硬質な足音を響かせ、石の廊下を歩む。
所用を済ませた俺は自室に戻ろうと特に急ぐでもなく足を動かしていた。

だがそんな時、ふと覚えのある霊圧に体の向きを変えた。
その霊圧の持ち主とは藍染様の命による虚の討伐から帰って来て以来、殆ど顔を合わせておらず、そのため少し様子が気になっていたのだ。

カツ、カツ、カツ、と音を反響させながら足早に進み、角を曲がる。
あちらはその場から動いていない様で俺一人分の足音しか聞こえない。
そして。



カツ、ン。



「ディ・ロイ?」

小柄な影を認め、歩みを止めた。
目の前に立つのは服の前を肌蹴させ、頭に布を巻いた仮面を着けて髪もあいかわらずバサバサな見慣れた姿。
だが似せてはいるが全くの別物にしか見えず、俺はスッと目を狭めた。

「…お前、ディ・ロイか?」

その一言でピクリと相手の肩が動く。
微かな動作だったが見間違えではない。

「な、」
「な?」

単語にすらならないただの音を繰り返してやれば、一瞬の間を置いてディ・ロイの姿をしたものが彼によく似た笑みを浮かべた。

「何言ってんだよウルキオラは!俺は俺に決まってンじゃん!」

その口調は俺や藍染様の前以外で見せる“破面No.16ディ・ロイ”のもので、それに気付いた途端、俺は何故こんな所にこんなものが居るのか見当がついた。
まぁ間違いなくディ・ロイ本人がコレを作ったのだろう。
自分の身代わりにして楽するつもりか、はたまたこれを使って遊ぶつもりか・・・。

とにかく、それならもうこの場に用はない。

「…ああ。それも、そうだな。」
「ぇ…」
「いや、可笑しな事を言った。忘れてくれ。」

どうせここまで巧く出来ているのだから他の者にとってはディ・ロイ本人と何も代わりないだろう。
わざわざ「俺には違いがわかる」と言ってこの作り物の存在意義を無くす必要はない。

早々に立ち去るためにもそう言って一歩踏み出した。
訳が分かっていないのか、立ちつくす彼の脇を擦り抜ける。

「あっ…」
「なんだ?」
「っ、なんでも。」

なんでもない、と顔を伏せてそう告げるのが精一杯らしく、そのまま黙り込んでしまう。
そんな彼を見、俺は溜息をついた。
すると、また目の前の肩が揺れる。

仕方ない。
フォローにはならないかも知れないが、見破られたか否かで混乱している頭にはっきりと解答をやるか。

「え、あの。」
「わかっている。良く出来ていると伝えておいてくれ。」
「は…」

ディ・ロイ本人に、とは言わずとも理解できている筈だ。

俺の台詞に似姿は信じられないと目を見開いた。
そんな彼を後に残し、今度こそ自室の方へと足を向ける。
まだ離れた所にある、しかし着実に近づいてくる“ディ・ロイの想い人”の霊圧を感じながら。


「大変だな。あの人形も。」


その独り言は誰の耳にも届かない。








そして思いもよらぬ事態が着実に近づいてきていた。

(2006.07.22up)



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