「昨日、お前にそっくりな奴に会ったぞ。」
「うん。知ってる。俺も近くに居たから。」

ディ・ロイの微かな霊圧を探り、辿り着いた先。
その本人は俺の言葉にニコリと笑って答えた。

「気付かなかったが…」
「気付かれない様にしてたし。」

ふふ、と声は控えめだが、ディ・ロイは悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべる。

大きな力を持っていながらも近くに居た俺にすらその存在を気付かせない、加えていとも簡単にそれを行なえてしまうディ・ロイに空恐ろしいものまで感じてしまった。
今日だって彼が自分から(例えそれが微かなものだったとしても)霊圧を纏っていてくれなければ、今もまだ探し続けていたに違いない。

「ねぇ。あの子、よく出来てたでしょ?」
「近くに居たなら聞いてる筈だろう。」
「まぁそうだけどねー。」

やっぱり直接言われるとまた違うから、と言う彼に望み通りの台詞を告げれば。

「心が込もってない。」

と、反感を買ってしまった。
わざとらしく不機嫌な顔をしてみせるディ・ロイに対し、俺は小さく溜息をつく。

「心を込めるも何も…確かに見た目はよく出来ていたが、俺はあまり好きになれないな。」
「好きになれないって…どうして?」

不機嫌を装っていた顔が幾らか沈んだものに変わった。
作ったものを否定されて怒るならまだしも、彼がこうして不安げな表情をするなんて。
以前も思った事だが、最近のディ・ロイは―――。

「お前らしくないな。そんな顔をするとは。」
「いーじゃん別に。…それより理由は?」
「…どんなに似せてもそれはお前じゃないからだ。そう言えばわかるか?」

例え姿形が同じでも偽物はいらない。
むしろ鏡で写し取ったかの様にそっくりだからこそ好きになるなど出来よう筈もないのだ。

「なんで…」
「…?」
「なんでそんな事言うんだよ。」

俺の言葉にディ・ロイは小さく返す。
その手はきゅっとこちらの上着を掴み、まるで幼い子供のよう。

「ディ・ロイ…」

そう名前を呼べば、ポス、と俺の肩口に頭を預けてきた。

「一体どうし…」
「あの子が否定されたら『オレ』はどうやって残ればいいの?」
「何を、言っている。」

あの似姿に好意が持てない事とディ・ロイが残る・残らないという事にどんな繋がりがあるというのか。
そして、その哀しい声の理由は。

何かとても嫌な予感がして息が詰まる。

「あの子がディ・ロイじゃないなら、オレはもう消えちゃうしかないの…?」
「ディ・ロイ、だからお前は一体何を…」

「消えたくない。」
「…え、」
「消えたくないよ!ウルキオラだって寂しいって言ったじゃん…!」

ドクン、と心臓が脈打った。

“消えたくない”?…ディ・ロイが消える?

思い出すのはあの討伐を命ぜられた日。
任務帰りに感じた危うさと不安。

「お前、まさか…」

そんな筈がない。彼はディ・ロイなんだぞ?

そう思っても導かれた答えは否定出来なかった。
城の最下層であった事、任務で感じたもの、…そして俺が簡単に此処まで辿り着けた理由。
全てがたった一つを肯定しているのだから。

「あの子が…オレの作った人形がいれば『ディ・ロイ』は存在出来るんだよ?『オレ』は生きていけ「違うだろうっ!」

それ以上聞いていられず、気付けば相手の肩を掴んで声を荒げていた。
目の前には驚きに目を見開いたディ・ロイ。
それは俺が“怒って”いるからか。

「例え人形が居てもお前が居ることにはならない。アイツとお前は別物なんだ。だから、」
「同じだよ。」
「…ッ!」
「あの子はディ・ロイだ。もう一人のオレなんだよ。」

ただの人形に自分を重ねてしまったと言うのか。
やりきれなさに俺は唇を噛んだ。

「何故わからない…!?」
「わかってないのはウルキオラじゃないか。」
「ディ・ロイ…」
「わかってよ。あの子はオレなんだって。…ねぇ、あの子が居ればウルキオラも寂しい思いをしなくてすむんだ。」
「俺は…」

そんな事、望んでなんかいない。

けれど、俺とディ・ロイは平行線のまま、いくら言い合ってもそれこそ無意味なのだと。
そう気付いてしまったから、俺は言葉を飲み込むしかなかった。

その時、感じたのは。

「そんな顔しないでよ。」

頬に触れる、冷たい手の感触。
ディ・ロイがこちらの目を覗き込んでいた。

「…そこまで霊圧を抑えられないのか。」

その手の平から殊更しっかりと伝わって来るディ・ロイの霊力。
今までなら希薄過ぎて殆ど捉えられなかったそれを此処に来てこんなにはっきり捉えてしまうなんて。
…残酷すぎやしないか。

「『オレ』はもうすぐ終わるよ。」
「消えないで…くれ。」
「だから消えないって。ウルキオラがあの子を認めてくれるなら。」
「………」

黙っているとディ・ロイは俺から離れ、困った様に苦笑を洩らした。

「オレ、ウルキオラのこと大好きだよ。だから寂しい思いはさせたくない。」
「それなら…」

いっそこの生をお前とともに終わらせても構わないだろうか。
どうせ意味などない命、惜しいとは思わない。
そう思った俺に、しかしディ・ロイはきっぱりと告げた。


「だからウルキオラはあの子と…ディ・ロイと一緒に生きて。」


それが俺の耳にした彼の最後の台詞で、そして望み。








そんな最後を俺は望んでなんかいなかった。

(2006.07.22up)



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