ただ一人、人気の無い廊下を歩く。
カツン、カツンと一歩踏み締める度に足音がこだまし、徐々に緊張感を煽った。



カツ。



「っ！？」

突如として混ざる他者の足音。
緊張が一気に高まる。



カツ、カツ、カツ。



こちらの足だけが止まってただその音を聞く。
近づいて来る微弱な霊圧。
僅かな乱れも無く一定に保たれたそれに意図的に抑えられたものだと知る。



カツ、ン。



「ディ・ロイ？」

俺の姿を認めて歩みが止まった。
現われたのは黒髪翠眼の青年。…ウルキオラだと思う。たぶん。

ウルキオラは黙ったままの俺を見て微かに訝しげな表情をする。

「…お前、ディ・ロイか？」

その一言で全身の血が引いていくような感覚に陥った。
やばい。
何がどうやばいのかきちんと理解しないままだけれど、とにかく頭の中で警鐘が鳴る。

「な、」
「な？」
「何言ってんだよウルキオラは！俺は俺に決まってンじゃん。」

って、何言ってんのは俺の方だよ…！こんなので誤魔化せたら誰も苦労しないって。

頭を抱えたくなるというのはこんな状況に違いない。
どうする。どうすれば。



「…ああ。それも、そうだな。」
「ぇ…」
「いや、可笑しな事を言った。忘れてくれ。」

ウルキオラは一人納得した様に、もしくは何かに気付いた様にそう言うと一歩踏み出した。
そのまま訳が分からずつっ立っていた俺の脇を擦り抜ける。

「あっ…」
「なんだ？」
「っ、なんでも、」

なんでもない。
顔を伏せてそう告げるのが精一杯だった。

ウルキオラは全く表情を変えずに俺を見、そして…溜息をついた。

「え、あの。」
「わかっている。良く出来ていると伝えておいてくれ。」
「は…」

今の正直な心情を言わせてもらうなら「嘘だろ？」だ。
目を見張った俺を今度こそ擦り抜けてウルキオラは廊下の奥に消えて行く。
知ってしまったのではなく、分かっていたからこそ彼は無傷でいられたのだという事に気付かず、俺はしばらく固まっていた。

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気に入らない、とその瞳が言った。

(2006.07.17up)