フタリノアニ 3
「始解無しならこの程度か。」
幾度か白哉と切り結んだ後、一護は相手にしっかり届く音量でそう口にした。 隠すまでも無くあっさりとした物言いは、つまり「そんな始解もしていない状態で俺を倒せるはずないだろう?」と言うこと。 瞬歩で白哉と渡り合い、それどころか傷一つ負っていない一護は、対峙する青年の白い頬に映える一筋の赤い線を認めてスッと双眸を狭める。 その口元には僅かな弧を描かせて。 「・・・ま。する気も無ェなら、それはそれで構わねぇんだけど。」 どうせこの勝負、それほど長引かせる必要など無いのだから。 逃走中のルキアと恋次のことを思い出し、一護は内心で呟く。 この時間稼ぎ――時間潰しと言うべきか――は、あまり早過ぎても彼ら二人が囮になった意味が無くなってしまうのだが、だからと言って不必要に長引けば藍染達に狙われているであろう二人の危険度が確実に増していくのは考えるまでも無く解ること。 (命の保障は絶対。でも、本当は傷の一つさえ負わせたくない。) 「さて、どうする?」 一護は胸中の思いを相手に気付かせぬまま、飄々とした態度を崩すことなく白哉を見据えた。 「図に乗るな、小僧。」 応えは重く静かな声。 それを発した本人である白哉はチリチリと怒りを覗かせる瞳で一護の姿を捉え、斬魄刀を己の目の前に掲げる。 「貴様程度、始解すら惜しいのだと心得よ。・・・だが今は、その安い挑発、私に向けたことを後悔させてやろう。」 言って、白哉が目を閉じた。 「―――散れ、千本桜。」 その瞬間、斬魄刀・千本桜が溶けるように空中へと消える。 否、消えたのではなく無数の小さな刃となって一護の元へと殺到した。 通常ならばそれに反応することなど不可能なスピードを持つ攻撃。 しかし一護は口元の弧を崩すことなく正面を見据えたまま、一度だけ大きく斬月を振り抜いた。 ッドン!! 衝撃が二人の合間に生まれる。 土煙が巻き上がり、その中を貫くように光が走った。 方向は一護から白哉の方へと。 「・・・避けたか。」 呟きを発したのは一護。 そうでなきゃな、と続けて土煙の向こうを見据える。 「でも左腕一本やられちまうたァ、ちょっと油断し過ぎじゃねーの?」 「・・・・・・今の光は何だ。貴様の斬魄刀の能力か?」 一護の問いには答えず、白哉がスッと琥珀の双眸に視線を合わせた。 しかしその左手には一筋の血が滴っており、一護の問いかけが決してデタラメではないことを示していた。 土煙が晴れ、互いの姿を完全に視認する。 己の問いが無視された事など気にもせず、一護は不敵に笑って白哉の質問に「ああ。」と答えた。 「斬撃の瞬間に俺の霊圧を喰って刃先から超高密度の霊圧を放出することで、斬撃そのものを巨大化して飛ばす。 ・・・名は、月牙天衝。どうせこのまま戦りあっても、月牙がアンタの始解を打ち砕くだけだぜ。」 「・・・天を衝くか・・・・・・大逸れた名だ。隊長格を数人倒しただけで随分いい気になっているようだな。」 「そんなつもりは無ェさ。アンタにはまだ卍解があるってことぐらい、俺だって解ってるからな。」 白哉からの冷たい視線をものともせず、一護は軽く肩を竦める。 「・・・だからサ。俺に負けんのが嫌なら、とっとと卍解でも何でもすればいいじゃねーか。俺は別に、アンタがどうしようと構わねぇんだし。」 「私を愚弄するか。・・・・・・よかろう。ならば私の卍解、その命を代償にして味わうがいい・・・!」 一護の言葉にようやく白哉が明確な感情らしきものを乗せた声で返した。 しかし卍解の体勢に入るその彼を前にして、一護はただ笑うだけ。 『さっさと終わらすんじゃなかったのか?』 (成り行きだよ。成り行き。不可抗力だ。) 『ははっ!少しくらい遊んでもいいと思ってたくせに。』 “コッチ”にいる俺にはお見通しなんだよ、と意地悪く笑う白い彼に、一護は乾いた苦笑で答える。 やはり「内」の者達に隠し事は出来ない。・・・というより、自分でも気付かぬようにしていた考えに気付かされてしまう。 (・・・ま、ここまでやらせちまった責任は取るさ。) 言外に「すぐに終わらせてやる。」と告げて、一護は斬月の柄を握り直した。 その視線の先で斬魄刀を手放した白哉が言葉を紡ぐ。 「―――卍解。」 白哉の背後から迫り出す何本もの長大な刃。 それが一瞬にして弾けた。 「千本桜景厳。」 (来た・・・!) 桜の花弁に似た億単位の刃が一護を襲う。 しかし一護は瞬歩でもってその一撃目を避ける。 次いで、方向転換した刃の群れに合わせてもう一度回避。 移動した先で斬月を振るった。 白い月牙が白哉の元へ向かう。 だが。 「だめか。」 「甘い。」 呟く一護の目の前で、白哉の足元から持ち上がった刃の群れに月牙が防がれた。 白哉は平静を取り戻した声で告げて手掌を掲げ、それによって先刻よりも速さを増した刃で三方向から一護を襲わせようとする。 「アンタこそ甘ェよ。」 その台詞は小さ過ぎておそらく白哉に届くことは無かっただろう。 ただ一護の言葉と共に、一護自身と内の白い相棒だけが小さく笑う。 『・・・こんなモン、』 (卍解する必要も無ェ。) 胸中で呟いたのと同時、一護が今まで見せたことの無い素早さで斬月を振るった。 「・・・ッ!?」 息を呑む白哉。 その視線の先で千本桜の無数の刃達が全て一護の斬魄刀に叩き落されていた。 「莫迦な・・・」 「悪ィな。全部見えてんだよ。」 息一つ乱さず一護は笑う。 「例えこれ以上速くなったって、それは同じ。何なら試して見るか?」 |