「男を咥え込んだままイッた気分はどう?」
「……ッ」
 まだ息が整っていない中、臨也のその台詞が聞こえて帝人は喉を引きつらせた。良いはずないだろうと叫びたかったが、後ろに突っ込まれて吐精したのは目の逸らしようがない事実である。そして今も、
「ぁう……」
 ぐじゅ、と水音を立てて臨也のものが引き抜かれる。ただそれだけの動きで帝人のそこはもどかしい感覚を伝えてきた。
「ハジメテのはずだよね……? それなのに」
 面白がっている、と感じた。
 男相手どころか他人と性交を行うのは全くの初めてで、臨也のセックスが優しいものだったのか酷いものだったのか、それすら帝人には判断がつかない。けれどその声だけで充分だと心の中で呟く。
(折原さんは)
「帝人君って淫乱なのかな」
(酷い人だ)
「ほらここ。俺が欲しいってヒクついてる」
(酷い、人だ)
 そんなに帝人の身体の反応が面白いのか。
 臨也は嬉しそうに、楽しそうに指摘してから、再び己のものを擦り付けてきた。
「……!? いざ、やっ…さ……」
「もっと啼きなよ。そして逃げようとしたお詫びに俺を楽しませて?」
「……!!」
(もう、やだ)
 侵入してくる熱を感じながら、帝人の目尻に涙が浮かぶ。

 ―――帝人が次に目を覚ますと、時計は日付が変わった事を示していた。



□■□



 ずるり、と自分のものを引き抜く。途端、栓が外れたそこからは白い液体がどろりと溢れ出し、シーツに染みを作った。
「あー……切れちゃったか」
 白の中に薄いピンク色を見つけて臨也は独りごちる。
 一回目はそれなりに気を遣っていたように記憶しているが、二回目以降はそれも怪しい。「そう言えば結局何回したんだっけ?」と思う辺り、相当だろう。
 最初は、逃げようとした帝人に怒っていたはずだ。けれど途中からはどうだっただろう? こちらの動きに逐一反応する成長途中の身体に自分は何を思っていた? 何度達したかも覚えていない程この子供を貪ったのは何故?
「みかど、くん……」
 ぐしゃぐしゃになったシーツ。精液が付着し、白く乾いた跡が付いた高校の制服。白い裸身のそこらじゅうに散った毒々しいまでの赤い花。そして泣き腫らした双眸に、縛った痕が付いている細い腕。
「あ……」
 それらを順に目にし、臨也は身体を強張らせた。
 完全に意識を飛ばした帝人はそんな酷い有様で死んだように眠っている。全て、臨也がやった事だ。
「ど、しよ……」
 自覚した途端、鉛でも飲み込んだように胃の辺りがどっと重くなる。心臓の脈打つ速度が急に上がり、こめかみ付近でどくどくと音が聞こえてきそうなほど。喉が渇いて、視線は帝人の泣き顔から離れない。
(こんなに、酷い事、するつもりは……)
 ただ傍にいて欲しかった。臨也が愛していると公言して憚らない人間の中でも、特に近くでずっと見ていたいと思った少年。別に嫌いだとか憎いとか、そういう訳ではなくて。むしろ―――
(大切にする、つもり、だったのに)
 これでは思った事とやった事が全くの逆ではないか。
 手を伸ばし、帝人にそっと触れる。身体を重ねていた時には火傷しそうなくらい熱く感じていたはずなのに、汗に濡れた皮膚は既に冷たくなっていた。
「……ああ、そうだ。風呂で綺麗にしてあげないと」
 ひんやりとした肌に触れていると、温めなければという思いが過ぎり、ついでに中のものを掻き出す必要も感じて、臨也は行為の途中で脱ぎ散らかしていた衣服を手早く身につける。そして帝人の身体を横抱きにし、慎重に浴室へと足を向けた。
 途中で帝人が目を覚ましませんようにと、少年から非難の目が向けられる事を無意識に恐れながら。



□■□



 まるで泥の海に浸かっているようだ。
 意識が覚醒して帝人が一番最初に思ったのはそれだった。とにかく身体が重い。動かない。動かしたくない。このまま眠り続けたい。
 しかし喉の渇きと空腹がそれに勝り、帝人は身体を起き上がらせようと力を込めた。その瞬間、
「い―――ッ!?」
 腰の奥、本来ならば有り得ない所からの鈍痛に、帝人の半開きだった双眸がカッと見開かれる。慌てて蹲り、同年代の少年達より少し小柄な体躯がシーツの中に沈んだ。
 頬に触れるそれは糊の効いた清潔な物で、
「うわ……」
 思わず呻く。
 臨也に組み敷かれたのはこのベッドの上だったはずだ。何度も何度も揺さぶられ、吐き出し、吐き出されて、最後の方はよく覚えていないが散々な状態だったように思う。にも拘わらず、シーツも制服の代わりに宛がわれたらしい大きめのシャツも、帝人の“ナカ”ですら、綺麗な様相を呈していた。それが示す事実に行き当たれば、屈辱と羞恥と、全てが己の意識の無い間に行われた事に対する少しの安堵が頭の中で渦巻いてただ呻くしかできないのだ。
「……さいあく」
 女の子ではないのだから慌てたり落ち込んだり絶望したりするまでには至らないのだけれど。代わりに男なのに望んでもいない女役を強いられた事が情けなく、腹立たしい。もっと自分に力があれば免れ得たかもしれないと思えるだけに、帝人の怒りは内(己)と外(臨也)の両方に向く。
「しかも僕……なんだよ、あの声は」
 行為の最中、自分があられもない声を出していたのを思い出して帝人は口の中でくぐもった呟きを発した。嘘だと思いたいが、残念ながらその辺はそれなりにしっかりと記憶に残ってしまっている。加えて喉の調子は大声を出し続けた後に良く似ており、その記憶が夢の中で捏造された物ではない事も示していた。
 痛みと記憶と、それから空腹も相俟って、酷く情けない。
 腰に衝撃を与えぬようゆっくりと膝を抱える。顔を伏せると同時に目頭が熱くなった。
「……っ」
 カチャリ。
「!?」
 ドアノブの回る音が聞こえ、帝人は顔を上げる。
 視線の先にいたのは―――
「い、ざや……さん」
 行為の最中に直された呼び方が口から零れ落ちる。
 扉を開けた臨也は帝人がまだ眠っていると思っていたらしく、ベッドの上で身を起こしたその姿を見ると一瞬だけ驚いたように目を瞠った。ただし視線はすぐに逸らされ、整った顔に無表情が貼り付けられる。
「起きてたんだ」
「……あ、はい。ついさっき、ですけど」
「声、酷いね」
「……」
「まぁあれだけ啼けばそうなるか」
 全く視線が合わぬまま部屋の出入口で臨也が小さく笑う。ツキリ、と小さな痛みが胸の内に生じ、それに気を取られた帝人は言葉を返すタイミングを失った。
 帝人が沈黙すると臨也は肩を竦め、ベッドに歩み寄る。相手の接近に帝人の肩が震え、それに気付いた臨也が一瞬傷ついたような表情を見せたと思ったのだが、きっと気のせいだろう。
「これ飲む?」
 視線を遮るように、眼前に差し出されたのは500mlのペットボトル。有名なスポーツ飲料の青いラベルが帝人の視界を埋めた。
 前回は臨也の差し出す飲食物を悉く断った帝人だったが、今回はそうもいかない。体調と感情の双方が最低ラインを這う状況の中、自然と手はそのペットボトルに伸びていた。
 相当水分が足りていなかったらしく、一度口を付けるとペットボトルの中身は半分以下にまで減った。ふう、と帝人がひと心地ついていると、ベッドの横に黙って立っていた臨也がやはり視線を合わせぬまま問い掛けてくる。
「朝食って言うには少し早すぎる時間だけど……お腹空いてるだろ」
「……はい」
「何か作ってあげるから、おいで」
「え? あ……はい……」
(怒ってる? でもなんで)
 本来怒りを抱くのはこちらの方だろうに。そう思いつつも生来の気質ゆえか、相手の冷たい声と素っ気無い態度に自分が何かしてしまったのかと心配になってくる。
 だが「おいで」と言われたのだから行くべきだ、と空腹に急かされて、帝人は早々に部屋を出て行こうとする臨也の背中を追った。ただしこの瞬間、帝人は忘れてしまっていた。今、自分の身体がどんな状態であったかを。
「いっ、あ? うわ!!」
 どすん、と。
 痛みだけでなく長時間無理な体勢を強いられた所為で膝に力が入らなくなっていたらしい。
「帝人君! 大丈夫!?」
 音で振り返った臨也がベッドから落ちた帝人を見て慌てて駆け寄ってくる。
 スラリと伸びた長い腕が優しく帝人を抱き起こした。これまでの様子とは正反対の態度に帝人は目を白黒させる。
「え? いざやさん……?」
「!」
 ベッドの上に戻され戸惑いがちに名前を呼ぶと、臨也はハッとなって手を離した。助け起こされた時に一度合ったと思った視線は再び帝人を避け、臨也が纏う雰囲気も拒絶のそれに変わっている。
「いざ―――」
「何か持って来るから、君はそこでじっとしてて」
「……はい」
 帝人の返事を聞くか聞かないかのところで部屋を出る臨也。
 残された帝人は先程と同じようにベッドの上で膝を抱えると、
「なんで、こんなに悲しいんだよ」
 臨也に冷たくされて揺れる己の心を認めまいと、そう掠れた声で吐き捨てた。








(2010.09.10up)



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