voice 03
「それ、次の曲か?」
「え? あ、はい。今度は青葉君が詩を書いてくれたんですよ」 休日。『D・R』のリーダーである静雄のマンションに遊びに来ていた竜ヶ峰帝人は、煙草を灰皿に押し付けながら帝人が座っているソファの背凭れ越しにこちらの手元を覗き込んで来た部屋の主へそう答えた。「見ます?」と歌詞の書かれたB5用紙をヒラヒラさせれば肯定が返って来たので、そのまま手渡す。 歌詞を受け取った静雄はしばらく黙ってそれを眺めていたが、一通り内容を理解したらしく、チラリと帝人の方に視線を戻した。色の濃いサングラスを掛けている所為でそこに込められた感情は読み取りにくいが、なんとなく“微妙”な顔をしているように思える。 「黒沼が、これを?」 「そうですよー。ちなみに青葉君からのリクエストで、これを歌う時は『やや女王様っぽくお願いします!』だそうです」 「……ああ」 なるほどね、と納得した顔で静雄が続ける。 「にしても、お前が歌うにはちとエロいな」 「あはは、静雄さんもぶっちゃけますねぇ。まあ僕もそう思いましたけど」 歌詞が書かれた紙を静雄から返してもらいながら帝人は苦笑してみせた。改めてそこに視線を落としてフレーズを読み返すと、素の己では歌えないだろうと思う。 「愛しい相手が望むのならば、犬のように縄や鎖に繋がれるのも、子猫のように指や足や唇を使って喜ばせてあげるのも厭わない―――ですもんねぇ。歌詞だけ見ると従順でちょっと艶かしい感じの女性なんですけど、青葉君はそこに上から目線が欲しいみたいです。彼らしいと言えば彼らしいんですけが……、昨日学校で普通に渡された時はどうしようかと思いました」 「そろそろ本気で奴を躾けたらどうだ」 「余計に悪化及び喜ばれそうなんでやめておきます」 即答し、再び苦笑を浮かべる。 「で、ついでなのでお訊きしますよ“リーダー”。一応僕としては次にこれを歌っても構いません。多少は恥ずかしいですけどね。それから正臣と園原さんからも学校でOKを貰ってます。静雄さんはどうですか?」 本当はもう少し吟味してから『D・R』のリーダーである静雄に最終判断を任せるつもりだったのだが、これもついでとばかりに帝人は背後の青年に顔を向けた。 ソファの背凭れに腕を乗せて体重を預ける格好になっていた静雄はその視線を受けて「そうだなぁ」と呟く。 「黒沼が書いたってんなら、ひょっとして曲の方も少しは出来てたりするのか?」 「? ええ。まだまだ作りかけではありましたけど、最初の部分とサビだけはどんな感じか教えてもらいました」 「じゃあ一度歌ってみてくんねえか」 「ええ!? 今ここでですか!?」 「おう。それから決める」 「うう……」 歌を聴くためソファの後ろから正面に移動する静雄の姿を目で追いつつ帝人は呻いた。 だが静雄は聴く気満々だ。それにどうせこの曲が静雄の許可を得たならば、今度は大勢の人間の前で歌うのだし、躊躇っていても仕方ないのかもしれない。 帝人はそう思い直し、すう、と息を吸い込む。瞬間、その場の空気が変わった。 □■□ 歌う事に意識を集中させる帝人の様子を静雄は黙って見つめる。最早静雄の視線の先にいるのは歌詞を恥ずかしがっていた少年ではない。『D・R』の存在意義、ボーカルの竜ヶ峰帝人だ。 「 」 静かな部屋の中に生まれた歌声。 伴奏も何も無いが、聴く者にとってはそれだけで充分だった。 帝人の歌声にとってギターもベースもキーボードもドラムも所詮はただのオプションでしかない。『D・R』が奏でる音楽の中で真に価値があるのは彼の歌だけ。他はその歌声に引き寄せられ、「もっと」と強請るためだけに存在している。 ―――などと静雄が考えているのに気付くはずもなく、歌い終えた帝人は「どうですか?」と大きな目で窺ってくる。 「いいと思う。けどこれで上から目線……黒沼曰く『女王様』か。帝人はそれで歌いきれるか?」 「一度始めちゃえば行けると思います」 「だったら俺もOKだ。黒沼に最後まで作るよう言っておいてくれ。それから園原……いや紀田かな。あいつも曲作りに参加させとけよ。黒沼のストッパー役として」 「了解しました。伝えておきます。…………で、あの。静雄さん」 「ん?」 「この手は何なんでしょう」 恐る恐る問う帝人のすぐ傍には静雄の姿。帝人の歌を聴くために一度彼の正面に移動していたが、会話しながら今の位置に移ったのだ。そして現在、帝人と寄り添うようにソファへと腰を下ろしている静雄の片手が相手の顎を掴む格好になっていた。 「解らねえか?」 「僕、普通に歌ってただけですよね?」 「ああ。鎖で繋ぐだとか喜ばせてあげるだとか、そういう歌詞のやつをな」 「いやいやいや、あれは歌詞であって僕自身の事じゃないですよ!?」 「もしお前本人の事だったら縄でも鎖でも即行で用意してやる」 「し、ししししし静雄さん!!」 「大丈夫だって、やらねーよ。俺はただ、」 静雄は帝人の顎を掴んだまま至近距離で微笑を浮かべる。 「歌ってるお前に欲情しただけだから」 「〜〜〜〜〜ッ!!」 顔を真っ赤にして目を見開く帝人はとても可愛らしい。だがその可愛らしい彼が先程奏でたのは妖艶でどこか傲慢な歌。そのアンバランスさに刺激された静雄は、そのままそっと顔を寄せて帝人に口づけた。 「帝人」 「しず、…………んっ」 もう片方の手で服の上から脇腹を撫で上げれば、それだけで帝人はビクリと身体を震わせる。相手の反応に気をよくして静雄は更に手を動かした。 「しずお、さんっ!」 責めるように帝人が睨みつけてくるが、潤んだ瞳では正反対の効果しか齎さない。 「明日はまた、皆で練習なんですよ!?」 「解ってるって。だからあんま無茶させるつもりねえし」 「……ッ!」 「だから、な?」 吐息と共にそう耳の中へ囁くと、帝人の身体がへにゃりと力を失った。 静雄はくつくつと喉の奥で笑いながら唇が触れ合うような位置で相手の瞳を覗き込む。 「お前、ホント可愛いな」 「男なのに可愛いなんて言われても嬉しくありません……」 帝人がそっぽを向いてそう言うが、すでに肌を染める朱色は顔だけでなく首の下にまで広がっている。 静雄はそんな帝人の腕を取り、己の背中へと回させる。全く抵抗が無いのは了承の印として受け取るに充分なものだろう。 「帝人」 自分より一回り以上小さな身体を傷つけないよう優しくソファーに押し倒し、静雄は見上げてくる視線に微笑を返した。 「今度は俺のために歌ってくれよ」 青葉君はデフォルトでマゾバ君です(大事なので一番最初に言う) 話の中で出て来た歌詞(作中では青葉君作詞の)ですが、「いろは唄」(作詞・作曲:銀サク様 唄:鏡音リン)を参考にさせて頂いております。 某笑顔動画の「カラオケマスター帝人」タグがついているピッチ変更済みソングを聞いて、つい…! 素敵です帝人様!!(頭パーン)ってなりました。みんなも聴くといいよ! (2010.05.03up) |