ウルキオラが去ってしばらく後、俺は気を取り直して再び歩きだした。
立ち止まっていても仕様がないし、見ていた筈の彼からは終了の合図も何も無いから。
また廊下には一人分の足音しか響かなくなる。

…彼は、俺の雛形は何の為に俺を作ったのだろう。
自分そっくりの人形を一体何の為に。
俺の存在意義は彼に望まれているからだ。
でもその彼が俺を望む理由は…。

俺が彼について知ってる事は多い様で、ちっともそんなこと無い。
教えられたのはディ・ロイであってディ・ロイでないもの。
素顔を覆い隠す分厚い仮面でしかないのだ。

彼は言った。俺は「身代わり」だと。
けれどこんな偽りしか知らない偽りの存在を作ったって、そこにどんな意味があるというのか。
…もしかして彼が望んでいるのは、作ろうとしているのは、その「偽物」の方なのか。


カツン、と足が止まる。


「何をする気なんだ。貴方は。」

口の中で小さく呟き、両脇に垂らした拳を握る。
なんだか凄く嫌な予感がした。





「こんな所で何をつっ立ってるんだ。」

かけられた声にはっとしてそちらを向く。
考え事をしていたためか気配を捉え切れていなかった。
そのことに内心舌打ち。
けれどもそれをおくびにも出さず俺は前に立つ者の容姿を改めて視界に収め…絶句した。

「カス?どうかしたか。」
「ん、何が?」

顔と声は取り繕えた筈。
なにせ二回目だし、それにこの人物は彼から特に気に掛けなければならない存在だと教えられていたから。

癖の無い美しい長髪、カスという独特な呼び方。
彼こそ己の持ち主が唯一心を傾ける存在、イールフォルト・グランツ。

「イールこそどうしたんだよ。こんな所で。」
「俺がどこに居ようと俺の勝手だろう。」
「確かにそうだけと…」

わざわざこんな人気の無い所まで来なくても良いのに。

もう既に一人会ってしまっているけど、一応中心から離れている所を選んで歩いている筈だった。
それでも出くわしてしまうとは余程の運(幸運か悪運かは言わないでおく)だろう。
まさか、霊圧を辿って捜しにきたわけでもあるまいに。

とにかくイールフォルトの考えがどうであれ、違いに気付かれる前に此処から離れるのに越したことはないだろう。
そう思い、俺は踵を返した。

「んじゃ、俺はあっちに行くから。」

またね、と軽く笑ってこの場から去る。
しかし。

「待て。」
「ぇ、…いっ!」

声がかけられたのと肩を掴まれたのは同時。
そして直後、俺は勢い良く壁に叩きつけられた。

なんだコイツ。こんな、いきなり…。

ゴホッとかケホッとか、壁に押さえ付けられたまま咳を繰り返す。
作られた俺が言うのも何だけど、この「カス」の体はこういう衝撃に対してそんなに強くできていない。
俺の作り主もずっとそのように振る舞って来た、と。
それなのに、どうしてコイツはこんなに乱暴なんだ!
繊細な見た目に反してひどく粗野。
俺、絶対コイツの事好きになれないよ。

そう思ってる間にもイールフォルトは俺を壁に押さえ付けた状態でこちらの顔を覗き込んでくる。
秀麗な造形はいくらか歪められ、いかにも「不機嫌です」といったところ。

なんだ?俺、何か気に障る様な事言った?

もしこれが作り主であるあの人が大切にしている存在でなければ、かなりの確率でぶっ飛ばしているんじゃないだろうか。
体の強度もそれ程無く、いくら他から「カス」と呼称されていてもそれくらいの力は付加されているのだし。

…と、頭ではそんな事を考えていたりする訳だけど、それでも表面上はしっかりとディ・ロイを演じる。
痛い、と顔をしかめ、俺はこの身を押さえ付ける繊手に手を重ねた。

「イール、痛いよ。離して。」

ごめん、俺が悪かったから。と、とりあえず謝罪の言葉も忘れずに。
するとイールフォルトは押さえ付けていた力を緩め、俺の顔に手を添えた。

「イール?どうし…ぅん!?」

この時の俺の混乱具合をどう表現すべきか。

眼前に迫ったイールフォルトの顔。
唇に触れる、熱を持った何か。
そして何より口腔内を無遠慮に這い回る、この…。

「っ…ん、ぁ」

聞いてない。聞いてないよ、こんなこと。
あの人がコイツを想ってるだけじゃなかったの?
ねぇ、コイツもあの人のことを…?

予想もしていなかった出来事にただ混乱する。
深い口付けで脳に酸素が回らない。

「…、はっ…ぁ」
「…っ、」

口付けから解放され大きく息をつく。
しつこく続いていたそれに呼吸は当然荒くなり、目には涙まで浮かぶ始末。
ずるずると壁に沿ってしゃがみ込みそうなのを目の前の男に縋る事でなんとか抑えている程度だ。

「いっ…きなり、何す…」

まだ呼吸は整わないけど、そう言って下から睨み上げる。
しかしその程度で相手が怯んでくれる筈もなく、目の前の男は口端を上げて嘲笑った。

「何って…いつもの事だろう?」
「は…?」

それは先刻の暴挙を言ってるのか、それともこの口付けを言ってるのか。
…まぁどちらにせよ、俺はその台詞を聞いて呟いてしまった。

「ンだよ…」

そう、この男の目の前で。
イールフォルトの片眉がピクリと上がる。

「今日はやけに反抗的だな。」
「…っ!」

しまった。

そう思ったがもう遅い。
全身に緊張が走り、体が硬直する。
ただ口をぱくぱくさせる事しか出来なくて、あぁもう本当に…。


「今日は酷くされるのがお望みか?」


え?怪しまれている訳じゃない…?
そう思うが、ある意味この状況は気付かれる事よりもヤバいと悟った。
でもそうやって気付くのさえ、もう遅い。

「ちょ…!」

両腕を後ろで一まとめにして腰を抱き寄せられる。
そして首筋に長い髪が落ちてきて―――。

「や…っ!」






「はいストップ。」



ガクンッ



「わっ」

あの人の声が聞こえた瞬間、突如として目の前の男の力が抜けた。
もたれかかってくるイールフォルトの重みをなんとか受けとめて、肩ぐちから見えたそこには。

「…っ!」
「ご苦労さま。今日はもういいよ。」

ニコリと微笑むその人。
俺のオリジナルにして創造主、本物のディ・ロイが立っていた。
彼は唖然とする俺から先程彼自身が気絶させたイールフォルトを引き取ると、来た道を指差して言い放つ。

「ここから先はまだ出来ないでしょ?オレが相手しとくからお前は部屋に戻って。」
「あの、俺…」
「戻れって言ったのが聞こえなかった?」

温度の無い声。
霊圧にあてられた訳でもないのに何か圧倒的なものに体が言うことを聞かない。

「もう一度言うよ。…戻れ。」
「…はい。」

声が俺の体を動かす。
作り主に一礼し、俺はその場を去った。








嫌いなのは「俺に」じゃなくて「彼に」こんなことをしている奴。

(2006.07.17up)



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