「あれ?アンタまた来たんだ?」

そう言って目を見開いたのは黒い学生服に身を包んだ一人の少年。
部屋の中に入り、後ろ手に扉を閉めて鞄を脇に降ろす。
そんな少年・黒崎一護の姿を見つめながら藍染は薄く笑った。

「お邪魔してるよ。」

藍染が腰掛けているのは一護の部屋の窓枠。
慣れた様子で少年の帰りを迎えたことからもこれが一度や二度ではないことがわかる。
その藍染が一護の顔に視線をやって、ふと目を眇めた。

「・・・その傷は?」

正面を向いた一護の目元に小さな切り傷。 既に血は乾き、ただ赤い線が走っているだけだが。
当の本人である一護は藍染に言われてようやく気づいたかのように「あ、」と声を上げて己の傷口に手をやった。

「いや。ちょっと絡まれたんで相手してきたんだけど・・・相手の奴、ナイフ持ってたんだよな。」

モロに目ぇ狙ってきやがって、とその喧嘩相手を思い出しているのか、一護は眉間の皺を深くする。
一護の顔が傷つけられたためか、それとも彼の琥珀色の双眸が自分に向けられなくなったためか。
理由は不明なまま、しかし不快な何かに胸を占められ、藍染は判らぬ程度に表情を歪めた。

「ったく。どいつもこいつもヒトの髪のことギャアギャア言いやがって。」

藍染の変化には気づかず、一護は独り言つ。
今まで何度も違う誰かに同じ事を言われてきたのだろう。
呟く声には怒りと共にうんざりとした音も含まれていた。



「・・・ちょっと見せてくれるかい?」

フワリと羽織を翻して藍染は一護へと近づく。
そして「ん?」と再び自分へ視線を戻した少年の頬にスッと手を滑らせた。

「ちょ、なんのつもり・・・っい、」

突然のことに一護は慌てるが、触れられた部分に走った鋭い痛みで台詞が途切れる。

「ああ、すまないね・・・・・・これで良い筈。」

藍染は淡く笑みを浮かべて一護と視線を合わせた。
その手は先程と同じ一護の目元に触れているが、その触れられている本人に痛みを伝えることもなく、ただ少し冷たい人肌を感じさせるだけ。
一護が驚きに目を見張り、藍染の手と入れ替わるようにして傷ついていた筈の箇所を探る。

「あ・・・れ?痛くねぇ。・・・治った?」

問いかけているのか独り言ちているのか、本人すら判っていないような台詞を吐き、一護は不思議そうに藍染を見上げた。
その幾らか幼さが増した顔に藍染は「鬼道の一種だよ。」と微笑む。

「キドウ?」
「私のようなある程度力を持った魂魄が使える術・・・といった所かな。大抵は攻撃するために使われるけど、こうして治療に用いることも出来る。」
「へぇ、死人も結構便利なんだな。」
「そうかい?」
「おう。」

真顔で頷く一護。
それが更に藍染の笑みを誘った。

「俺、何か可笑しなこと言った?」
「いや、そうじゃないよ。・・・さぁ、今日はこれでお暇しようかな。」
「やけに急だな。」
「もうすぐ夕飯の時間だろう?」

藍染に言われ、一護が部屋の時計に目をやる。
すると本当にその通りの時間で、「いつの間に・・・」と一護は呟いた。

「それに充分とはいかないが君の顔も見れたし、ね?」
「はぁ!?ンだよそれ・・・!」

からかうな!とうっすら顔を紅潮させる様は藍染を楽しませるだけ。
目の前の男のご機嫌な様子に一護はとうとうそっぽを向いてしまう。

「早く帰れ!腹黒眼鏡っ!」
「そ、それは酷い言い様だな・・・それじゃあ。また来るよ。」

たわい無い子供の雑言に苦笑を誘われながら藍染はそう言って窓枠に手をかけた。
しかし部屋から出て行こうとした瞬間、「あのさっ!」と後ろ向きのまま声を上げた少年にふと動きを止める。

「何だい?」
「えーっと、その・・・」

引き留めたは良いが、一護は口籠もったまま。
彼が何を言いたいのか判らず、藍染は首を傾げた。

「一護?」

名を呼べばピクリと揺れる肩。
そんな小さな動作にも藍染が笑みを零していると、何かを決心したように一護が此方を振り向いた。
ただし、視線は斜め下の床を捉えて。

「・・・一護?」
「あっのさ。怪我、治してくれてありがとな。」

そうぶっきらぼうに告げると一護はあっという間に部屋を出て行ってしまった。
残された藍染は一瞬唖然とした顔をし、やがてゆっくりとその表情を崩す。

「・・・まいったね。」

呟く言葉は苦笑と共に。
霊圧は低いくせに死神である藍染を明確に見ることが出来る子供という、そんな事で興味を覚えただけの人間だったのに、いつの間にかこうも侵されていたとは。
決して不快ではない感情に口端を持ち上げ、藍染は少年が去った扉を見つめた。


「どういたしまして。」


聞く者の居ない声は空中に霧散したが、藍染の顔には満足そうな表情が浮かべられる。

タンッと窓枠を蹴る音。
その後にはもう黒い着物も白い羽織も存在しなかった。












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