ふつり、と途切れた霊圧。
もう何も感じない。













その扉を開いたのは、実は初めての事だった。

扉はなんの抵抗も無く滑らかに動き、俺は室内へと足を踏み入れる。
彼の…ディ・ロイの部屋から感じられたのはたった一つの霊圧。
ディ・ロイに似てディ・ロイでない物に、俺は強く拳を握り手の平に爪を立てた。



「止めなよ。折角キレイな手ぇしてんのに。」

ボソリと呟く様にかけられた言葉はこの部屋の奥にあるベッドの辺りから。
ゆっくりとそちらに視線をやれば以前にも見かけた姿が一つ。
この霊圧の持ち主であるディ・ロイの似姿がシーツの上に頭だけ乗せて髪の間から片目を覗かせていた。

「アイツは…」
「消えちゃった。真っ白な破片になって…空気に、溶けて…」

目を閉じたのはその時の光景を思い出しているからか。
けれど彼はそのまま静かに俺へと語り掛けてきた。

「綺麗で儚くて、もうどうしようも無かった。」
「…そうか。」
「何も出来なかったんだ。ただ頷くだけで。」
「……それ以外お前に何が出来る。」

頷く以外、お前に何が出来る?だなんて。
…違う。俺が言いたいのは「頷く以外、“俺に”何が出来た?」ということだ。

彼に向ける言葉は俺に向けているもの。
俺も結局は首を縦に振る事しか出来なかったのだから。

「そうだね。」

彼は俺の台詞に小さく笑う。
もしかしたら今の俺の心境に気付いているのかも知れない。

「俺はそれ以外、何も出来なかった。だって俺はあの人が死ぬために作った人形で、それがあの人の願いだから。」
「アイツの願い、か…」
「その言い方…アナタも『お願い』されたんだ?」
―――俺と同じだね。

彼の言葉に俺は小さく肯定を返す。

そう、同じなのだろう。
俺達はアイツに置いていかれた存在で、どれほど望もうと追い掛ける事を許されていないのだ。

「なんで…大切な人を亡くさなくちゃいけないんだよ。もう、あの人に何もしてあげられないなんて。」
「お前はまだやれる事があるだろう?自分が何のために作られたと思っている。」

この世界において『ディ・ロイ』であること。
それがこの人形の唯一の役割であり、そしてアイツの望みだ。
しかし、だからこそ苦しいのだろう。
己の存在意義そのものがアイツとの距離を縮めさせてくれないから。

「…うん。」

今にも消えそうな声で返される。
それが少しアイツの様で、俺は顔を背けた。

「俺はもう行くが…お前はどうする。いつまでも此処に籠もる訳にもいかないだろう。」
「ぁ…ああ、それもそうだね。俺も行くよ。皆の前に顔出さないと。」

そう言って人形はよろよろと立ち上がる。

「あと、俺に出来る事のためにも。」

最後にそう呟いて。








きっと歯車は「此処から」ではなく「最初」から狂っていた。

(2006.07.22up)



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