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■水井→キョン(古泉転入前)



 好きだ。キョン、好きだ。
 心の中でそう囁く。
 好きだ。好きだ好きだ好きだ。
 今はあだ名でしか呼べないけれど、きっといつか、この想いを打ち明ける決心がついた時にはお前の名前をちゃんと呼んでこの気持ちを伝えるから。
 俺は男だけど、お前も男だけど。この気持ちは本当なんだ。だからきっと、打ち明ける。
 それまでしばらくの間、待っていてくれ。



* * *



 キョンを見かけたのは金曜日の午後、所用で訪れた組織のビル内でのことだった。
 時刻は九時半を回り、陽は完全に沈んでしまっている。大きなガラス窓の向こうにはこの都市の栄え具合がわかる程度の夜景が広がっていた。100万ドルとはいかずとも、まあそこそこ光ってる感じ。
 で、そんな夜景が広がるのとは対照的に、人気の無いちょっとばかり開けたスペースでは三台の自販機が低いモーター音を響かせていた。座って飲み物片手に談笑できるような横長の椅子が置かれていて、天井の照明と自販機の灯りに照らされている。隅には観葉植物なんかが置かれているが、これの意味ってあんのかよ、と問いたくなるくらい存在感が無い。でも今だけは違うと思った。何故ならその観葉植物のすぐ隣にあいつがいたからだ。
「・・・キョン?」
 手に持った紙コップはすでに空っぽで、どうせこのまま落としたって平気だろうとは思ったが、こくりこくりと揺れる頭にヒヤヒヤしたというか、でもその一方で微笑ましいなぁと思ったりとか。
 まあとにかく、椅子に座って舟を漕ぐキョンを見つけたわけだ。
 しかし珍しいな。いつも俺が見てるキョンは学校の制服だったんだけど、今は真っ黒なスーツを着込んでやがる。髪も幾らか弄ってるな。なんだか年齢がちょっと上がった感じ?一応、俺より一年上なんだけど、それよりもう少し年上に見えて、負けた気がするって言うか、くやしいって言うか。今以上に差を広げてくれるなよ、的な。
 でもこうして舟を漕ぐ姿は年相応かそれ以下だな。うーむ、動作と格好がつり合ってねえ。
 最もキョンから離れた自販機でジュースを買い、壁に背を預けてオネムな同胞を見つめる。
 黒いスーツを着てるってことは、さっきまで報告か何かをやってたのかもな。最近は神人退治にも手間取ってねえし、他に目立った失敗もねえから、上からのお叱りってわけじゃないだろうし。
 そういや今年の春か初夏くらいに『神様』がキョンの高校に転入してくるんだっけ?そうなるとキョンの仕事に週一の定期報告も加わるんだよな。・・・ただでさえ俺達超能力者の中で一番経験があるからって理由で上との連絡を殆ど全てやってんのに、また更にやることが増えちまう。俺にも何か出来ねえかなって思うけど、キョンの仕事は色々複雑な部分や、他にもキョンにしか出来ないこともあって、俺が出来ることはあまり無い。きっと経験を積めば何とかなるのもあるだろうけど、例えば俺は『神様』のご機嫌をしっかり感じ取れるようなセンサーなんて持っちゃいないだよな。
 キョンは俺達同胞の中で一番『神様』を感じやすいらしく、その精神状態を報告書としてまとめることもあるのだと言う。定期的なものじゃねえんだけど、大規模な閉鎖空間が発生した時とか短期間に多数の閉鎖空間の発生があった時とかは必ず。あとは閉鎖空間が発生しなくとも特筆すべき変化が『神様』に現れた時とか。
「お前ってホント、神様に振り回されてるよなー。」
 俺だって振り回されてる人間の一人だけど、雑事が多い分キョンの方が大変だ。こうして実際に自分の時間さえ余計に削られてんだし。居眠りしちまってるってことはきっと寝不足もあるんだろうな。ただでさえ『神様』を感じやすいのに、そんな精神的ストレスに加えて肉体疲労も溜まるのか。
 お疲れさん、とはなんとなく言いづらくて、俺は黙って立ったままだった。
 本当に大変そうだったから、そんな気軽に声を掛けられるもんじゃないと思った所為かも知れない。もし俺が「お疲れさん。」って言ってキョンの疲労が少しでも回復するなら幾らでも言ってやれる。でもそんなことは有り得ねえし、それなら今こうして船漕いでるキョンを見守ってた方がなんぼかマシってもんだろ。一番良いのは早く帰宅させることなんだろうけどよ・・・。
「俺だってちょっとは下心とかあるんだっての。」
 家に返しちまったらもう会えねえじゃん。次会うときは戦場で、みたいになるだろうし。神人退治の時に顔見れたって、先にやることもあるし、こうしてゆっくり見ることなんて無理なんだよ。それなら寝顔だし、起こすからあんまり近くには寄れねえけど、ずっと見つめていられる今の方がいいと思うわけ。
 うーん、なんかちょっとストーカー入ってる?ヤバくね?俺。
 そりゃまあ、『神様』にすら嫉妬しちまう俺だけどさ。(だってあいつはキョンの感覚を支配してるって言えなくもないんだぜ?それにキョンも仕事だから、あいつの精神状態には常に全神経を傾けてるって言っても過言じゃねえし。)
 しかしそうは言っても止められないんだよなぁ、こんな俺が。だってキョン好きだし。男だけど。自覚した当初は戸惑ったけど、今じゃ「それがどうした」的気分にまでなっちまったっての。
 キョンは《ファースト》として俺達を導いてくれて、ああ格好良いなって思えて。でもこうして可愛いなって思えるような部分も持ってて。それに優しいし、なんかこうキレーだし?あ、これってフィルターか。でもキレーなんだよ。きっと芳養も似たようなこと言うぞ。
 短いけど髪はサラサラだし、目も透き通ってるし、唇の形とかも整ってるし。正直言ってちょっと、いやかなり、触りたい。ちゅーとかそんな大それたことは無理だけど、指でこう、つつっとなぞってみたい。
 うっ。なんか想像したら喉が渇いてきた。
 ずっと持ってたジュースに口をつけるけど、微妙。氷も全部溶けちまってるし。・・・俺どんだけキョンのことを見てたんだよ。いや、有意義な時間だったけどさ。(キョンごめん。俺、キョン限定ですっごい変態らしい。ホモだって気付いた時点で開き直ってるけど。)
「さすがにそろそろ起こした方がいいよなー。」
 舟を漕いでいたはずのキョンは、かくりと首を折って俯いたまま、ちょっと深めの眠りにつき始めていた。このまま寝ちまったら起きた時に身体ガチガチで大変だろうし、やっぱ家に帰ってちゃんと寝るようにしないとな。
 そうと決まれば即実行。
 キョンのすぐ傍で膝を折り、寝顔を見上げるように視線を動かす。
 疲れているらしく目元にはうっすらとした隈が浮かんでいた。薄く開いた唇に、ごくりと喉が鳴る。
 好きだなぁ・・・。
 何もしないけど、ただそう思う。寝顔一つで幸せになれるなんて、俺って安いやつだよな。
「キョン。ほら、起きろキョン。こんな所で爆睡したら後々悲惨だぞ。」
 寝るならきちんと家に帰れよ。
 小さく肩を揺すってそう告げれば、まもなく「・・・ッ、」と起きる気配がした。
「キョン、」
「・・・・・・・・・おう。水井?」
「そうそう、水井君です。起きたか?」
「あー、うん。起きた。つーか俺寝てたのか。」
「寝てたぞ。」
「起こしてくれてありがとな。」
「どういたしまして。」
 ちょっと後ろめたいけど。
 最後のは胸の内に秘めるとして、俺はキョンが腰を上げるのと合わせて立ち上がった。背は俺の方が若干高い。それを言うとキョンが嫌そうにするからあんまり言わねえけど。
「帰るか?」
「帰る。」
「送ってく?」
「一人で平気。」
「あっそう。」
 残念。一緒に帰る口実が無くなってしまいました、っとな。
「んじゃ、気をつけて帰れよ。途中で寝ちまわないように。」
「わかってるよ。じゃあな。」
「おー。じゃあな。」
 ひらひらと手を振ってお別れ。
 持ってた紙コップをキョンがゴミ箱にシュートするのを眺めながら、俺はぬるくなったジュースを飲み干した。
 ぬるいし、すっぱいし、なんだかびみょー。
 氷が溶けた所為で100%から80%くらい(予想)になったオレンジジュースを胃に流し込んだあと独り言つ。
「あはは。青春片想いな味だねぇ。」
 んなワケないか。








予想外に水井が変態くさくなってショック。
本当は「キョンが大切で神様大嫌いな少年(言葉遣いが少し荒い)」の予定だったのに。

(2007.07.14 up)



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