俺があの暗い部屋に戻ってしばらく後、扉が開き、彼が帰ってきた。
前を閉める事のない上着の所為でその首筋や鎖骨の辺りにはっきりと紅い鬱血が見て取れる。
隠すこともないその様子にツキリと胸に走った痛みは何なのか。

所詮、俺も失敗作なの?

怪我をした訳ではないのに痛む胸を抱えた、作り主の意に沿えぬ――ディ・ロイになれぬ――出来損ない。
ねぇ、俺は此処に居て良いの…?

熱のない声が頭の中でリフレインする。



「ただいま。」
「…ぁ、はい!」
「あははっ!はいって何だよ、はいって。ここは“お帰り”でしょ。」

かけられた声は楽しそうな、機嫌の良いもの。
戻れと言われた時とは正反対な声色に俺が覚えたのはやはり安堵だった。

「えっと、その…お帰りなさい。」
「うん、ただいま。」

この声だけで存在を許されたような気がするのは何故だろう。

ニコリと微笑んで歩いて来る彼を俺は気構える事なく見つめる。
三歩ほど間を空けて足が止まり、次いで立ち上がるよう促された。

「こっち。」

手を引かれ、彼が先導するままそれに従う。

「まだあの事は教えてなかったよね。」
「あの事…?」

言っている事がわからず、返したのは疑問の言葉。
けれど、何の事だ?と思考を巡らす内に一つの事に思い至った。
まさか…。

「あ、わかった?」

一瞬立ち止まって彼の腕をくい、と引いてしまったのが原因か。
俺の異常に気付いてこちらを振り返ったのは薄い微笑。

「必要な事でしょ?」

髪に手が差し込まれ、優しく梳かれ。
唇をなぞる指は羽根のように軽くて。
触れ合うほど近くから吐き出された吐息はこんなにも甘いのに。


「だってオレが欲しいのは完璧なディ・ロイなんだから。」


シーツに突き落とされながら、この先誰かと肌を合わせるためにこうする事を何故かひどく嫌悪した。
…それが俺の存在意義だと言うのに。
(求められているのは“完璧”なディ・ロイなんだから。)











「…ぃ、やぁ!あぁっ」
「おぉそっくり。」

途切れること無く刺激を与え続けながら、彼はそう言って小さく笑う。
こちらが快楽にいっぱいいっぱいだと言う事に気付かぬ筈がないのに。
頭の芯がぼうっとして思考もままならない。
けれど触れられた所から肌が熱を持ち始め、またその度に体は大袈裟なまでにビクリと跳ねた。

「ふ、…ぅ…っ」

漏れ出る悲鳴を殺そうときつく唇を噛む。
それも、血の味がするまで。
でも。

「ひ、うぅっ!」
「唇噛むのは良いケド噛み切っちゃ駄目だよ。」

痛いでしょ?と囁く声は胸元からで、視線を向ければ彼がこれ見よがしにパクリと赤く腫れたそこに吸い付いた。

「んぅ…!」
「だからあんまり力一杯なのは駄目だって。」

舌の上で転がして、気紛れに甘噛みも施して。
ようやく顔を上げてくれたと思ったらクスリと笑って呟く。

「あっ…ん、」
「そう。イイ子。」
「んゃ、や…ああ!」

言われた通り唇を噛む力を弱めれば、案の定再び漏れだす嬌声。
それに拍車をかけるかの様に、白濁を零す俺自身を強く擦られた。

「ぁぁあああっ!」

一気に熱が放出されてどっと力が抜ける。

「うん。イク時のタイミングもそんな感じ。」

手についた液を舐め取り、満足そうに囁く彼。
荒く息をつく中で耳にしたその台詞にひどく羞恥心を煽られ、同時に泣きたくなる程の痛みも覚えた。

「じゃあ次は…」

でも彼は俺とは対照的に息も乱さず、その濡れた手で俺の頬を撫でる。
そして親指で唇を辿り、そのまま歯列を割って口腔内に差し入れた。
緩慢な動きで舌に愛撫を施し、彼は告げる。

「あんまりその機会も無いけど…オレの、咥えてみて。」









「ふぁ…ん、ぅ」
「そのまま…そう、うん。舌、もう少し絡ませて。」

ぴちゃり、と言われるまま彼のものに舌を這わす。
口内に青臭い苦みが広がる頃にはすでに顎が疲れ重くなり始めていて、口端からはだらしなく涎が零れてしまっていた。
それでも終了が告げられるまで止める訳にはいかない。

更にしばらく続けているとそれまでゆったりと髪を梳いていた手が頭を固定する様に髪を鷲掴んだ。

「飲んで。」
「ぅ…んぐ、がっゲホッ…ゲホッゴホッ」

言われた言葉を理解した直後、喉の奥にまで熱いほとばしりを受けた。
決して良いとは言えないニオイと味のそれとむせた辛さで目に涙が浮かんで来る。
見上げれば、「よくできました」と見下ろす隻眼とぶつかって。
そして口端から伝う飲みきれなかった白濁を指ですっと拭われる。

「次は本番かな。」
「ひゃ!」

首筋を撫でられ、思わず声があがった。
怯んだ瞬間、再びベッドの上に仰向けで押し倒され、彼が覆いかぶさって来る。

「濡らして。」

唇に触れるか否かの所で指をちらつかせて彼は囁いた。
俺がそれに逆らう筈も無く、そろそろと指を口内に迎え入れれば、今度はその三本の指で中をくちゅりと愛撫される。

「イールの指は長いからちょっと嘔吐くかもね。」
「ふ、ぅ…」

この行為の相手に誰を想定しているのか。
考えなくても分かる事だが、そうやって現実を突き付けられるのは思ったよりキツかった。
また目が潤みだしたのは生理的なものに違いないけれど。

唾液で充分ぬめりを帯びた頃、指がさっと引き抜かれて視界から消えた。

「っ…」

そして下肢に異物感。
痛みは言う程でもない。
きっとそういう風に作られているのだろう。

なるべく楽でいようと、指の侵入に合わせて息を吐く。
感じるのは未だ異物感と、あとは僅かな痛みのみ。
けれどそう思っていた矢先―――。

「っああ!」

全身を突き抜けた快楽に体が跳ねた。

「ぃ…ひ、あ…っんん」

快楽を生み出す一点を攻められる度、我慢出来ずに声が漏れる。
涙を湛えた目で彼を見ればうっすらとだけ笑みを浮かべて、俺に見せ付ける様にナカを犯す方とは反対の手で立ち上がっている俺自身に触れた。

「く、あ…っ」
「いやらしい子。」
「ふっ…」

くちゅくちゅと水音を立てて擦り上げられ直接的な刺激に思考は霧散する。
ただ囁く声だけが脳に届き、俺の羞恥を煽った。

「そろそろかな。」

呟きと同時、ずるりと指が引き抜かれる。
喪失感に襲われる間もなく代わりに押しつけられたのは。

「…!」

分かっていても腰を引いてしまう。
すると逃げない様に腰を捕まれ、指なんか比べものにならない圧倒的な熱の塊がズブリと侵入を開始した。

「はっ…ふぁ、あ」
「…っ」

ぐちぐちと嫌に水音が響いて耳からも犯される。
内蔵を押し上げる様な圧迫感に別の感覚が走ったのはその時だった。

「あああっ!」

ある一点、先刻、指で引っ掛かれたのと同じ場所を今度はもっと大きな質量で刺激された。
背が反り、頭の中で光が散る。
きゅっと彼を締め付けてしまい、その形がはっきりと分かって快楽と羞恥がさらにごちゃまぜになった。

「ココがお前の一番感じるトコロだからね。これから頭ン中もっと真っ白にしてあげる。」

耳元で囁かれ、その吐息すら快楽に直結する。
それから本格的に始まった律動に俺は成すすべもなく喘ぎ続けた。








止めて。でも止めないで。貴方とのつながりを。

(2006.07.17up)



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