神 は ノ イ ズ の 夢 を 見 る か
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「ああ、ハルヒ?うん、そう。俺だ。悪いな。ちょっと風邪で今日は行けそうにないんだ。本当にスマン。・・・え?あ、大丈夫だって。伝染すと悪ィから行かないだけで、別に大したもんじゃないんだよ。声だって普通っぽく聞こえるだろ?・・・うん、うん。・・・だろ?あんまり心配してくれるな。・・・・・・・・・・・・・・・あーはいはい、調子に乗ってスミマセン。団長の義務ね、義務。・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、わかってるって。俺が復活したら全員の昼食奢るから。ほら、駅前のあそこの挑戦メニューでも何でも俺が出すからさ。それでいいだろ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・了解です団長殿。・・・うん、じゃあまた。電話ありがとな。」
そう言って、通話を終了させた。 今俺がいるのはベッドの上。しかし自分の家ではない。組織がバックにある某病院の個室だったりする。 そして風邪を引いたわけでもない。さっきのは学校を休んだ俺にハルヒが心配して電話なんか掛けてくるもんだから、とっさについた嘘だ。 けれどまぁ、平然とした顔で学校に行けるような姿でもないけどな。今の俺は。 自分の姿を見下ろして苦笑する。・・・と、アイタタ。笑ったら脇腹の怪我がズキーンときやがった。実はこれ、閉鎖空間でもらってしまった傷なのだ。 神人がビルを壊すだろ?そうすると鉄筋コンクリートなそれらはなかなかに凶悪な殺傷性を持つようになるんだよな、これが。特に神人にぶっ叩かれて落下してみろよ。飛び出た金属製の棒で、ぐっさぁあ!ってことになり得るわけだ。ってなわけで、実際にぐっさぁあ!っとなっちまったのが今の俺。情けないことこの上ない。神人の張り手自体も二度目だし。 さすがに組織も鎮痛剤を与えて学校に行かせるなんてことは出来ず、此処でしばらく療養するように言ってきた。いや「しばらく」って言ったって一日入院なんだけども。俺の異変はハルヒの不機嫌に繋がって、つまりは彼の不満に帰結するからな。だから即日退院じゃないだけマシなんだぜ。 と語り口調で現状把握をしてみても、痛いもんは痛い。もう本当にさっき電話してた俺、良く頑張った!よくぞあそこまで普通の話が出来たもんだと思うね。誰か褒めてくれないか?・・・冗談だ。 それにしても最近の彼は情緒不安定だ。つい先日までの数週間――俺が怪我をして不本意ながら彼に助けてもらっていた期間だな――は結構いい感じだったのに。 けれど俺が彼の世話を必要としなくなった途端にこの様だ。多発とまではいかないが、少ないとも言えない発生頻度。もしや狙ったわけではあるまいな、と少々疑いたくもなる。・・・って、彼が俺の正体を知っていてそれで尚且つわざと閉鎖空間を発生させているとか、そんなことは有り得ねえんだけどな。 何かとタイミングが重なったとか、まあ、そんなところだろう。 ちなみにその何かを推定して上に報告すんのも俺の仕事なのだが、今はそれを考えないようにしたい。とりあえずは怪我のこと、そして明日以降の学校での振る舞い方だ。 今度こそ彼に勘付かれないようにしたい。出来るならば。・・・でもアイツ、機関に所属してるだけあって観察眼は人一倍なんだよなぁ。だからせめて前回のような失態だけはしないように気をつけないと。 あとは今この時に閉鎖空間が発生したりしないように祈るだけだな。 組織に属する能力者は俺を含めて五人。彼とその仲間を合わせた人数よりも少ない。だから大抵の場合、一度閉鎖空間が発生するとほぼ全員で赴くことになる。シフト制なんてやつは有って無いに等しい。そして俺は今こんな状態だから、閉鎖空間が発生してその中で暴れる神人が複数出現したりするともうアウトだ。残りの元気な同胞達が死ぬ気で頑張るか、微力ながら俺も出て行くか、そんな事態になりかねない。 まったく、どちらも遠慮しまくりたいものだね。 けれど悪いことは重なるという先人の言葉がある通り、この現代社会でも悪いことが重なる時は容赦なく重なるものらしい。この場合、誰に向かって中指を突き立ててやればいいんだ? ベッドで暇を持て余した最中、こんな時も勿論電源入れっぱなしの携帯が非常に有り難くない着メロを奏でてくれた。 この着信音は特別に設定しているもので、発信元はただ一つだけ。組織から。正確には俺に司令を下す上司からのものなのだが、別にきっちり言う必要も無いだろう。とにかく厄介事を知らせるのには変わりないのだから。 そして厄介事を知らせてくれるのがもう一つ。三年前からこの身に備わった第六感とも言うべきアレだ。 彼の閉鎖空間の発生を感知した俺は怪我に障らぬよう小さく溜息を吐き出しつつ携帯を手に取る。それにしても組織が管轄する病院内においてさえ連絡手段はメールなのか。 人件費削減?とかしょうもないことを考えつつメールボックスを開いた。表示されるメッセージは予想に違うことなく出動命令。しかもどうやら神人の数が一体ではないらしい。たまたま閉鎖空間の境界近くにいた仲間からの連絡で判明したそうな。 一応拒否権というのも存在するのだが、この状況で出動を拒否するほど俺もヒトデナシじゃないつもりだ。なにせ戦うのは世界に四人しかいない俺の同胞だからな。 ということで俺は即座に着替え始める。流石に病院用の寝間着で外に出るわけにもいかん。 でもって着替え終了後、そこら辺にいる学生と同じようなラフな格好になった俺は続いて鎮痛剤を己の左腕に注射して、通常通り動けるように痛覚を麻痺させる。決められた時間毎に飲むのではなく直接身体中に巡らせるものだから即行で効き目が現れた。 軽く身体を動かしてみるが先刻のような痛みは殆ど無い。どことなく脇腹の辺りがむず痒い気もしないではないが、意識を別の所に集中させていればそれすら気にならなくなるだろう。そんな程度だ。 あとは携帯をズボンのポケットに捻じ込んで出発。まるで見舞い帰りの少年のような風体で、俺は誰に咎められることもなく病院の正面玄関からの脱出に成功した。 そしてタイミングよく現れるのは何処にでも走っていそうな一台の乗用車。しかし運転席に座っているのは俺の良く知る人物で、運転手は俺と目が合うなり小さく会釈した。 「大変ですね、君も。」 「これが仕事ですから。」 後部座席に乗り込みながらそう答える。 振動をなるべく軽減しようと走り出した車に幾許かの感謝の念を感じつつ、目的に着くまでの少しの時間を休息に当てようと俺はゆっくりと目を閉じた。 さて、社会では簡潔に結果から述べるというのが好まれるらしいからな。俺もそれに則って結果から言うとしよう。 負傷したまま閉鎖空間へ赴いた結果、神人の退治には成功したが俺の怪我が悪化した。 まあ当然だな。 戦っている最中は薬と興奮のおかげで気にもしなかったが、再び病院に戻って鎮痛剤が切れた瞬間、言いようも無い激痛に襲われることとなった。傷は開くわ出血するわ、入院期間がもっと延びたって絶対に不思議じゃない、と言うより延ばさないと可笑しいってくらいの状態になっていた。 しかしここで俺の使命とも言うべき役割を考えてみよう。 答えは一つだけ。世界の安定だ。 そしてそれは、俺が次の日も学校を休んだりすると少しばかり怪しくなってしまうものなのである。 もう予想がついた人もいるのではなかろうか。ならばさっさと現状を説明させていただく。 俺は現在、自分の家にいた。当然、神人退治をした日の夜である。病院から持ち帰った荷物の中には着替えの他に前回よりも効果の高い鎮痛剤がいくつか入っているということも明記しておこう。ご丁寧に錠剤だけではなく注射器で直接注入するタイプまである。俺はどこの麻薬常用者だ。あ、最近はわざわざ注射器使ったりしないんだっけ?まあ俺にとってはどうでもいい話なんだけどな。 つまりはこの薬の中から適当に選んで明日登校せよという組織からのお達しだ。俺の怪我の具合の報告を受けてか、この時ばかりは直属の上司も顔出しまでしてみせた。しかし病院のベッドでついさっきまで薬が切れてうんうん唸ってた俺に我らが上司様は最後に何を言ったと思う?―――「我々の存在意義を忘れるな。」この一言だ。 えぇ解ってますよ?だから今回だって閉鎖空間に向かったんじゃないか。・・・いや、上司に当たるのは適切じゃない。それくらいは理解してるんだ。冷徹な仮面には何の色も浮かばなかったけれど、その後ろに控えていた秘書の女性が上司の後ろで組んだ手を見てほんの少し辛そうな顔をしていた。 あの人が言ったことは真実だ。だから俺も二つ返事で追加された荷物を受け取ったのだし。 通学鞄に必要な物を詰め込みつつ――とは言っても教科書類はほぼ全て教室の机やロッカーに入っているのだが――、手にした数種類の薬を眺めやって苦笑を漏らす。 またお世話になりますよ。今回もよろしく。 なんてことを無音で語りかけながら手に持ったそれを鞄のポケット内に忍ばせた。 * * * 翌日。 忌々しいくらい晴れ渡った空の下、これまた忌々しい角度と距離の坂道を延々と登って、俺は一年五組の教室に辿り着いた。 こちらの姿を確認したハルヒがすぐさま反応して星を散りばめたような双眸を向けてくる。おはようハルヒ。今日も元気そうだな。そんでもってその上機嫌を出来るだけ長く保ってくれよ。彼の、ひいては俺の平穏のためだ。 「あら、もう復活しちゃったの?あと一日でもSOS団の活動をサボろうものなら容赦なくペナルティを増やそうと思ってたのに。」 「おいおい、勝手にそんなこと決めんなよ。でもまぁ、次の市内探索の時は約束どおり俺の完全奢りだがな。」 「そうね。絶対忘れちゃだめよ?たとえあんたが待ち合わせ場所に一番乗りだったとしてもこれは揺るがない決定事項なんだから!」 それだけ言ってハルヒは視線を元に戻した。何やら真剣に書き込んでいるのは今後の団の活動内容だろうか。 俺はそんなハルヒの様子を数秒見つめた後、彼女からよろしくない視線または言葉が飛んで来る前にさっさと前を向く。背後のペンが紙を引っ掻く音に変化は無い。よし、セーフだ。 朝のショートホームルーム前にそんなことがあった後、午前午後と順調に授業は進み、俺は風邪から一日で完全復活した学生として平凡に放課後を迎えた。数学の授業で運悪く教師からの指名を受けて非常に頭を悩ませた記憶は既に遥か遠くへ素っ飛んだ後だ。長門の親玉にだって届かないくらい遠い所へな。 それと授業と授業の合間の休憩時間中に聞いた話なんだが、俺が学校に早期復活できたのはハルヒ曰く「あたしがしっかりパワーを送ってあげたからね!当然よ!」ということらしい。あの電話の時、声に乗せてエネルギー注入を行ってくれたそうだ。こいつが言うと完全否定出来ないってのが本当のところだな。まあ、今回は風邪じゃなかったからエネルギー注入は成功だろうが失敗だろうが意味無しだったんだろうけどね。新陳代謝促進と体温上昇で免疫力が上がっても流石に一日二日で怪我を治すには至らんだろう。 で、そんなことをつらつら思い出しつつ俺は今何処で何をやっているのかと言うと、少々不本意ながらもトイレの個室に篭っていた。 決して本来の使用目的のためにここにいるわけではないぞ。そこの所、よろしく頼む。 俺は持ち込んだ鞄を漁って目的の物を取り出す。右手に握られて出てきたのは半透明のプラスチックケース。薄型長方形のそれの蓋を開け、中で動かないよう固定されていた一本の注射器を中指と薬指の間に挟んでおく。次いで同じケース内に入っている小さなアンプルを取り出した。ガラス瓶の中でちゃぷりと透明な液体が揺れる。 もうお解かりだろう。そう、痛み止めを打つ時間だ。 アンプルの蓋に注射器の針を突き刺して中の液体を吸い上げる。適量よりも少しばかり多めに取ってビンを収納し、注射器の針を上に向けて中の薬品を押し出した。無色透明な液体が銀色の管から飛び出し、必要量に達すると同時にそれをストップさせる。空気抜き完了。 短い袖を捲り上げ、ほんの少し息を詰めて左腕の静脈に針を刺し、中身をゆっくりと押し出した。この位置なら袖で隠れて注射の跡に気付かれるなんてことは無いだろう。 用が済めば素早く片付けをし、人の気配が無いことを確認して個室を出る。もちろんトイレから出る時には手を洗うことも忘れずにな。 トイレから出てしばらく歩いた所で偶然にも彼と鉢合わせた。どちらもこれから部室に向かうのだから有り得ないわけでは無いのだが、前回のこともあって内心ビクついてしまったのは致し方なかろう。 どうも一昨日振りです、という微笑を受けると薬で麻痺させているはずの痛覚が鈍い疼きとなって脇腹を走った。 「よう、お前もこれから?」 「ええ、あなたは涼宮さんとご一緒じゃないんですか?」 俺だけで悪かったな。生憎、お前ご所望のハルヒとは別行動だよ。 でもなんつーか、お前って結構解りやすいと言うか、むしろ隠してないと言うか・・・。もうちょっと控えてみようって気にはならんのかね。 「先に行ってるんじゃねえの?俺はさっきトイレに用があったからな。」 「なるほど、それなら涼宮さんがあなたと一緒にいるわけにはいきませんね。彼女も淑女ですから。」 「淑女っつー単語が誤用されてる気がするのは俺の思い違いか?」 「ふふ。そこはあなたご自身の判断にお任せしましょう。・・・さて、我々も行かなければ。」 何が「ふふ。そこは(以下略)」だ。誤魔化しやがって。 俺は数歩先を歩む彼の背中を眺めて小さく溜息をついた。 「どうしました?早く行かないとまた涼宮さんが機嫌を損ねてしまいますよ。」 「あーはいはい。それは是非とも避けたい事態だね・・・。」 閉鎖空間が発生しちまうっての。 「・・・え?心配してくださるんですか?」 「は?お前何言って・・・・・・あ。」 俺、今の声に出してた!? 「ふふ、そんな顔しないでくださいよ。いいじゃないですか、独り言くらい。それに僕を心配してくださっているとすれば、とても嬉しいことですからね。」 口元に指をやって嬉しそうに微笑む観察対象。俺自身が感じ取っている彼の内面もそれに見合うような動きを見せているし、演技ではなさそうだ。つまり安定しているとは言えないが、決してネガティブなものではないということ。それはいい。神人狩りを仕事にする俺にとってはな。 だがしかし! "俺"自身にとってはひっじょーに今の状況を否定したい。第一、俺はこいつのためを思って閉鎖空間云々と言ったんじゃない。俺とその同胞のことを思って言ったまでだ。ハルヒが不機嫌ってのは巡り巡って・・・ではなく一段飛ばすだけで俺達に厄介事を持ち込むのだから。閉鎖空間は閉鎖空間でも古泉製のものを指して言ったまでだし。 それを目の前で喜ぶ男に説明出来ないのが口惜しい。あー、くそっ。 「別にお前を心配して言ったわけじゃない。お前を除く他の超能力者の皆様およびお前らが負けた時に犠牲になる世界を心配しただけだ。」 「へえ、そうだったんですか。」 面白そうに声がやや弾んでいる。からかってやがるな、この野郎。 「ああ、そうだ。お前はいつだってヘラヘラ笑ってるしな、心配する気も起こらん。」 「・・・照れなくてもいいんですよ?」 ・・・・・・・・・・・・あ。今、頭ン中で「ぶちっ」って言った。 誰が照れるって?なあ、何処のどなた様のお陰で今、俺はこうしてこんな厄介な状況になってると思ってんだろうねえ。腹は痛ぇし寝不足だし二人分の感情フォローはせにゃならんし知りたくも無い意識は流れ込んでくるし。 こいつも俺と似たようなことでストレスを感じているのは知っているが、それはこいつ自身が仕組んだことで、いくら自覚がないとしても自業自得だとしか言いようがない。本当に巻き込まれたのは俺の方だ。 なのにこいつはそんな俺に対して言ってくれやがるわけだ? 確かにな、特殊設定持ちでも同じ部活の人間なんだし、こうやって話していると親近感が湧いたり降りかかる厄介事は防いでやりたいと思わなくもない。でもそれは俺の中の無意識に近いところが感じているのであって、こういう場面で勘違いも甚だしい台詞をぽんと投げかけられたりするとなー・・・。 だから、さ。 「古泉、」 やってはならないことだと理解している。 しかし俺は正面に立つニコニコ笑顔の男に向けて冷たく言い放った。 「図に乗るなよ。」 笑顔が固まる。温度が下がる。ノイズが生まれる。 そうだよな。今までこんな声出したことなかったもんな。でも、それはつまり、それだけ今の俺の機嫌が悪いってことだから。ああ、嫌いじゃないよお前のこと。むしろ好きな部類に入っていると言ってもいい。だけど「嫌いじゃない」と「腹が立つ」ってのはまた別の次元だから。好きな奴に対してムカつくことが絶対に無いなんて、それこそ絶対に無い。 ゆえにな、単純に怒らせてもらうぞ。怒鳴りはせんが、笑う余裕もないんでね。 ポケットの携帯が震える。さてさて、今夜は家に帰れるかな? 閉鎖空間から帰ってきたら、きっと本部に直行だろうしな。こんなことをしでかした俺に下る罰はなんだろうね。懲罰房に入れられるだけで済めばいいが・・・。 固まった彼をそのままに、メール開封。内容は一行。すぐに携帯を閉じて元に戻し、ほんの少し高い位置にある双眸を見据えた。 「悪いな、呼び出しだ。つーことで俺は帰る。ハルヒにはよろしく言っといてくれ。」 「え、あのっ!」 「俺だってこんな風に怒りたくなる時もあるんだ。今回はお前の所為なんだから、とりあえずハルヒのことだけはお前が何とかしろよ。」 やっと解凍した彼に取り付く島も与えずそう言い放って踵を返す。 「それじゃ、また明日。」 会えればな。 * * * 三連続勤務である。俺も、俺の同胞達も。いやぁ、よく働くね。しかも三つ目のそれは俺の所為だから申し訳無いとか言えないくらい申し訳無い。「お前も疲れてるんだよ。」って言ってもらえたからまだマシだったものの、たぶんあそこで詰られてたら今頃完璧に潰れただろうな、俺。・・・・・・だってさぁ。 「さて。この責任、どうするつもりかね。古泉一樹のフォローをし損ねるならまだしも、自分から閉鎖空間の発生を促すようなマネをするとは・・・。自覚が足りないようだな。」 お偉い方が勢ぞろいで俺を責めてくださっているのだから。 「全くもってその通りです。本当に申し訳ありません。今後はこのようなことが無いよう、より一層の」 「君に神の監視は向いていなかったということだろうね。やはり別の者を・・・」 「そうですなぁ。」 俺の謝罪を途中でぶった切って大人達が会話を交わす。どうやら今回の不手際で俺を今の任から解こうと考えているらしい。・・・・・・短絡的だな。 俺だって少しくらい解ってるんだけどね。ここで神と称される一人の人間が誰に一番強い影響を受けるのかを。そしてその強い影響を与える人物が誰をどう思っているかを。つまりさ、俺は俺がハルヒにどう思われてるか知ってるんだよ。 だから俺が今の俺というものを少しでも欠くようになればハルヒが黙っちゃいないんだってことも予想出来る。彼女の起こす行動は彼に影響を与えるから、現状維持を唱える上層部の大多数の人間にとって、それは避けたい事態であるはずだ。 なのに、そんなことも解らないのか。本人達は。 「お言葉ですが、」 「彼を今の任務からはずせば、困るのは我々ですよ。」 俺の代わりにそう発言したのは、なんと俺の直属の上司だった。 いつも変わらぬ鉄面皮に判るか判らないかの呆れや怒りを滲ませて、自分勝手に話を進めようとしていた一部の者達に向かって口を開く。 「彼は我々の同志であると共に涼宮ハルヒの鍵でもあります。そして涼宮ハルヒは古泉一樹の鍵・・・。それをご理解していただけているならば、今の彼と誰かを入れ替えることなど考えるだけ無駄です。彼がいなくなるだけで現状は維持するどころかガラリと変わってしまいますからね。」 「しかしそのままでは、いつ何時また閉鎖空間が発生するか・・・。」 「その点はご安心を。彼だって解っているはずです。その代償はすでに負っているのですから。」 「・・・どういうことかね?」 それまで勝手に話を進めてきた上司が、俺に視線を向けた。・・・あー、はい。そういうことね。 上司が俺を見た所為もあって、訝しむ複数の視線がこちらに向けられる。声には出さないが皆こう言いたいのだろう。「その代償とはなんだ?」とね。 俺がこれから説明する代償が今回のことに見合うもの、そして俺が二度と馬鹿な真似をしないでおこうと考えてしまうくらいの物であれば、先程持ち上がった不穏な件はチャラ、加えて現在未定の俺への処罰が無くなったり軽減されたりするんだろう。そういうことならやりますか。 きっちりと黒スーツを纏っていた俺はおもむろにそれを脱ぎだした。当然、辺りはざわめく。動揺しないのは俺の今の状態を知っている者だけだろう。 上着を脱いでシュルリとネクタイを解き、真っ白なシャツのボタンに手をかける。こんな所でストリップとは・・・。人生、何が起こるか解ったもんじゃないね。いや、どうせ脱ぐのは上だけなんだが。プラス、人生で一番大きな出来事は今のところ、この超能力と言って良いのか判らない力を押し付けられたことなんだけど。 「我々に裸を見せてどうするつもりだ。それともまさか、そんなものを見て我々が喜ぶとでも思っているのか?」 はーい、反論一丁入りまーす。 そりゃそうだよな。普通は誰も男の裸なんざ見たくないだろ。俺も見たくない。だからってソッチ系の意味で俺もこんなことやってるわけじゃないんだよ。察しろ! とか思いつつも無言を貫き通していると、やっぱり上司が庇ってくれた。 「ご冗談を。あ、付け加えますと彼には自分の裸体を他人に見せて楽しむ趣味はございません。」 「要点をはっきりと言いたまえ。」 上司に言い返されて一人がキレ気味に告げる。 と、そこで上司が小さく笑った。微笑むと言うよりは、どちらかと言うと冷笑に分類されるものだ。きっと馬鹿だなぁとか思ってるんだろう。 「いえ、言うより見ていただいた方が確実ですから。」 声音だけは相変わらず感情を伺わせないもののまま。 だがそれを補うかのように、上半身を曝した俺に突き刺さる視線がそこに含ませる色を変えた。 「これは―――!」 「・・・っ、」 「酷い・・・」 あ、おいこら。今「酷い」って言った奴、これはお前らの所為でもあるんだからな。そこん所、自覚しとけよ。 っとまあ、俺の身体を見て大多数が息を呑んだ。そして残りは目を背けた。俺も出来ることなら背けたい。でも無理。だって痛いんだよ。本当に。 「これが今回、彼が払った代償です。広範囲・複数個所に及ぶ打撲、神人が破壊した建造物の残骸や破片による裂傷、肋骨の罅と骨折。および前回前々回に負った傷も開き、出血もかなりありました。ただし現在は輸血されており、一応この場に立つことが出来ています。・・・さて、直接現場に出ることの無い我々ですが、今の彼に何か言うことはございますか?」 発言はなし。そりゃそうだ、こんな怪我人見てちゃあな。 見ると聞くとは大違いって言うし、それに俺が死んじまったらおそらくあまり良い事態にはならないだろうってのは既に予想されたことなのだから。 さて。それじゃあ夜も更けてきたところなんで、これから俺はどうすりゃ良いのか聞かせていただきたいね。 「静まれ。会議が続行出来ん。」 声は上座から。 俺から一番遠い所にいる人影が真っ直ぐにこちらを見ていた。 「では君の現状も把握した所で、そろそろ此度の本来の目的を達するとしようか。」 「はい。」 先刻までのざわめきはピタリと収まり、その人物と俺の声だけが会議室に響く。 流石この巨大組織を統括してるだけあって威厳が違うね、会長。 「まず問おう。我々の使命は?」 「現状維持による世界の安定です。」 「そのためにすべきことを、君は理解しているはずだね?」 「はい。」 「では具体的に何をする?」 「閉鎖空間発生時の速やかな対処、およびその発生を未然に防ぐために対象者の精神的安定を維持することです。」 「前半は正解だ。ただ、後半がまだ具体的とは言い難い。自分の言葉で構わないから、もっとはっきり言いたまえ。」 「・・・・・・私が一般的高校生として学生生活を送りつつ、SOS団にて活動すること・・・だと考えます。」 そう告げると、遥か前方の空気が少しやわらかくなったような気がした。 「ああ、その通りだ。ゆえに君が取るべき行動はただ一つ。」 「会長!?それはつまり、今回のことは―――」 あ、今の台詞は俺じゃないぞ。最奥の人物から少し離れた所にいる奴だ。 「黙りたまえ。今は私と彼の会話中だ。邪魔をするな。」 「しかし!」 「黙れと言っている。」 口を挟んだ斜め横の役員を厳しく睨み付け、会長は再び俺を見た。鋭い眼光が幾らか弱められたことに内心ほっと息をつく。人生経験の差かねえ、これって。 「すまないね、話を続けよう。・・・君がやるべきこと。それは、今まで通りあの高校で学生生活を送ることだ。もちろん神人退治もあるが、それは言わずとも解るね?」 「では、私に対する罰則は・・・」 「その傷で十分だと君の上司も言っただろう?君の早期回復のため組織も全力でサポートする。だから君は君でSOS団の一員として彼らを見守りなさい。今後も君の活躍に期待しているよ。」 「・・・はい。」 と、ここで俺の記憶は途絶えた。 何故かって? それは俺がこの返事の後にぶっ倒れたからさ。怪我の所為で熱を出してな。 古泉とキョン。 キョンはノーマル+監視者なので、古泉のことは嫌いじゃないけど好きでもない、と。 (好きか嫌いかの二択なら前者でしょうが。) だから怪我(とストレス)で精神不安定なときにちょっと気に喰わないことを言われるとキレることも。 組織とキョン。 組織内では能力者を単なる道具やそれ以下と捉える一派(だからミスすると厳しく当たる)と、 一番過酷な任務に当たっている同志であると考える一派に別れております。 そしてキョンの直属の上司と組織のトップは後者。 キョンは本人の知らないところで一部の大人達に可愛がられていたり。 また、キョンが負傷しても閉鎖空間へ行くのは、キョンが五人の能力者の中で飛び抜けて優秀だからです。 怪我をしていてもその戦闘力(神人処理能力)は他の四人と同等かそれ以上。(キョンは明言しませんが。) その能力が惜しくて組織の方もキョンを休ませるつもりはないのです。 (キョンの能力値に関しても、もしかすると古泉が望んでしまっているのかも知れない・・・。) |