voice 02






 紀田正臣は別にギターが好きでバンドをやっている訳ではない。
 普通に弦を弾くより、街に繰り出して女の子達に声を掛ける方がよっぽど楽しいと思っている。が、『D・R』というのは特別であり、別格だった。「このメンバーの中で音楽を奏でているのが楽しい」といった、ドラマや漫画のキャラクターのような台詞を吐くつもりはない。正臣がギターを手にする最大にして唯一の理由は、己がギターを弾く事ではなく、そうやって音を生み出す事で“彼”が歌ってくれるからだった。
 “彼”こと『D・R』のボーカル・竜ヶ峰帝人は正臣の幼馴染にして親友。正臣が東京に引越した所為で一度離れ離れになってしまったが、帝人の上京により高校からまた一緒に通えるようになった、大切な大切な友人である。
 帝人の容姿にはこれと言って特筆すべき箇所はない。あるとすれば、やや童顔と言ったところだろうか。口にすると本人に空恐ろしい笑顔と毒舌を向けられるので、声を大にして言わないけれど。
 正臣の親友の凄いところは歌だ。初めてそれを意識した時(カラオケだった)、帝人はまだ声楽も何も学んでいないただの学生であったため、歌い方や音域もごくごく一般的だった。しかし、その声が―――。
 生だろうがCDに録音されたものだろうが、歌を聴いて鳥肌が立ったり血の流れを明確に感じ取ったりした事など今まで一度も無かったというのに。帝人がテレビ画面に流れる字幕に沿ってその喉から音を紡ぐたび、正臣の背筋はぞくぞくと震えたのだ。
 この歌をもっと聴きたい。
 もっと近くで、もっと沢山。
 その願いを叶えるため、正臣はギターを手に取った。
「杏里も俺と同じだろ? あの時の帝人の歌を聴いた仲間なんだし」
「はい。だから私もこうしてベースを手にしました。今更じゃないですか」
 メンバー全員が集まる前、一足早く練習場に到着した紀田正臣と園原杏里は、各々の楽器の調子を確かめながら言葉を交わす。
 一緒にやって来た帝人は少々席を外している。小腹が空いたので近くのコンビニへ買い出しに行ったのだ。
 またキーボード兼ギター担当で、同じ来良学園の一年後輩である黒沼青葉は学校の方で所用があり、遅れてやって来る予定。バンドメンバーの最年長、リーダー(と言うよりは保護者)の平和島静雄はまだ仕事中だ。
「なんかさー」
 ギターを弄る手を止め、正臣は乳白色の天井を見上げる。
「今までちゃんと確認した事なかったし、これからだってするつもりは無ぇけど、あの二人も俺達と同じ理由なんだろうな」
「そうですね。きっと同じだと思います」
 杏里もまた手を止めてそう返した。
「私達も、黒沼君も、平和島さんも。そして『D・R』のファンの皆さんダラーズも。すべては竜ヶ峰君の歌のために、ここにいるんでしょうね」
「そだな……あ、帰って来た」
 正臣が答えたところで、部屋の外からパタパタという足音が聞こえて来た。近付いて来るその気配に二人の顔が自然と緩む。
「ただいまー。園原さん、正臣、色々買って来たけど何がいい?」
 練習室のドアを開けた帝人の第一声で二人は友人に駆け寄っていく。
「おかえりなさい」
「おっかえりー帝人! んで、どれどれー。何を仕入れてきたんだ?」
「えーっと……あ、正臣。園原さんが先だからね」
「わかってるって! レディファースト!! この俺の基本スタンスだからな!」
「ふふ、ありがとうございます」
 二人きりで話していた先刻とは違う、年齢通りの無邪気さで正臣と杏里は帝人に笑いかける。
 自分達は彼の歌が好きだ。でも竜ヶ峰帝人という人間と触れ合っていると、彼本人の事が本当に大好きなのだと感じる。これが同じ帝人の歌に魅了された人間の中でも、ただのファンとバンドメンバーの違いなのかもしれない。
 和気藹々とした雰囲気の中、正臣と杏里はそう思った。








『D・R』のメンバーは帝人くんがいるから集まって音楽をやっている訳で、帝人くんがいない(歌わない)なら集まりもしないし楽器に触れる事もない。と言う話。

(2010.04.29up)



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