清潔な白いシーツが敷かれたベッドの上に一人の少年が寝かされている。鮮やかな青のブレザーは壁に吊ったハンガーに掛けられ、寝苦しくないようネクタイも解かれて同じ所に引っ掛けられていた。
 白に埋もれて眠るその少年の傍らに黒い影が一つ。
 上は黒のデザインTシャツ、下はブラックジーンズという全身真っ黒な出で立ちの青年―――折原臨也は、己の部屋のベッドに腰掛け、帝人の短い黒髪を飽きる事なく何度も何度も梳いては離す。帝人を見つめる瞳は穏やかに緩み、裏で情報を操って人間を観察する姿とはまた別の表情を見せていた。おそらくは、臨也本人でさえ今の己を鏡で見れば目を瞠って驚いただろう。
 自分がどんな表情をしているのか自覚のないまま、臨也は髪を梳いていた手を帝人の頬へ移動させた。インドア派であるためか同世代の少年達よりも白い肌を撫で、親指で健康的な血色の唇をなぞる。臨也の周りに侍る少女達とは違い、特にケアされている訳でもないそこは少しだけカサついていた。
 臨也の口の端がゆるりと持ち上がる。
「本当はまだ手を出すつもりなんて無かったんだけどなぁ……」
 この部屋の外、臨也が借りているマンションの某所にはある代物が隠されている。円筒形のガラス容器に納められたそれは美しい顔をしていて、首から下が無いにも拘らず愛してしまった男がいる程だ。しかしその代物―――妖精デュラハンの首は未だ眠ったままであり、現在の持ち主である臨也は彼女を目覚めさせるために池袋で“戦”を起こそうとしている。
 帝人はそのための駒の一つであり、今はまだ臨也から必要以上に接触を持つつもりなど無かった。しかし。
「欲しくなっちゃったんだよね。見ているだけじゃ足りなくて」
 だからこうして手元に連れて来てしまった。
 自嘲……ではなく、逆に満足そうな笑みを浮かべて帝人の頬をくすぐる。
 暫らくそれを続けていると、
「ん……」
「ああ、起きたかい?」
 うっすらと開かれた黒の双眸が見上げてくるのを確認し、相手が起き上がるのを助けるため手を差し出す。その手に帝人の体温を“捕らえた”臨也は笑みを深めながら楽しげに告げた。
「おはよう、竜ヶ峰帝人君。俺の部屋にようこそ」



□■□



「おはよう、竜ヶ峰帝人君。俺の部屋にようこそ」
 差し出された手を反射的に掴んで助け起こしてもらいながら、聞こえたその声に帝人はパチパチと瞬きを数度繰り返した。
(あれ? 折原さんの声……? そう言えば僕、どうして寝てたんだ? さっきまで折原さんと話してたはずなのに。あ、でもここは折原さんの部屋で……え? あれ?)
 混乱状態の帝人の眼前には眉目秀麗を具現化したような青年が一人。今年の春、池袋に越してきてすぐに知り合った――そしてネット上では甘楽と田中太郎というハンドルネームで随分前から交流を持っていた――折原臨也が笑みを浮かべている。
「大丈夫? 痛い所とか無い?」
「あ……はい。特に、何も……」
「そう。よかった」
 異性だけでなくそのケがない同性でさえ見惚れてしまうような微笑で臨也は嬉しそうに言う。
 どうやら自分は池袋で偶然この青年と出会い、しかしながら申し訳ない事に会話の途中で気を失ってしまったようだ。―――徐々に記憶の混乱を鎮めながら帝人はそう思った。
(それにしても……)
 突然目の前で話し相手に気絶された臨也は機嫌を損ねるどころかこうして気遣ってくれている。すまないと思いながらも同時に嬉しく感じてしまうのも事実だ。
(でも、ここが折原さんの部屋なら、わざわざ池袋から新宿まで移動したって事だよね?)
 何故そんな必要が?
 元池袋の住人で現在は新宿を根城にしている美形の情報屋を見上げながら帝人は内心首を傾げた。
 その直後、臨也は何気ない動作で立ち上がり、相変わらず嬉しそうな表情のまま帝人を見下ろして―――
「うん。本当に何もなくて良かった。……だって君を傷つけるのは俺の本意じゃないからね」
「…………え?」
 一体この青年は何を言っているのだ?
 たった一つの音だけを発し、あとは嫌な予感に支配されて言葉を失った帝人に、臨也は最後通牒を突きつける。嬉しそうに、楽しそうに、無邪気に、彼は告げた。
「帝人君を気絶させてここまで連れて来たのは俺。そして今日から君は俺のモノだ。……ああ、心配しないで。不自由な思いはさせないから」
 ただしこのマンションからは出さないけどね、と。








(2010.09.05up)



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