もしあの時、あんな事をしなければ。
今も私の隣には君が立っていてくれたのだろうか。





喪失時間





その日、藍染惣右介が現世に降りたのはただの気まぐれだった。
めまぐるしく変化してゆくこの地を感慨深く思う訳でもなく、いずれ己が目的のために利用するだけの舞台を確認するかのように。

藍染が立っていたのは河原。
町の中を流れる、大きくも小さくもない川が目の前に横たわっていた。
夕日が反射して水面が煌めく。
オレンジ色の光が藍染の顔や白い羽織を同色に染め上げて夜の帳が降りるまでの僅かな時間を彩った。



ジャリ。



他者の足音。
けれど、だからと言ってそちらに顔を向けるでもなく、藍染は川面を眺め続ける。
注視するほど大きな霊圧も感じられず、この程度なら佇む藍染の存在に気づかぬまま通り過ぎてしまうだろう、と。



ジャリ。ジャリ。ジャリ。



一歩一歩ゆっくり近づいて来る。
そして、その存在が藍染の視界の端に映った。

「―――っ、」

足音の本人は藍染と同じく水面を眺めていたようで、此方から見えたのはその頭部。
顔は川の方に向いており、容貌を確認するまでには至らない。
しかし捉えたその姿のあまりに鮮やかな色に藍染は小さく息を呑んだ。

黒い学ランとは対称的なその橙。
日本人では決してあり得ない色に染色したものか・・・と思えるようなものではなく、天然だからこその鮮明さが藍染の目を射る。
その少年はしばらくの間、水面を見続け、やがて去る気になったのか振り返り、そして―――・・・
目が、合った。

「アンタ、俺に何か用?」
「・・・え?」
「“え”じゃねーよ。今、目ぇ合ったじゃん。そんなに俺の髪が珍しかった?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「・・・?」

確かにその髪の色には目を惹かれたが、藍染が驚いたのはそう言うことではない。
驚いたのは、この少年が―――。

「視えて、いるのかい?」
「は?」

藍染の問いかけに今度は少年が目を丸くする。
何を言っているのか、という顔をした後、視線を逸らしてしばらく考え込み、やがてもう一度藍染を見たときには些か気まずそうな表情を見せた。

「まさか・・・アンタ、ゆーれい?」
「その類だね。間違いなく。」

その返答に、まるで苦虫を噛み潰したように顔をしかめる少年。
元々寄っていた眉間の皺が更に深まるのを見て藍染は苦笑を漏らす。

「そんなにハッキリ視えるのかい?」
「あ?まぁな。着物とか着てんのは変だと思ったけど人の趣味って言やァそれまでだし。」
「へぇ・・・」

生者と見間違えるほど、この少年には己の姿がよく見えているらしい・・・と、その身に纏う霊圧からは考えられない事実に、藍染は自分がこの少年に興味を持ち始めていることに気づいた。
本能的に霊圧制御を行えているのか、それとも誰かの手によって結界か何かを張られているのか。
今の時点で詳しく探ることは出来ないが、だからこそ少し調べてみたいとも思う。

「まぁ此処で会ったのも何かの縁だろうし、名前を訊いても良いかな?」

ニコリと微笑してそう言う。
しかし少年が浮かべたのは微妙な表情。
やや不機嫌さが加わった茶色い瞳がいったん目蓋の奥に隠されたかと思うと、少年は「あのさ、」と呟き、僅かに目を狭めて藍染を見返した。

「止めろよその顔。見てて気分悪ィ。」
「おや。そんなに嫌な顔だったかい?しかし生まれ持った姿だからこれだけはそう簡単に変えるわけにも・・・」
「ちがうっつの。」

困ったように笑う藍染に対し、少年の双眸は不機嫌さを増して更に狭まる。
逸らすことなく藍染と視線を合わせ、少年はハッキリと告げた。

「アンタ、目が笑ってねえんだよ。そんなんでいくら笑って見せてもナカは全然隠れて無ェだろ。」
「・・・・・・・・・はは、参ったね。」

呟きは愉しそうに。
少年にズバリと指摘されて藍染はその優しげな微笑を消し去る。
代わりに浮かべられたのは先刻とは打って変わって冷酷で不敵な笑み。
柔和さを醸し出すために掛けていた眼鏡を取り払い、前髪を軽く指で払った。

「そうそう気づかれるようなものでも無かったんだが・・・」
「気づくだろ。普通。・・・何、アンタの周りには気づけない奴しか居ねえの?」
「生憎ね。『私』に気づく者は。・・・まぁ“知っている者”なら少しは居るけれど。」
「ふーん・・・」
「何かな?」

本性を晒した自分をしげしげと見つめる少年に、藍染は愉しそうな声音のまま問う。
すると少年は顔を上げて再度藍染と目を合わせ、そして。

「なんか、そっちの方がイイな。しっくりくるし格好良い。」

ニヤリと笑った。



















「では改めて。私は藍染惣右介。君は?」
「俺は黒崎一護、中学二年生。よろしく、藍染さん。」












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