帝人がここに連れて来られてからちょうど一週間が経った。臨也の素っ気無い態度は相変わらずで、日に三度の食事などはテーブルの上に料理を置いたままどこかへ姿を消す始末(仕事だとは言っていたが)。帝人が目覚めている間は、あの時以来、触れようともしない。
―――そう。帝人が“目覚めている間”は。 (あ、まただ) 深夜。帝人が寝ていると、マンションの主が帰宅する音が聞こえた。玄関扉の開閉音の後、潜められた足音が帝人の眠る部屋に近付き、僅かな逡巡を経て静かに侵入してくる。 これで三度目。 最初の時は帝人も夢現で何が何やら分からなかったが、次になると深夜の静寂の中に臨也の帰宅した音が妙に目立ち――ひょっとすると気を張っていたのかもしれない――、完全に意識を覚醒させた状態で青年の行動に神経を集中させていた。 逃亡を咎められた時の事を思い出すと緊張で心拍数が上昇したが、あれ以降急に態度を変えた臨也の事が気にならない訳ではなかったのだ。 しかしその二度目の夜。臨也は帝人の緊張に反して扉の一歩内側からそれ以上進もうとはしなかった。 暫らく扉の傍から離れず、じっと帝人を見つめていた……のだろうか。判らない。ただ帝人が耐え切れずに身動ぎすると、驚いたような気配がして、臨也の姿は部屋の外へと消えた。 そして本日、また臨也は昨夜と同じ所に立っている。だが帝人が寝たフリを続けていると、幾らもしないうちに、 (近付いて、来た……?) ギシ、とベッドが小さく鳴くと共に、帝人の足元付近が沈んだ。端の方で控えめに腰を下ろした臨也はその位置から帝人を眺めやる。 (本当に何なんだろう) あれほど起きている帝人とは目を合わせず会話も必要最低限だったと言うのに、こんな時だけじっと傍にいるなんて。言いたい事があるならハッキリ言えばいい。それを聞くぐらいの余裕は、まだ帝人にも備わっている。 (いっそここで飛び起きて、何がしたいんですかって訊いた方がいいのかな) 逃げられるか、怒られるか、躱されるか。 (どうなるかなぁ) 「帝人君」 (!?) 突然、臨也に名前を呼ばれた。 起きているのがバレたのかとも思ったのだが、そうではないらしい。語りかけるためではなく独り言を呟くように、臨也はもう一度「帝人君」と口にした。 「身体の方はもう平気なのかい」 (そりゃあ日も経ちましたしね) 「酷い事をした自覚はある。でも俺は君が欲しかった」 (僕が、欲しい?) 「本当に自分でもどうしたのかって思うよ。こんなの初めてでさ。とりあえず誘拐続行中なんだけど」 (その思考回路が解りません) 「なのに君の目を見るのが怖い。もし君に嫌いだって言われたら、俺はたぶん凄くヘコむ」 (臨也さんが僕なんかの言葉で一喜一憂するとは思えないけど) 「君に触れたい。でも君に拒絶されたくない。ほんと、どうしようか?」 (さあ? どうするんですか) 軽く自嘲する声に胸中で返す。 それが臨也に届いた訳でもないだろうが、青年はベッドに座ったまま上半身を動かし、寝ている帝人を覆うように両手をついた。 反射的に身を硬くする帝人だったが――― 「俺のものになって。俺を好きになってよ、帝人君」 (……ッ!!) どくん、と心臓が跳ねた。 「そしたら君は俺を拒絶しないだろう?」 (な、なん、ななな、なに言って……!) どくどくと心臓が煩い。部屋の照明は落としているから顔色が知れる心配は無いだろうが、灯りが点いていればきっと真っ赤に染まっている事が判っただろう。 言いたい事だけ言い、最後に「おやすみ」と扉を閉めて出て行った臨也の行動に、帝人は今すぐ叫び出しそうだった。 (なんで……どうして、僕は、こんな……) 臨也の言葉をただの戯言として流せない。 しかも気持ち悪いだとか我侭すぎるだとか、そうやって怒るならまだしも、帝人にとって臨也の告白は負の感情を抱くどころか決して不快ではなかったのだ。 真夜中、突如与えられた衝撃に帝人は頭を抱える。―――……そして、夜明け前。睡眠の対価として導き出された答えに帝人は唖然とし、けれどもどこか納得したように呟いた。 「……僕、臨也さんの事が好きになってたんだ」 (2010.09.11up) |