n o i s e - f r a g m e n t

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■キョン+オリキャラ(名前の呼び方)



 俺達はそれが偽名であると知りつつも互いにその名前で呼び合う。
 利賀(とが)、水井(みずい)、比佐(ひさ)、芳養(はや)。その四人の同胞の名を、俺は姓でしか呼んだことがない。そしてその四人も互いを姓でしか呼び合わないのだ。
 理由の一つは自分達の名前が偽物であり、組織から与えられたものでしかないということを自覚しているからだろう。だから余計なものは要らない。ただ相手と自分を認識出来ればいい、と。なんともビジネスライクな。しかしその一方、どうせ偽物なのだから『姓』という同じ呼び方にすることで、あたかもそれが親しい者達に使うあだ名であるかのように錯覚したかったのかも知れない。
 でもそれなら本当に自分達の中であだ名を作ってしまえばいいと、普通ならそう考えるだろう。当然、彼らも考えた。そして作ろうとした。けれど俺が止めたんだ。やめてくれ、と。



* * *



「なんでかな、キョン君。お前は既に俺達から『キョン』って呼ばれてるだろう?なのにどうして俺達も同じように呼び合うことを許してくれないのかな?」
「そうだよキョン。私だって、私がキョンをキョンって呼ぶみたいに、キョンに呼ばれたい。」
 こちらの反対意見に比佐と芳養が揃って抗議を口にする。その後ろに立つ水井と利賀も沈黙を保ってはいるが表情から察するに先の二人と同意見のようだ。
 俺はやれやれと頭を掻くと、同胞四人に向き合って苦笑を浮かべた。
「辛くなるんだ。思い出しちまうから。」
 何を、という問いかけは返ってこなかった。皆知っているのだ。俺が思い出して辛くなるという出来事とは何なのかを。
 俺が力を自覚した当初、自分を除いた他にも四人、同じ力を自覚した人達がいた。けれどそれは今目の前にいる仲間達じゃない。組織内では《ファースト》と呼ばれる世代の、つまり利賀達《セカンド》の前任だった者達である。
 力を自覚した時から俺達には解っていたことだが、我らが神の閉鎖空間を消滅させる為に動ける能力者は世界中で五人だけと決まっている。しかしあんなに危険な仕事だから、いつかは疲弊して人数が欠けてしまうという事態も起こり得るのだ。だからその時はまた新たな超能力者が生まれて俺達の仲間に加わる。それが今を維持するためのシステムとしてこの世界に組み込まれていた。
 最初に力を与えられたから、俺と他の四人は《ファースト》だった。しかし今は俺を除いた四人が《セカンド》と呼ばれている。この意味は・・・もうお解かりだろうか。
 そう。世代交代が起こったのだ。五人の《ファースト》中すでに四人が倒れたという事実を、《セカンド》はその身でもって表現しているのである。
 俺達《ファースト》は、自分で言うのも何だが、それはそれは強い絆で結ばれていた。なにせ世界でたった五人の集まりだったから、組織に与えられた名前なんかじゃ満足できずにあだ名で呼びあうのだって当然のように行なっていたし、いつも互いを気に掛けて、そこらへんの家族よりずっと強い関係を保っていたんだ。それはもう、異常なくらいに。
 俺は彼らが大切だったし、彼らも俺を大切に想ってくれていた。「大切」なんて言葉じゃ言い表せないくらいに互いを想い合っていた。
 だから神人退治の中で彼らを失っていったという事実は俺のトラウマになった。
 あだ名で呼び合うこともそうだ。自分達が考えた名で呼び合うという行為に、失った者達を思い出す。人の形が判らないくらい潰されたあの人、内蔵をやられて血を吐いて逝ってしまったアイツ、俺のことばかり心配して俺より先に消えた彼女、「痛い」とひたすら泣いていたあの子。その姿を鮮明に思い出してしまう。そして彼らに何もしてやれなかった己を、後悔を、悔恨を、憤怒を、絶望を。
 繋がりが強すぎた為に、失った時の辛さは想像を絶するものだ。四人分のそれが今も俺の中で消えることなく沈殿し、筆舌しがたい思いをこの胸に齎し続けている。
 そして普段は生活を送る為になるべく封じ込めようとしているその感情を簡単に溢れ出させてしまうトリガーの一つが、あだ名で呼び合うことだった。
 決してあの四人のことを忘れたいわけじゃない。でも気にしないようにしなければ俺は壊れてしまうのだ。それこそ神人退治なんてやっていられない。今すぐ己の命を絶って彼らの後を追いたくなってしまう。けれどそれは許されないことであり、もし俺が彼らの後を追うようなことがあれば、俺の代わりの《セカンド》が生まれてしまうのだ。
 まだ見ぬ五人目の《セカンド》にこんな思いはさせたくない。俺の勝手な思いだけで。何にも役立つことなく死を選ぶような精神の所為で。"そいつ"は神人や閉鎖空間なんて知らない世界で楽しく過ごしてくれればいい。だから俺は自ら死を選ぶなんていう簡単な逃避はしたくないのだ。
 ただ、やっぱり思い出すのは辛いから。だからあだ名で呼び合うことはしたくなかった。
 それに"今の俺達"が強く結びつき過ぎることで、失った時の悲しみを余計に増大させたくもなかった。
 でもたった一つ、その思いに反したこと。それは俺が「キョン」と呼ばれるのを許容していることだ。
 これは、戒め。
 《ファースト》から《セカンド》に世代が変わっていく過程で、他と比べて独特とも言えた俺のあだ名が強く残ってしまったのも理由かも知れない。けれど俺は俺で、《セカンド》の皆からその名で呼ばれることで、《ファースト》達のことを無意識と意識のギリギリのところで感じられるようにしたかったのだ。今度こそ同胞達を守れるように、自分に出来ることを精一杯やれるように。
 ―――もう誰も死なせない。死なせてたまるか。
 その思いを、いつも胸に抱いていけるように。


「私はキョンが好きだよ。今はまだキョンと比べたら月とスッポンみたいな力の差があるけど、それでもキョンを守りたいって思ってる。みんなもそう。・・・だから、」
 芳養が俺の手を取って微笑む。
「たとえあだ名で呼び合わなくたって、私たちは《ファースト》に負けないくらいキョンのことを想ってるよ。それだけは、知っておいてね。」
 彼女の言葉に頷く三人。
 こんな奴らだから俺は思ってしまうのだろう。己の命を賭してでも彼らを守りたいと。


 その結果が、例え「死」と「改変」だったとしても。








オリキャラはこんな感じで名づけさせて頂きました。
 涼宮ハルヒ→すずみやはるひ→やは→はや→芳養(紅一点)
 長門有希→ながとゆき→がと→とが→利賀(年長者)
 朝比奈みくる→あさひなみくる→さひ→ひさ→比佐(やや軽め)
 古泉一樹→こいずみいつき→いずみ→みずい→水井(神様大嫌い)
水井が古泉から来てるのは一種の皮肉です。
でもって実は神様と同じようにキョンが好き。そしてキョンは気付いていない。

(2007.07.14 up)



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