voice 05
「流石にこの数じゃあ俺もね……」
肩を竦め、折原臨也は周囲の人間―――『ダラーズ』のメンバーを眺めながら言った。 「ここは大人しく退散するとしよう。それじゃあ帝人君、」 臨也はくるりと帝人に背を向ける。 「話の続きはまた今度」 「まっ―――」 静雄との関係を知る臨也の背に思わず帝人の手が伸びた。しかしその手は空しく宙を掻き、加えて臨也から帝人を守ろうと『ダラーズ』のメンバーが身体で視界を遮った事で、帝人は完全に臨也の姿を見失ってしまう。 (どうしよう) また今度と言われたのだから、おそらくあの青年は再び帝人の前に姿を現すのだろう。しかしそれまできちんと黙っていてくれるという可能性は決して100%ではない。 不安に支配される帝人の顔は徐々に青ざめていく。だが帝人の不安の原因を知らぬ『ダラーズ』の者達は「もう大丈夫ですよ」と優しく微笑みかけてきた。 「私達はいつでも、どこにでもいます。今日みたいな事があってもすぐに駆けつけますから」 「……あ、ありがとう、ございます」 「いえ。それでは帝人さん、お気をつけて」 鋭い目つきで臨也を睨み付けていた女子高生は先刻までと全く逆の表情を浮かべて帝人にそう告げると、街の雑踏の中へと姿を消した。他のメンバーも彼女と同じく、最初に臨也の腕を掴んだ青年も、帝人の独り占めは以ての外だと告げた誰かも、皆、街の風景にとけ込んでいく。 『D・R』―――竜ヶ峰帝人のファンである『ダラーズ』はごくごく普通に、どこにでもいる人間達だ。そんな彼らはこうして集まって一つの行動を起こしでもしない限り『ダラーズ』であると判らない。多種多様な人間で構成されているからこその無色性だろう。 臨也が現れる前と全く同じ景色に戻った街の中、帝人は自分達の不思議なファン達の存在にしばらく唖然としていたが、やがてハッと息を呑むと、慌てて当初の目的地へと駆け出す。 向かう先は臨也との会話にも出てきた人物の元――― (とにかく静雄さんに相談しなくちゃ) □■□ 「静雄さん!」 そう言って待ち合わせ場所まで駆けてきた大事な恋人に静雄は頬を緩ませる。だが恋人―――帝人の顔に浮かぶ表情が焦燥であると気付き、何事かと眉根を寄せた。しかもすぐ傍までやって来た帝人からは――― 「……ノミ蟲の臭いがする」 「さっき街で会いました。どうも僕達のライブに来てたみたいで、ファンになったって」 「はあ? あの野郎がまともに歌なんか聞くかよ」 「その辺の事は付き合いのない僕には判りませんけど……」 帝人が声をひそめて告げる。 「折原さん、僕達の関係を知ってました」 「なっ」 「バラされたくなければ折原さんのために歌ってくれって。これって、その」 「ああくそっ! 俺からお前を引き離そうってつもりだろうな。あの野郎、どんだけ俺の幸せを邪魔すれば気が済むんだ」 ギリッと奥歯を噛みしめて静雄は低く唸る。この場に帝人がいなければ容赦なく暴れ出していた事だろう。 殺気立つ静雄の傍らで愛しの恋人もまた難しい表情を浮かべ、「なんとか黙っといてもらえる方法を考えないと」と呟いた。 「ンなモン必要無ェ。俺があいつを殺せば済む話だ」 「し、静雄さん!? 流石に殺人はちょっと……!」 「殺人じゃねえ。害虫駆除だ」 「完全に虫扱い!?」 この場に帝人の親友たる紀田正臣や後輩の黒沼青葉がいれば、臨也をよく知る彼らは静雄の意見に大賛成しただろう。しかし実際には臨也の所業をあまり知らない帝人――知っているのは自分の大事な者達が臨也を嫌っているという事実だけ――しかここにはいない。 元より性悪説よりも性善説派である帝人は静雄の口から飛び出す臨也への扱いの悪さに思わず庇うような気配を漂わせてしまった。そして、その空気を感じ取れぬほど静雄は幼い恋人の事をどうでもいい人間だと思っている訳ではない。 「帝人」 一瞬前までとは真逆の落ち着いた静雄の声。 静雄も決して恋人が自分よりも臨也を優先しているなどとは思っていない。しかし大事な少年からあの男の名前が出るだけでも不快なのにそれ以上となると耐えられないのもまた事実だ。 帝人もそんな静雄の気配を察し、慌てて口を噤む。申し訳なさそうにシュンと八の字に下がった眉が僅かに静雄の心を宥めたが、それで全て収まってくれるほど静雄が帝人を想う気持ちは軽くない。 静雄は帝人の手を取ると人気のない路地裏へと足を向ける。 「静雄さん?」 「ノミ蟲はあとでちゃんと殺しておくから心配すんな。だからまずは―――」 自分がやった事を理解しているが故に強く出られない帝人を振り返り、静雄はサングラスの奥に苛立ちと若干の情欲を湛えて告げた。 「おしおき、な」 * * * 彼らは知らない。 自分達が路地裏に向かった後、その背を見かけたどこかの誰かが小さく呟いた言葉を。 「―――あれって『D・R』の帝人と静雄?」 (2010.12.30up) |