辺りを見回すと人、ヒト、ひと。 スイヨウビノダイメイワク 2
「それにしても・・・どいつもこいつもワラワラと集まりやがって・・・」
撮影現場となる廃病院前の広場には老若男女、たくさんの人々。 皆が今夜の主役―――ドン・観音寺の登場を今か今かと待ち望む中、一護は雑誌のページを捲りつつ不機嫌な表情で呟く。 「この辺の人間はよっぽど娯楽がねーんだな・ってテレビ局に思われちまうぞ。・・・・・・それにしても・・・」 続く言葉は口には出さずに思うだけにとどめる。 (この感じ・・・滅却師もいるじゃねぇか。) 己の近くに感じる気配。 虚を昇華するのではなく滅する者―――滅却師のものが一つ。 (同じクラスのヤツだよな・・・確か、石田とか言う。) 人の顔と名前を覚えるのは苦手だが、同じクラスにいる滅却師の生き残りとなれば少しは記憶にも留まるというもの。 そんな人物がこんな所にいるとは、彼はよほどの物好きなのか。 「それとも、コレが普通なのかねぇ・・・」 げんなりと呟く。 そんな一護の隣にルキアが歩み寄ってきた。 「どうした、一護。しかめっ面なんぞしおって・・・。 せっかく“てれび局”とやらが来ておるのだ。もっと楽しまねば!」 「そうは言ってもな・・・」 こういうのはあんまり好きじゃないっつーか、大嫌いな部類に入るからなぁ。 そう言って苦笑し、一護は病院の玄関付近を見つめる。 「それはそうと、多分だけど・・・ココ、地縛霊がいるぜ・・・」 「なに・・・?」 ルキアが一護の視線をたどる。 「わかるのか?」 自分は何も感じ取ることが出来ないが、一護には何かあるのだろうか。 そう思って視線を隣に戻し、ルキアが問いかける。 一護は「何となく・・・」とやや曖昧に答え、肩をすくめた。 (地縛霊ってヤツは普段土地と同化してるからなぁ・・・ただでさえ見つけにくいのに、 今夜は近くに滅却師が・・・加えてあの浦原って人と、それにこの前一緒にいたガキが二人来てる。) 『色々居過ぎてきちんと感じ取れない?』 (まぁな・・・) 相棒の問いかけに短く答え、一護は撮影用の機材を運ぶスタッフが己の横を通り過ぎるのを見送った。 ライトを運ぶスタッフが病院の玄関に近づく。 「あ。やっぱいるわ、地縛霊。」 一護のセリフとほぼ同時。 スタッフのスニーカーの先でパリッと静電気のようなものが発生した。 ウオオォォォォォォオオオオ!!! 瞬間、あたりに響く雄叫び。 一部の者達だけが知覚できる声とビリビリという空気の振動。 「確かに・・・この場所に捕われた者がおるようだな。」 ルキアが視認できるようになった男の地縛霊に視線を向ける。 「ああ、半虚だ。撮影が終わったあとにでも魂葬しとくか。」 「そうだな。今やってもこんな所で暴れられては困る。」 男の霊に視線を向けたまま二人は小さな声で会話を行う。 しかし半虚が叫ぶ内容を聞く二人は半眼となっており、どちらも頬を一筋の汗が伝った。 「“入ってくんなら金払え”に“ブッ殺す”・・・」 一護が呟き、ルキアがそれに続く。 「それに“ピンクのキャデラック”と“ピンクのドンペリ”、“西麻布の夜の帝王”とは・・・」 「・・・・・・えらく俗っぽい怨念を持ったヤツだな・・・」 一護に同意するようにルキアも無言。 馬鹿らしい叫びをバックミュージックに嫌な沈黙が二人の間に流れた。 「みなさんお静かに願います!!」 その沈黙を破るように入った放送。 どうやら撮影がスタートするらしい。 カウントダウンが始まった。 「5秒前!」 「4!」 「3!」 「2!」 「・・・・・・・・・」 カメラに向かって司会者が話し出す。 「こんばんはみなさん・・・今夜の『ぶら霊』は・・・・・・」 微かに聞こえるヘリコプターの音。 それをかき消すかのように観客席から歓声が沸く。 「それでは登場して頂きましょう!ミスタァア〜〜ドン・観音寺ィィ〜!!」 独特な笑い声を上げつつ上空からパラシュートで登場した今夜の主役。 ドン・観音寺は派手な衣装に身を包み、司会者と共に廃病院を見上げる。 それから玄関先の空間に視線を移し、お決まりのセリフを言ったあと「これはまずい・・・」等と喋りだした。 「あやつ・・・確かに視えているようだな。」 「このまま本当に成仏させてくれたりしてな。」 口うるさい半虚とあごに手を当ててそれを観察する観音寺を眺めつつ、それなら楽で良いのに・と一護が呟く。 しかし次の瞬間、観音寺がとった行動に二人は言葉を失った。 「何やってんだよあいつ!?」 一護たちの目の前で観音寺はステッキを使って半虚の孔を広げていく。 霊の孔を広げて鎖を断ち切るとは、即ちその者を虚に変化させるということ。 そんなもの、浄霊とは言わない。 「まずい!このままでは・・・!」 ルキアが冷や汗を流す。 その間も半虚は耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げ、苦しみながら孔を広げられる。 「くそ・・・ッ!」 一護は毒づき、張られたロープを飛び越える。 横目に眼鏡をかけた青年―――滅却師の姿を捉えつつもそれを無視して叫んだ。 「やめろォっ!!」 『一護!!後ろから警備員!』 「ちっ!」 飛び出して来た一護を止めようと数人の警備員が後ろから手を伸ばしてきた。 一護は捕まらぬようにしゃがみこみ、地面に手をついて方向転換。 姿勢を低く保ったまま左へ直角に曲がり、それから観音寺に向かって再び走り出す・・・ 「ダメっスよ、そんな事しちゃ。」 急に首の後ろを持たれ、一護は人ごみの中に戻された。 「・・・っ、テメェ何すんだ!」 両腕を拘束して身動き取れないようにされた一護が、首だけで後ろを振り向き、その人物を睨みつける。 しかし一護を捕らえた人物―――浦原喜助は飄々とした態度でそれを軽く受け流した。 「そんな事言っても、生身のままじゃあもう無理っスよ。ホラ・・・」 浦原がやった視線の先には破裂音と共に千切れていく因果の鎖。 「・・・!」 一護がその様子を見て目を見張る。 (遅かったか・・・!) こうなってはもう、あの地縛霊が虚として現れたときのために死神化したほうが良いのだが――― (コイツに見られるわけにはいかねぇし・・・) 腕は浦原に拘束されたたまま、一護は逃げ出すことができずにいた。 浦原は一護の秘密を知る者ではなく、その目の前で道具も使わず死神になるべきではない。 そう思っていても義魂丸は持っておらず、またルキアに頼もうにも何処にいるのかわからないので、 他者の力を借りるというのも不可能だろう。 良い考えが浮かばず、イライラしながら一護は浦原を見た。 しかしそれに動じることもなく、浦原がクスリと笑う。 「そんなコワイ顔しないで下さいな。今回はアタシが手を貸してあげますヨンv」 そう言って、浦原は胡散臭そうな笑顔で左手の杖を掲げて見せた。 「はぁ?一体何を・・・」 一護が聞き返すのを遮るように、その後頭部にトンと軽い音を立てて杖が突き立てられる。 「・・・!?」 体から剥がされる様に死覇装姿の一護が外に出た。 そのまま二・三歩たたらを踏んで足を止める。 「どういうつもりだ?」 振り返って一護が問う。 こんなことをする男の真意がわからない。 浦原は口元を隠すように扇子を広げ、肩をすくめて見せた。 「いえね、お得意様とそのお知り合いにはサービスも大事でしょう?」 ニッコリと笑う浦原に一護は溜息をつく。 何か思う事があってもそれは絶対口に出してはもらえないだろうと判断して。 「まあいいや・・・死神にはなれたんだし。」 「そうっスよ。それじゃ行ってらっしゃいな、黒崎サン。」 一護の体を抱えたまま浦原が扇子を煽いだ。 それを見て一護はニッと笑う。 「どーも。体の方は頼むぜ、浦原喜助さん。」 ちょっとした意趣返しを込めつつ。 言い残し、一護は浦原に背を向けて駆け出した。 その背を見送りつつ、わかりましたよ・と浦原は腕の中の体を抱え直す。 しかしそこで首を軽くひねって、 「おや。名前、教えましたっけ?・・・・・・ねぇ黒崎サン・・・」 浦原は腕に抱えた抜け殻にそう問いかけた。 |