この四大瀞霊門の西門・・・通称・白道門の番人であるジダン坊は、その任に就いてから三百年、
一度たりとも門を破られたことがないという強者である。
それゆえに、夜一は元々この面子でジダン坊を倒し白道門を突破するというつもりはなかったはず。 ・・・もし戦うことになっても何とかしたかもしれないが、それだと怪我人が出てくるということが簡単に予想される。 そう考えていた一護は“まぁダメもとで”と言いつつ一人でジダン坊を相手にし、 目的地までの最短距離を進もうとしていたのである。 それに失敗しても夜一の考えた方法がある・と。 ―――ただし、予想外に早く瀞霊壁が降りたことから見ると藍染が何か手を回しているようではあるし、 それによって無事に白道門から瀞霊廷へ侵入できる可能性は極端に低くなってしまったのだが。 オオイナルバンニン 2
ズドォン!!
腹に響くような轟音と共に斧の柄が振り下ろされ、その衝撃が風となって一護の髪と衣を掻き乱した。 「ぐふふふふ・・・」 斧を振り下ろした格好でジダン坊が笑う。 「さぁ!どっがらでもかがって来い!小僧!!」 その巨体に見合う大声が辺りの空気を震わす。 と、少し離れた所から夜一の「コラー!!!」という怒鳴り声が・・・ (・・・チャド?それに井上まで・・・) 近づいてくる二人の気配を背中に感じ、一護が振り向こうとする。 しかしその時、ジダン坊が無言で右手を振り上げた。 そして――― 「ふん!!!」 勢いよく地面に斧を振り下ろす。 岩盤がめくれ上がり、あっという間にそこには壁が作り出されていた。 ジダン坊は即席の壁の向こう側にいる織姫たちに向かって口を開く。 「お前たづ行儀が良ぐねえな。さでは田舎もんだべ?いいが?都会にはルールっでもんがあんだ。 ひどづ、外から帰っだら手え洗う。ふだづ、ゆがに落ぢだもんは食わね。 みっづ、決闘する時は一人ずつ!」 三本の指を己の顔の前で立てて言い、ジダン坊はさらに続ける。 「オラの最初の相手はあのこんぺいとみでえな頭の小僧だ。 それがすむまでお前たづはこごでおどなしくしでろ。 都会でやってぐには都会のルールさ守らねばな。」 言い終わり、ジダン坊は一護の方に視線を向け直した。 視界から外れたチャドはすぐさま織姫だけに聞こえるような小さな声で「井上、」と彼女を呼ぶ。 「・・・なに茶渡くん。」 「今から俺がスキを見てこの岩壁に穴を開ける。 その瞬間にその穴からあいつめがけて椿鬼を撃ち込んでくれ・・・!」 「わかっ「何だ?まだなんかゴチャゴチャやってるだか?」 一護の方を向いていたジダン坊が再び二人に向き直った。 ((意外と地獄耳・・・!)) 「おーい。チャドー井上ー」 岩壁の反対側から一護が声をかける。 「黒崎くんっ!?大丈夫!?ケガない!?」 「おーピンピンしてらー」 姿を見ることが叶わず織姫は心配そうな表情をしていたが、 それでも一護の大丈夫そうな声が聞こえてほっと胸を撫で下ろした。 「ちょっとまっててね!今から・・・」 「あー・・・そのことだけどな、井上。オマエとチャド、そこで何もしねーでじっとしててくれねーか?」 「え・・・」 一人壁の向こう側に残された一護の援護をしようとしていた織姫は そんな一護本人の台詞に一瞬言葉を詰まらせた。 それからすぐにハッとなって、 「な・・・何言ってるの黒崎くん!そんなの・・・」 と続けるが――― 「いーからいーから!心配しねーで待っててくれって!」 本人にそう言われてしまう。 しかし、一人で闘おうとする一護を認めないという声が上がった。 「いいや!断る!!」 遅れて岩壁の手前まで来ていた雨竜は今まで見てきた“黒崎一護”と 先程信じられないような剛力を見せ付けたジダン坊とを比べて、一護に無理だと叫ぶ。 「君も見ただろう!あのジダン坊の怪力!! この十日間で君がどんな修行をしたか知らないが・・・とても君一人の力で太刀打ちできる相手じゃない!」 しかし、一護が返したのは溜息と気の抜けた言葉だった。 曰く――― 「・・・いたのか石田。」 思いっきりからかっている。 「さっきからいただろ!!こんな時にまでいちいちカンにさわる言い方するなっ!!」 雨竜の怒りの籠った声に一護は軽く呆れて溜息をついた。 「はぁ・・・ったく、ギャーギャーうるせーなぁ・・・」 (そりゃァ心配してくれてるンだろうし、嬉しくないって言ったら嘘になるけど・・・やっぱね。) 『ありがた迷惑?』 (そ。) 一護の返事に白い相棒が苦笑する。 すると・・・ 「・・・一護。」 壁の向こう側から静かな声がかかった。 チャドだ。 チャドは壁のすぐ手前に佇み、落ち着いた声音でたった一言だけ問うた。 呟きにも等しい小さく静かな声で。 「・・・やれるのか。」 「まぁな。」 静かなそして端的な問いに一護からもそれだけを返す。 そうして岩壁に背中を預けた格好で首の後ろを掻き、僅かばかり口端を吊り上げた。 「"まぁな"って何だ"まぁな"って!!そんな簡単に・・・!今の状況をわかってるのか!?」 「あ―――も―――・・・」 静かだったのがいきなり騒がしくなり、岩壁をダンダンと叩く雨竜に一護は半眼になって呻く。 あの夜、阿散井恋次の事はまだ良いとして、朽木白哉に手も足も出なかった一護を見ていたからこそ 雨竜がこんなにも必死で止めようとしてくれているのはわかる。 心配してくれるのは嬉しい。嬉しい・・・が、その反面、今の状況では少しばかり眉根を寄せたくもなる。 だがそれも仕方ないかと諦め、一護は雨竜に向かって口を開いた。 「心配すんなっての。オマエ言ったろ?"この十日間で君がどんな修行をしてきたか知らないが"って。 いいこと教えてやるよ。 当初の予定・・・浦原さんの計画じゃぁ俺は十日フルに使って死神の力を取り戻すことになってた。 だけど実際、俺にはその必要がなかったのさ。」 「はぁ?それは一体どういう・・・」 鎖結と魄睡を貫かれたはずの一護がどうしてそんなことを―――。 死神の力を“取り戻す”必要がなかったなどと言うのか。 壁の向こうから困惑する気配が伝わってきて一護はクスリと笑った。 「あの夜、俺は鎖結も魄睡も無事だったんだよ。朽木白哉の剣が貫いたのはそのすぐ横。 ・・・つまり、死神の力はこれっぽっちも失っちゃァいなかったんだ。」 一護の台詞に雨竜はさらに困惑の度合いを強める。 「じゃあ、その十日間は・・・」 「戦ってたんだよ!俺とあの人、どっちかがくたばるまでずっとな!」 「なっ・・・!?」 本人は気づいているのかいないのか。 “俺がくたばるまで”ではなく“どっちかがくたばるまで”と言った一護に雨竜は息を呑んだ。 「おかげで随分と勉強になったぜ。」 (力加減とかな。) そう言って一護は背中の斬月に手をかけた。 全体を覆っていた布が一瞬でほどけ、その鈍く輝く刀身が露わになる。 そして一護は改めて巨漢の死神と対峙した。 |