神 は ノ イ ズ の 夢 を 見 る か
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「どうしたんですかその怪我!」
うるさいな。それはお前の所為だろうが。つーか落ち着け。頼むから。 放課後、文芸部部室にて。女三人は現在、朝比奈みくる撮影会と言うことで不在になっており、昨日に引き続き本日も部室には男二人が残るという状況になっていた。 本来なら朝比奈さんが受ける精神的被害を最小限に抑えるため俺もその撮影会に付き添うはずなのだが、今回ばかりはちょっと無理だった。だからハルヒが持って行こうとする衣装にチェックを入れ、比較的屋外でも大丈夫そうなものだったのでGOサインを出すというものに留まったのだ。 古泉はその時ホームルームでこちらに来るのが遅れており、結局は彼女達に置いてけぼりを食らった形になる。そのことに関して少しばかり心配することも無きにしも非ずだったのだが、俺の口からそれを聞いた後も彼は機嫌を急降下させることが無かったので一安心だ。 さて、暇な男二人で何をするか。そんなものぽんぽん考えつけるほど多くはない。特に俺と古泉の場合はな。だから今日もまた古泉の提案によってボードゲームをすることになった。今回は初っ端からチェスだ。昨日ハルヒ達の帰還によって無しになった勝負をもう一度、と言うことらしい。古泉がそうしたいなら俺はそれで良いけどね。 俺は黒、古泉は白、と前回と同じ色でゲームをスタートする。そう言えばこうして古泉に付き合ううちに俺も随分とボードゲームのルールを覚えたと思う。オセロや野球盤程度ならもともと出来て当然だったが、チェスに将棋、囲碁、モノポリー、アニメにもなったカードゲーム、その他名前もよく分からんもの等々、テレビゲームが主流の一般的高校生男子にしては結構知っている方だろう。だからどうってことも無いのだが。 そんなことをつらつらと考えつつ、しかし昨日のこともあるため一応は古泉との対戦に集中して、俺は駒を動かしていった。自分から色々なゲームを持って来るくせに、古泉は九割九分俺に負ける。めちゃくちゃ弱い。だからある程度外見をなんとかしていれば頭で何を考えていても相手にはバレないし、勝負もいつもと同じ結果になる。昨日のはちょっとしたミスだ。失敗は成功の素だとも言うし、これから更に気を付けていけば良いのである。 そうして余裕をかましているのがいけなかったのか。・・・なんてな。余裕をかますとか、そんなのは関係ない。その時の俺の最大のミスは外見でもなんでもなく、部室に顔を出す前にあることを怠ったことだ。それは、ちょっとしたこと。―――痛み止めの薬を飲むことだった。 昨夜、閉鎖空間が発生した。ハルヒ製のものではなく古泉製のものだ。別れ際はあんなに上機嫌だったのに、日が暮れてしばらく経った頃にそれは突如として発生した。拡大スピードは平均的なものより少々速いくらい。すぐさま携帯にメールで出動要請が入り、俺は家を出て次元断層の狭間へと向かった。少し前に誰かから着信があったみたいだが無視だ。掛け直す余裕も無かった。 駆けつけた先で目にしたのは灰色の世界で破壊の限りを尽くす青白い巨人。ハルヒの閉鎖空間とまるっきり一緒だ・・・って、それは当然のことなんだが。とにかく、お仕事開始である。いつもどおりに。いつもの如く。 油断していたわけではないが、それでもこの三年間続けてきたことだ。そしてまた、彼が北高に転入してきてからは発生回数も減少傾向にあり、動作も鈍くなってきた巨人との戦いである。しかし、それとも「だから」か、俺は情けないことに巨人の一撃を躱し損ねてしまった。青白い巨大な腕に掠って吹き飛ばされ、灯りのないビルに激突、落下。その結果、肋骨が何本かイカレた。 一般人なら入院して学校を休むだろう。しかし生憎、俺は一般人とは言えない立場なんでね、これが。俺が学校を休めば当然ハルヒを始めとする団員やクラスメイト達に怪しまれる。それは却下だ。だからある程度の処置を施した後は鎮痛剤を渡されて学校へ行けと指示されたのはさして驚くべき事ではなかった。 俺はその指示に従って学校へ行き、決められた時間毎に薬を飲んで痛みを意識外に追いやっていた。しかし帰宅も近づいた頃、俺はちょっとした用事で担任に呼ばれて薬を飲むタイミングを逃したのだ。また気を抜いていたことも理由の一つになるだろう。そして俺は痛み止めを摂取するのも忘れて部室に顔を出してしまったわけである。 まだ薬無しで耐えられる痛みなら良かった。だが薬が渡されるんだからそんなことあるはずもない。ゆえに鎮痛剤の効果が切れた途端、俺は持っていた黒のルークを机の下に落としてしまった。部室で、古泉の目の前で。 カタン、と高めの音が聞こえる。正面の古泉が訝しげな顔をして音の発生源を見る。次いで顔を上げてこちらに視線を移す。俺は痛みに顔を顰めており、それがばっちり古泉の瞳に投影される。・・・最悪だ。心中で少し前の己を呪ったがどうしようもない。 ガタン!と次は駒が落ちた時なんか比較にならないほど荒々しい音が立てられた。椅子から立ち上がって目を剥いた古泉が俺に駆け寄る。来るな来るな来るな。流石に至近距離になられちゃ気付かれるだろうが! 制服の下に隠れるのは胸部をグルグル巻きにした包帯である。実はこれサラシなんです馬鹿がそんなものしてくる高校生なんぞ普通は居らんっつーの。ってな訳で包帯イコール怪我に直結。至近距離でようやく俺の状態に気付いた古泉がこちらの静止の声も聞かずにカッターシャツのボタンを外し始め、そうして目の当たりにした光景に古泉らしくなく声を荒げた。ほい、冒頭に戻るっと。 ノイズ発生。カミサマの御機嫌は自由落下に下向きのジェットエンジンを付加した如く落下中。このまま行くと確実に閉鎖空間発生だなこりゃ。 心配半分怒り半分って感じの彼の感情がガンガン響いてくる中、俺はこの状況をどうしようかと頭を悩ませていた。この真っ白な包帯の下には骨のこと以外にもまず目に付くものとして青紫色の打撲痕がある。どんなことをすればこんな風になるんだってくらいのやつがな。しかしそれを目にするまでも無く包帯と痛みに呻く俺を前にすれば相当のものが下に隠れていることは簡単に予想出来て、だからこそ言い訳を考え付くには異常な労力を使わざるを得ないのだ。 さてどうする俺。ハルヒには隠し通せたものの、もう一人のネックである古泉に気付かれてしまった。俺の怪我を知り、いつもの微笑がなりを潜めて代わりに驚きの表情を浮かべ、感情が酷く乱れている。この状況で怪我の理由をどう説明する?そしてどうやって彼の内面を回復させる? 「何があったんです?まさか何かの事件に巻き込まれたとか・・・!」 「そんなんじゃねえよ。ただちょっとな。」 「ちょっとだなんて、こんな状態でよく言えますね。どう見たって重傷じゃないですか。あなた、何か隠してませんか。」 ぎくり、とかそんな擬音が付きそうな態度は絶対に見せたりしねえからな。流石にそんなところまで迂闊になどなっていられない。 感情を乱したまま核心を突いてくる彼に内心は冷や汗ものだが、なんとか外面を取り繕って俺は極めていつもどおり面倒臭げに溜息を一つ零した。 「言っておくが、SOS団の団員以外に変な奴が現れて俺に何かしてきたとか、そうじゃなくてもハルヒの力でとんでもないことが起こったとか、そういうのは思いっきり外れだぞ。ただまぁ何ていうか・・・お恥ずかしながら、って前置きをしたい感じのことだ。」 「はっきり言ってください。一体何があなたの身に降りかかったんですか。」 「降りかかるとか、そんな大げさな・・・・・・。いや、ただアレだ。落ちたんだよ。」 「はい?」 「だから昨日、落ちたんだって。階段から。」 「・・・は?」 古泉が固まった。目が点だ。 珍しい表情を浮かべる彼を見返したまま俺は内心で「よっしゃ!このまま押し切る!」とか考えていた。咄嗟に口から出たでまかせだが、押し切れば何とかなってくれるはずだ。と言うか、何とかなってくれないと困る。 「昨日の八時くらいだったか・・・?二階から降りてくる時に足を滑らせてな。そのまま派手に落ちたんだよ。時間が時間だったから病院でしっかり診てもらうのもアレだったし、とりあえず痛み止めだけって形で薬貰ってたんだ。今はそれ飲むの忘れてたってだけで。ちゃんと後でもう一回病院行くし、別にぎゃあぎゃあ言う程のことじゃねえから・・・。」 心配してくれるな、と告げてシャツのボタンを留める。男に脱がされるなんて非常に不本意だったが、あえて今はその感情に蓋をするとしよう。 「八時・・・?あ、もしかして。」 目が点状態から回復した次は思考タイムか古泉。そんでもって「もしかして」の続きは何だ?更に加えて、落ち着き始めたその精神状態の理由は?もう俺にはさっぱりだね。確かに俺はお前の感情の動きを感じ取れるが、お前の思考までトレースする芸当なんざ到底無理なんだってことがよっく分かった。 「僕、昨日あなたに電話をしたんですが、出ませんでしたよね?」 「あ?ああ。着信履歴には残ってるが・・・すまんな。掛け直さなくて。」 「いえ。いいんです。理由は分かりましたから。・・・そうですか。謝るなら僕の方かもしれません。まさか、あなたがそんなことになっていたなんて思いもよらず。」 古泉はすまなさそうに顔を伏せた。 それはともかく説明べきことが一つあるな。古泉の言う「電話」についてだ。 昨夜、ちょうど俺が定期報告外の報告書をまとめていた時のこと。鞄の中に入れっぱなしだった携帯がCMでもよく流れている人気アーティストの新曲を奏で始めた。着信音からして組織のものではないし、その時俺は机に向かって真っ白な画面を晒すパソコンと戦闘中だったためにそれを無視してしまったのだ。 それが閉鎖空間が発生する少し前のこと。 報告書を仕上げる前に今度は携帯が別のメロディを奏で、その直前に彼の感情の変化を察知していた俺は閉鎖空間へと赴くことになったのだが・・・。 怪我の治療をし、家に帰った後に確認したところ、俺の携帯に着信履歴が残っていた。相手は古泉一樹。閉鎖空間発生の前のあれだ。 これで「電話」のことはご理解いただけただろうか。まあそう言うことである。 そんでもって実はこれって結構マズイ。下手をすると俺が古泉からの電話を無視したことによって彼の機嫌が悪化、閉鎖空間発生ということにされかねないからだ。 いや本当にそうである可能性も無きにしも非ずだとは俺自身思うが、ハルヒならともかく「俺」だぜ?彼にとっての俺がどれだけの意味を持つのか、そんなの言うのも虚しいくらいな程だ。そうだろう?俺に電話を無視されたからってなんで落ち込む必要がある。あと、俺が電話を無視した所為で閉鎖空間が発生して俺がそこで怪我するなんて馬鹿らしいにも程があるだろ?情けないからそれが原因だってのは考えたくないね、正直言って。 「気にすんなって。でも悪かったな、お前の電話に出てやれなくて。それって俺が階段から落ちた後だよな。・・・病院に携帯持って行けば良かったか。」 「いえ、あなたの方こそ気にしないで下さい。僕が勝手に掛けたことですし。それに、用件と言う用件も特に無くて・・・」 用件が無い?・・・ああ、俺と駄弁るつもりだったのかね。こいつは。うむ。なんとも高校生らしくていいじゃないか。暇だったから電話したってな。あなたの声が聞きたかったんですとかそんな展開よりもずっとマシだ。月とすっぽんである。 「んじゃ電話のことはこれでお仕舞いってことで。かまわんな、古泉。」 「ええ。・・・でも怪我の方は、」 「だからそっちも気にするな。大げさに包帯巻いてるだけであまり大したことはないんでね。むしろ心配される方が申し訳なくなってくるくらいだ。・・・あ、だから朝比奈さんには絶対に言うなよ?あの方はきっと指を切っただけでも顔を真っ青にして心配してくださるようなお優しく繊細な方だからな。包帯のことが知られたらどうなることやら。もちろんハルヒも却下だぞ。朝比奈さんとは別の意味で大変なことになる。長門は・・・まぁ気付いてるだろ。それで何も言ってこないのが、俺が大丈夫だって証拠だろうし。と言うことで二人には絶対に言うなよ。約束してくれ。」 「約束、ですか。」 「ああ。約束だ。」 「約束・・・」 おーい古泉さん?そんなに約束約束って繰り返されると、言ったこちらとしても少々羞恥心とやらが顔を出してくるのですが。 まぁいいけどね。何だかんだ言って、荒れていた古泉の内面も落ち着きを取り戻し始めている。閉鎖空間も発生せずに済んだし、俺も良く頑張ったなとか言ってやりたい。むしろ言う。良く頑張ったな、俺。 それからしばらくの間。胸に巻かれた包帯が取れるようになるまで、古泉は何かと俺の世話を焼きたがった。ハルヒ達に俺の異常を知られるわけにはいかないから、もちろんそれは二人だけの時とか、あとは他人から見ても解らないことに関するものだとか、そういった限定的な感じになってしまっていたが。 始めのうちは拒んださ。確かに助かると言っちゃあ助かるが、男に色々世話されたいと思うようなタイプでもないんだよ。俺は。でもその内、俺が渋々古泉の世話になると彼自身がなんとなく喜んでいるらしいことに気付いたんだ。 意外と世話好きなのか?古泉って。 新たな一面を発見したような気になりつつ、とりあえずそう言うことならば古泉の好意を素直に受け入れる他は無いだろう。上層部もそう言ってきていることだし。 と言うことで。古泉との間に約束が生じたその時から数週間、俺は実に平和な日常を経験することが出来た。閉鎖空間の発生も殆どゼロになり、また発生しても負傷中と言うことで神人狩りに参加しなくて良かったからね。 そうして平穏な数週間を満喫し、俺はまたちょっとばかりスリリングな日常へと戻っていった。 神はノイズの〜の裏コンセプト。「古泉はヲトメである」 キョンと指が触れ合っただけできゅんきゅんすれば良い。 電話に出てもらえなかっただけで落ち込んでしまえば良い。 キョンと約束というものにときめいてしまえば良い。 |