪我で入院してるもう一人の同胞のことも頭の中にはきちんと残しておきながら、しかし俺はそんな簡単で重要な死への危機感を忘れ去っていたのだ。
 だからその時、俺は自分に何が起きたのか明確には理解していなかった。ただこの身を衝撃が襲い、直後、視界が闇に染まると同時に意識が途切れる。目が覚めた時には座りこむ"あの人"の肩越しに神人が暴れているのを眺めるような状況だった。
「・・・キョ、ン・・・?」
「利賀、大丈夫か?どこか痛い所は?」
 《ファースト》の一人、変わったあだ名で呼ばれるその人が目覚めた俺に安堵の息を漏らしながら問うてくる。俺より年齢も身長も小さいその人は、年に合わない穏やかな微笑を浮かべてこちらを見下ろしていた。
 だがそちらに意識を向けるよりも前に、俺は見下ろしてくる彼の様子の方に目が行っていた。
「キョンっ、その怪我・・・!」
 名前を呼ぶのと同時に、何が起こったのか理解する。
 愚かなことに余裕ぶっていた俺は神人の攻撃を受けそうになったのだ。しかし攻撃を受ける前にキョンが身を挺して助けてくれたのだろう。で、この有様。
 「へ?」と間抜けな声を出して彼は首を傾げる。その動きにつられて額から一滴の雫が俺に落ちて来た。
「・・・あ。」
 俺の服に染みをつけたものを見て彼はようやく気付いたらしい。己のこめかみに手をやって捉えた感触に眉を顰める。
 きっと俺を庇った時、瓦礫か何かに当たったのだ。
 あーあ、と溜息を零しながら右手に付着した赤い液体を眺め、しかし己への傷に対する配慮はそこまでで、彼は俺に顔を向け直すと「でもお前は大丈夫みたいだな。」と笑った。
「ッ、どうして笑っていられるんだ!傷ついてるのはお前の方だろう!?一歩間違えば自分が死ぬかも知れないってのに・・・!」
「でも俺はお前が傷つくところを見たくなかったんだ。・・・昨日のこともあるし。」
「・・・あ、」
 現在入院中の《ファースト》のことをキョンは酷く心配していた。「あともう少し早く俺が駆けつけていれば」という後悔も抱きながら。
 彼はどうやら元々仲間に対して情の厚い人間だったらしく、その上に前回の「助けられなかった」という思いが上乗せされてこんな無茶な行動を起こさせてしまったのだろう。まあ、大切な仲間が傷ついた所為で無茶をしているのは他の二人の《ファースト》も同じなのだろうが。・・・すでに"一人"を失ってその悲しみを知ってしまった彼らには仲間が傷つくことを酷く恐れているような節が見られたから。
 理由が解り、こちらが反論の意思を失った後、俺達は二人揃って立ち上がった。
 と、その時。
「キョン逃げろ!!」「逃げてください!!」
 聞こえてきた声に反応してキョンが俺ごと地面に身を投げ出した。もしかするとその声の主達に突き飛ばされたのかも知れない。そして直後、俺達が一瞬前まで立っていた場所の真上にあるビルに突っ込んできた青いもの。・・・と、赤いものが二つ?
 瓦解する音に紛れてすぐ近くから「そんな・・・」という声が聞こえた。
「キョン・・・?」
「   っ!  っ!」
 キョンが何と言ったのかは判らない。しかしそれはおそらくあの"赤いもの達"の名前だったのだろう。
 崩落が止まったビルだったものに駆け寄ってキョンは瓦礫に手を掛ける。「   っ!  っ!」とその人達の名前を必死に呼んで自分が傷つくのも構わず無茶苦茶にコンクリートの塊を取り除いていった。
 やがて、じわりとコンクリートの隙間から流れ出てきた赤い液体―――。
「 、 ・・・?  、っ!」
 二人の《ファースト》の名前を呼ぶ、キョンの震えた声。
 こちらに気付いていないらしく他の離れた場所に建つビルを壊し続ける神人を余所に、俺は何かを抱き上げたらしいキョンへと近寄った。そして目にしたものに息を呑む。
「キョ、ン・・・それは、」
 瓦礫に潰された《ファースト》の血で真っ赤に染まるアスファルトの上でキョンが抱き上げていたもの。それはもう一人の《ファースト》で、俺達の中では最も幼い少年の身体だった。
 ひゅうひゅうと浅い呼気が聞こえてくる。自身から流れ出すもので赤く染め上げられた子供がキョンの腕の中、「痛いよぉ」と涙を零していた。
「キョ・・・ン兄ぃ、・・・痛い、よ・・・」
「  、」
 痛みに泣く少年を抱えてキョンがその名を呼ぶ。しかし俺はその声を理解出来ない。
 なぜなら、
「キョ、にぃ・・・」
 少年は力尽き、キョンの腕の中で事切れた。「  ・・・?」と少年の名を最後に一度だけ呼んで彼は立ち上がる。
「・・・利賀、ちょっとコイツのこと頼む。」
「・・・・・・あ、ああ。」
 一瞬の内に死んでしまった二人のことを悲しむのではなく、俺はただ真っ赤に濡れたその人の姿に見惚れていた。
 そのぞっとする美しさ以外何も意識には入って来なくなり、彼が叫んだ仲間の名前も俺の耳には届かなくなっていたのだ。
 先程見せてくれた微笑は鳴りを潜め、血に染まったシャツを着て冷たい相貌が青白い巨体を見上げる。
「じゃ、行って来るから。」
 そう言い残し、彼は血よりも明るい色をした球体に変化して空中へと飛び出した。
 俺はその背を見送るのだが、吐き出した吐息は何故か熱く濡れていた。


 この後、神人退治から帰還した俺達を待っていたのは、内蔵を傷めて入院していた少年がそのまま病院で命を落としたという連絡だった。
 そして俺達は《セカンド》の世代を迎える。ただ一人の《ファースト》を残して。








《セカンド》年長者の利賀さんは一番冷静そうに見えてどこか病んでる人。
ある意味キョンラブな水井よりもキョンにご執心。たぶんキレたら一番ヤバイ。

(2007.08.12 up)



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