n o i s e - f r a g m e n t

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■キョン+芳養+利賀(本編1と2の間)



「芳養、泣くなって。」
「だって、キョンが・・・!」
 俺を含め世界中でたった五人だけの同胞。その紅一点である少女が大きな双眸からぽろぽろと涙を流している。涙目の視線が向けられているのは俺のシャツが肌蹴た胸の辺り。そこには現在、真っ白な包帯が巻かれていた。情けないことに、気の緩みから生まれた負傷なのである。もっと詳しく説明すると、閉鎖空間での神人退治において俺は見事に攻撃に遭い、肋骨が何本かイカれてしまったわけだ。
 現在は粗方の処置を終えて病院の個室にいるが、あとは本日中に帰宅するばかりというところ。一般的に見て怪我の割に日帰りとは不自然かも知れないが、俺の存在自体一般的ではないので常識など当てはまらない。明日いつもと同じように登校する必要があるから、俺はそれに従って家に帰るまでなのだ。
「これは俺の不注意なんだし、何も芳養が泣くことはないだろう?」
「キョンの怪我が私の所為だろうが何だろうが、私はキョンが怪我したってことが悲しいの!それに明日は学校に行かなくちゃいけないんでしょう?」
「まあな。」
「ほらぁそんな無茶ばっかり・・・」
 透明な雫はぽろぽろと止め処なく溢れて芳養の頬を濡らす。俺達の中でも一番幼い――とは言っても俺の妹よりは年上だが――彼女は紅一点である以外にもどうやら相当の泣き虫でもあったらしい。
 その肩をポンと優しく叩く手があった。振り返る彼女の視界に背後の人物が映る。
「・・・っ、う・・・とがぁ。」
 正確な発音は「とがぁ」ではなく「利賀(トガ)」だ。俺達の中で一番の年長者であり、落ち着いた雰囲気を持った青年である。
 利賀は慰めるように芳養の肩を叩きつつ、俺と視線を合わせた。
「お前らしくないな、ミスなんて。何か考え事でもしていたのか?」
「いや、単なる油断だ。」
「なら良いが。」
 体が痛むので肩をすくめるといった動作は控えつつも「これからは気をつけるよ。」と軽く返す。利賀はそんな俺の返事に些か不満げだったが言いたいことを色々諦めたようで、その代わりとばかりに左手に持っていた小さな紙袋を俺の目の前に突き出した。
「なんだ?」
「薬だ。鎮痛剤と解熱剤。使用方法とかは中に紙が入っているからそれを見てくれ。」
「了解。わざわざスマンな。」
「そう言うんだったら凡ミスなんかしないでくれよ。・・・心臓が止まったかと思ったぞ。」
「・・・悪い。」
 からかうような気配はなく、本当に心からそう感じているようで、自分が酷く申し訳ないことをしたのだと思い知らされる。芳養と利賀の二人の視線と言葉は俺に対する心配と安堵で満ちていて、今は怪我をした俺の代わりとして事後処理に向かってくれている他の二人にもきっと多大な心配をかけてしまったのだろうと思った。
 仲間を失うかも知れないという恐怖は嫌と言うほど知っている。血よりも強い絆を絶たれることがどれほど恐ろしいものなのか、知っている。・・・そう。知っていたはずなのに、本当、何をやってるんだろうね。俺は。
 自嘲が顔に出ていたのか、「笑うな。」という声と共に頭の上に手を置かれた。一応俺も現在高校一年生であり、正確には多少年上と言えども同年代の人間に慰めの如く頭を撫でられるのはどうかと思うのだが・・・。
 でも俺はその手を振り払うことなく静かに目を閉じた。
 少し遅れて包み込むように手を握られる。この小さくて少し温かな手は芳養のものだろう。「無事で良かった。」と囁くような声がして、握る力が強くなる。
「キョン、居なくなっちゃ嫌だからね。神人退治が私達の仕事だってわかってるけど、無茶はダメなんだからね。」
「ああ。肝に銘じとくよ。・・・芳養を泣かせるわけにもいかんしな。」
「そうそう。女を泣かす男は最低だ。」
 真面目くさった利賀の台詞に、そうして俺達は笑みを漏らした。


 彼だけが異様なほど我武者羅に仲間を守り巨人を狩る姿を、他の者達はすでに当然の事として受け入れてしまっていた。
 "当然"だから気付けない。意識に上らせることなどない。
 その危うさを。脆さを。
 ゆえに導かれるかも知れない結果を。
 ―――だって『彼』は強いから。自分達と比べて遥かに上を行く人だから。
 その思いが、常識となってしまった考えが、導くかも知れない結果を。









最後の文字色の薄い短文は「c」からです。

(2007.07.14 up)



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