「あ、夜一さん久しぶり。」 浦原商店での修行(サブタイトルは「〜尸魂界突入準備編〜」くらいで)の三日目。 しばらく姿を消していた夜一さんが姿を見せたので、俺はちゃぶ台を皆と囲んだままそちらへ首を向けた。 勿論、皆もだいたい同様に視線を向けたり挨拶を口にしたりする。 ちなみに、皆こと浦原さん、テッサイさん、ジン太、ウルルと一緒にちゃぶ台を囲んでいるのは時刻ゆえ。 夜一さんの現れた時間帯がちょうど夕食時だったためという、ただそれだけの理由だ。 「おう一護。調子はどうじゃ?」 猫らしく足音を立てずに近寄り、俺の傍に腰を下ろして夜一さんが応える。 「俺?・・・俺はまぁ順調と言えば順調か、な?」 「なんじゃ、はっきりせんのう。」 「いや・・・斬術とか歩法は浦原さんに花丸とはいかねぇけど丸くらいなら貰えるようになったんだけどさ、鬼道がもう壊滅的で。」 白打は空手をやっていたためか、元より結構イイ感じではあった。 そして普通の高校生をやっていれば縁の無かった斬術と歩法に関してもこれまでの記憶と浦原さんの指導、そして――そんな“師匠”のお世辞じゃないなら――俺に素質があったおかげで悪くは無いということらしい。 だが基本的な四つの戦闘方法のうち最後の一つ―――鬼道が本当に情けない状態なのだ。 「黒崎サンは元の力が大き過ぎるのに加えて、鬼道の訓練を始めてからそれほど経っているわけでもありませんしね。他の三つの戦闘方法の伸びが異様なだけなんですよ、実際は。」 「そうじゃの。」 浦原さんの台詞に黒い頭を縦に振って夜一さんが同意を示す。 二人にそう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、それでもなぁ・・・。 出来ることなら簡単な治療や(技のレパートリーを増やすためにも)せめて目くらましくらいにはなる攻撃を扱えるようになりたい。 と、そんな風に真正面以外から戦う方法を考えるようになったのは、やっぱり繰り返している所為なんだろうか。 真っ向勝負しか知らない『一周目』の俺じゃ絶対に考え付かないことだろうし。 「・・・どうかしましたか、黒崎サン。」 「ん?ああ、なんだか最初の俺と比べて今は随分・・・言い方は悪ィけど、狡賢くなってきてるみてぇだな、と。」 「例え繰り返しの世界とは言え、経験を積んで成長したからですかな。」 「かもしんねぇ。」 茶碗にご飯をよそって手渡しながらそう告げるテッサイさんに苦笑と同意の言葉を返す。 「重ねた年月で言やァ、浦原さん達には到底及ばないんだろうけどさ。」 「そりゃそーだろー。店長は今年で・・・えーっと、何歳だっけ?」 「三ケタ達成は確実です。こっちに来てから百年くらい経ってますから。」 「おう、とにかく三ケタはよゆーでいってるぜ!」 「いやっスねぇ、ジン太もウルルも。ヒトの齢をそう簡単にバラさないでくださいよ。」 「・・・あんたは女か。」 ジン太、ウルル、浦原さんの会話に思わずツッコミを入れてしまったのは致し方あるまい。 夜一さんもそばで「やれやれ」と頭を揺らしていることだし。 にしてもそうか・・・三ケタは堅いんだな。 「じゃあ夜一さんとテッサイさんもそのくらいなのか?」 「まぁそうじゃな。ただしテッサイは些か儂と喜助より年上じゃがな。」 「・・・うん、見た目からしてそれっぽい。」 あくまで「なんとなく」ではあるけれど。 だって浦原さんもテッサイさんも、かなり年齢不詳な格好だろ。 「百年前か・・・こっちに来る前、浦原さんと夜一さんは尸魂界で死神隊長をやってたんだっけ?」 「ええ、そうですよ。ま、アタシは隊長になってそう経たないうちに現世へ来たんですけどね。」 「ふーん。じゃあテッサイさんは?」 「私は鬼道衆総帥大鬼道長を勤めさせていただいておりました。」 「総帥大鬼道長・・・護廷で言う所の隊長ってことか!?」 「そうですな。」 「うわー・・・」 凄い人達ばっかりだな、ホント。 隊長兼技術開発局創設者&初代局長、隊長兼隠密機動のトップ、そして鬼道衆総帥大鬼道長かよ。 おいおい、俺さっき鬼道衆の総帥にご飯よそってもらってたってわけ? それどころか衣食住まるっきりお世話になっちまってるぜ? 「・・・今後は洗濯くらい自分ですべきなんだろうか。」 「いやいや、遠慮は要りませんぞ黒崎殿。洗濯も掃除も料理も私が好きでやっていることですから。」 「テッサイさんって良い人だな・・・」 小さな独り言にもフォローを入れてくれて。 と、感動及び尊敬の念を覚える俺の横で浦原さんが「ああ、そうだ。」と声を上げた。 「なんで今まで思いつかなかったんでしょう。・・・黒崎サン、」 「お、おう。」 相手がにっこりと帽子の陰で笑う気配を感じながら、俺は一体何だと額に汗を浮かべる。 そんな俺の態度なんて気にするまでもないのか、浦原さんが殊更明るい声で名案とばかりに言ってのけた。 「残り六日の修行、テッサイに鬼道の手解きを受けてみましょうか。」 「はい?」 夜一サンは井上サンとの修行であまり時間を割けないでしょうし・・・、と独り言の如く付け足す浦原さんを凝視して、出てきた言葉は妙に裏返っていた。 今まで修行と言ったら浦原さんか夜一さんのどちらかにしか付けてもらってなかったからなぁ。 そりゃあ『一周目』の時から既にテッサイさんってかなりやり手みたいな気配はしてたけど・・・素手で虚の頭を砕いたり、虚化を始めた俺を縛道で押さえ込もうとしたり。 でも実際のこととしてテッサイさんも自分の師になる(夜一さんの場合は手伝ってくれたって表現すべきなんだろうが)なんて考えはちっとも頭の中に存在していなかった。 ・・・それはもしかして、テッサイさんのポジションが俺にそう思わせていたんだろうか。 ほら、浦原さんばっかり前面に出ててテッサイさんはそのサポートって感じばっかりだったしさ。 「私は別に構いませんぞ。」 思考の海に沈みかけた俺を当の本人であるテッサイさんの声が引き戻した。 「いいのか?」 普通に考えればこれって鬼道を上達させるためのチャンスなんだよな。 だって浦原さんが推すくらいなんだし。 「ええ。勿論テッサイにはこの家のこともしてもらっていますからね、一日中勉強部屋に篭ってもらうわけにはいきませんが。」 なんとなくこれまでの経験のおかげで奇妙な心地のまま問う俺に浦原さんがそう答える。 テッサイさんも横で頷いて「私でよろしければ。」なんて言ってくる始末だ。 「なんかで、じゃねぇよ!その道のプロに教えてもらえるんだし・・・!」 慌ててそう言い返せば、浦原さんが「では決まりっスね。」とにこやかに告げる。 うーん、本当にいいのか? だって上達してるってはっきり判る斬術とかならまだしも、まるっきりダメダメな鬼道だぜ? これでヘボ鬼道のままだったらテッサイさんにいくら頭を下げたって足らなくなっちまうんじゃないかと思う。 と、そんな考えが顔に出ていたのか、テッサイさんは口端を持ち上げて苦笑し、浦原さんも苦く笑いながら口を開いた。 「まぁそう悪いことばかり考えずに、これで鬼道がまともに使えるようになれば儲けものだとでも思っていればいいんスよ。」 「そうですぞ黒崎殿。気楽に、です。」 「ま、今の状態からたった六日で出来るようになる方が異常っつたら異常だしな。」 浦原さん、テッサイさんと続き、ニシシと歯を見せて笑うジン太にまでそう言われて俺の表情も思わず緩む。 「そっか・・・そうだな。じゃあテッサイさん、よろしく頼む。」 「お任せください。」 ってなワケで、明日からは本格的な鬼道修行もスタートだ。 |