「ゲホッ…ガ、っう…」



ばしゃり。



断続的に零れ落ちる紅、赤、アカ。

床も服も、その細い指も。
全てが同じ色に濡れていく。



「…ゃだ…嘘だ。嘘だ、こんなの。」

触れた血は温かく、俺の手も染めて。

「どうして…どうして貴方がっ!こんなっ…血なんか吐いてるんですか!!」

早く此処を去ろうとしたのはこれの為?
例え希薄であろうとも俺なんかが貴方の気配を感じとれていたのも、違和感の理由も、全ては。
嗚呼、勘違いもいいところだよ。

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!…俺の前から消えないで。消えないで、下さい…っ」
「それを言っちゃ、お前を作った意味が無くなるでしょ。」

ケホッと再度小さな咳をして彼がこちらを向く。
あーあ、見られちゃった・と笑う顔はこちらが寒気を覚えるくらい清々しく、自分の運命とやらを悟った静謐な瞳に震えが走った。

「俺、を…作った意、味?」
「そう。お前を作った意味。」

血に濡れた手で彼は俺の頭をくしゃりと撫でる。
安心させようとしてくれているのかもしれない。
でも俺の目からは熱い液体が止まらなくて、歯の根はちっとも合わなかった。

「解ってると思うけど…オレ、もう長くないの。」
「ど…して、」

貴方はこんなにも完璧なのに。
そんな貴方が何故。

「破面になってからかな…。元々持ってた力に体が耐えきれなくなってるんだよ。どんなに強固な鋼皮を持ってたって、内からの力じゃどうしようもない。」
「嘘…」
「本当。お前やその前の奴を作り始めたのは何もかも調べ尽くしてもうどうしようもないって事が解った後だったし。…だから消えてしまうオレの…ディ・ロイの代わりとして、『俺』を。」
「…ッ」

嫌だ。
そう叫べたらどんなに楽だたっただろうか。
そんな“代わり”なんて嫌だ。貴方が消えるなんて。
…そう、泣いて縋っていられたなら。

でも、実際は。

「役立たずと言われようと廃棄されようと『代わり』なんて嫌なのに…そんな事、貴方の目を見て言える訳がない。」
「…困らせちゃってゴメンね。」

死期が近い故の穏やかさ。
耐えきれない体から漏れだす微弱な霊圧。
くしゃくしゃと頭を撫でる手。

俺に訪れた絶望と恐怖は残酷過ぎるほど優しかった。



















彼は眠る。
静かに、静かに。

俺に全てを話したあの日から幾日も経たない内に彼は殆どこの部屋から出られなくなっていた。
理由はその身から洩れだす霊圧の所為。
己の霊力に中から侵され、体は傷つき病んでいく。
弱った体はさらに力を抑えきれなくなり…結果、悪循環。
もうただの“カス”が纏っていて良い様なものでもなく、本来は俺の存在を隠すために設えられた筈のこの部屋に身を隠さなければならなかった。

洩れだす霊圧は近くにいる俺へと容赦なく襲い掛かる。
彼の傍にいるだけでこの身には裂傷が走った。
…でも、それももう終わり。
目の前で徐々に小さくなっていく力の嵐は俺に、そして本人に、この時間の終わりを示していた。

うっすらと開かれたその瞳。
最後に映れたことを、今は光栄に思おう。

「後はよろしくね。」
「はい。」
「イールとかウルキオラとか、結構寂しやがり屋だったりするし。ただ傍にいてくれるだけで良いから。」
「はい。」
「……それじゃあ、」
「ッ、ディ・ロ「ストップ。」

名を。
この人の名を呼ぼうとして彼自身に止められる。
微笑が刻まれた穏やかな顔と声に。

「名前を呼ばせて下さい。貴方の名前を。」

一度も呼べなかったその名を。
どうか、と懇願するが、頭は横に振られた。

「どうして、」
「それはお前の名前だから。」
「ッ、違う!これは貴方の…」
「お前はオレだよ。そのために作った。…これからは、お前がディ・ロイ。」

ね?と笑う彼。
気が付けば、俺は只々その言葉に頷いていた。

「バイバイ、ディ・ロイ。」

その声を最後に、冷たい骸を抱き締めながら。








狂ってしまう。

(2006.07.17up)



<<  >>