穿界門を通り抜け、現世へ。
ここ最近で幾度となく繰り返した動作はもちろん次にどうするかという事すら同じである。
この町に住む彼の少年の霊圧を探り、その場へ向かうかもしくは彼の自室で帰宅を待つか。
たった二択の、片方を選ぶだけ。

「・・・おや?」

しかし何か違和感を覚えて藍染は片眉を上げた。
今の時間帯なら目当ての少年はちょうど下校途中であり、探ればその霊圧もいつも使っている通学路であろう所から感じられる。
一体何に違和感を・・・否、胸騒ぎを覚えているのか。
常ならぬ己の内の様子に、その原因を探ろうと藍染は目を閉じた。
その時。

「・・・ッ!?」

捉えたのは虚の気配。
一護の間近で一体の虚が虚圏から姿を現したのだ。
気づいた藍染は息を呑み、瞬間、走り出す。
今までなら何処で虚が出ようと自分に指令が来ない限り気にもしなかったというのに。
否、「今まで」どころか「これから」も気にする事なんて有り得ない。
だがあのオレンジ色が脳裏をよぎり、藍染は更に速度を上げた。









掛かった時間はほんの僅かだったが、藍染が到着したとき、虚は一護のすぐ目の前に立っていた。
この地区の担当死神はまだ姿を見せていない。
藍染は盛大に舌打ちし、腰の斬魄刀を抜いた。

「消えろ。クズが・・・」

一閃。
虚が気づく間もなくその首を落とし、一護の元へ駆けつける。

「怪我は無いかい?」
「今の・・・何だ。」

腰が抜けてしまったのか、地面に座り込んだまま目を見開いて一護が呟いた。

「魂を喰らう化け物だよ。・・・ホラ、どこか痛むところは?」
「特に・・・無ェ、けど。」

藍染に支えられるようにして立ち上がり、一護はそう告げる。
その声に普段通りの覇気は無い。
幽霊は視えていても今まであの様な化け物、つまり虚に襲われたことなど無かったのだろう。
それもそうだ。
一護の霊圧はおそらくかなりのものだと思われるが、それを封じ込めて外からは感知しにくくなっている。
ゆえに霊圧がごく小さい今の一護など、虚にとっては興味の対象外。
どうせ襲うなら辺りにいる浮遊霊の方がマシというものだ。

・・・と、そこまで思い至って藍染はふと首を傾げた。
それならどうして一護が襲われたのだ?



「あ、藍染隊長!?」

藍染の思考を途切れさせたのは斜め上からの叫び声。
住宅の屋根に乗って一般死神が驚いた顔をしていた。
この地区の担当者か、と遅れてやって来たその死神に視線を向け、笑顔を作る。

「すまないね。君の仕事を取ってしまって。」
「い、いえ!藍染隊長にお手数をおかけしてしまい、俺の方が非礼を詫びねば・・・!」
「はは、そうかい?」

苦笑の内で呟かれる言葉が誰かに聞かれることはない。
この能無しを刀の錆にしてくれようか、など。
それに実際、本当にそうすることは不可能だろう。
現世に駐在する死神を殺してしまっては後が面倒だ。
しかしだからと言ってこのまま野放しにするわけにもいかなかった。
なぜならこの死神は隊長である藍染がこうして指令もなく現世に訪れていることを知ってしまったのだから。


「ところで、よく此処が判ったね。虚は出て来てすぐ倒したから伝令神機を使っても正確な位置までは判らなかっただろうし・・・それに僕の霊圧も完璧に抑えられていたと思うんだけど。」
「あ、それはですね。藍染隊長がお助けになった子供の霊圧がこの辺りで最も高かったので、おそらくそちらに行けば良いだろうと思いまして・・・」
「霊圧が高い・・・?」

担当死神の言い様に藍染は微かに目を細める。
「ええ。」と答えるその彼が嘘をついているようにも見えない。

まさか・・・!?

ハッとして藍染は一護の霊圧に意識を集中した。
するとどうだろうか。
彼の少年が纏う霊圧は藍染と初めて出会った時より格段に大きくなっているではないか。
頻繁に会っているからこそ、その変化に気づけなかった。
何をやっていたんだ私は、と当初の理由を思い出して胸中で毒づく。
そして同時に、藍染は一護の霊圧を抑え込んでいたものが彼自身ではなく第三者による結界であろうという見当までつけた。


「藍染隊長、」
「何かな?」

呼びかけに笑顔で返せば、担当死神の視線は藍染自身ではなくその後ろ、一護の方へ向いていた。

「この少年がどうかしたのかい?」

ドス黒いものが胸を満たしていくのを感じながらもあくまで表情は崩さない。
完璧なそれにただの下っ端が気づけるはずもなく、物珍しそうな視線は一護から外されないままだ。
一護がムッと眉間に皺を寄せると、その担当死神は楽しそうに笑った。

「俺達が視えるなんて・・・珍しい人間ですね。藍染隊長のお知り合いですか?」

その言葉が地雷を踏んだとも知らずに。

「ああ・・・そうだね。」
「藍、染たいちょ・・・?」

温かさなど欠片もない冷たい声が返され、担当死神が藍染へと向き直る。
そして常とは真逆の表情に背筋を凍らせた。
怯えを見せるその死神に向け、藍染は酷く冷めた瞳のままうっそりと嗤う。

「・・・でも、君には関係の無いことだ。忘れたまえ。己の愚かな行為ごと。」
「―――ッア!」

藍染が担当死神の眼前に手の平を突き出した瞬間、相手は短く悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。

「お、おいっ!」

すぐさま一護が駆け寄る。
その様子を冷たく見据え、しかし一護の手が倒れた身に触れる前に藍染はその肩をつかんだ。

「ンだよアンタ!一体何したんだ!?」

止められた一護が藍染を振り返って叫ぶ。
だが、藍染からの回答は目の前に突き出された手の平。

「君も、忘れなさい。」
「―――っ、」

藍染の静かな声が落ち、その腕に一護が倒れ込んだ。
自分よりも随分華奢なその身を抱き留めて藍染は独り言つ。


「忘れてしまいなさい、一護。虚に襲われたことも、私がやったことも、全て・・・」


そしてどうか、嫌わないで。












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