「テッサイさんは鬼だった・・・っ!」 「あーらら。なんだかボロボロっスねぇ、黒崎サンってば。」 扇子を閉じたまま口元に当てて浦原さんが呟く。 時刻は――この部屋には時計がないので正確なところは判らないが――午後五時を回ったくらいか。 テッサイさんとの修行開始が午後一時だったからまだ四時間しか経っていないのだが、それでも俺はちょうどいい大きさの岩に背中を預けて息を整えなくてはならなかった。 修行一日目(しかも午後からのスタート)にしてこの状態。 まさかここまであのテッサイさんがやるとは思わなかったぜ。 「ぶっちゃけ浦原さんとの修行よりもキツいんだけど・・・・・・当社比で三倍くらい。」 「アタシもまさかあそこまでテッサイがやるとは思いませんでしたよ。意外と教育熱心だったんスねぇ。」 「教育っつーか扱き方がパンパじゃねーよ。確かに最初の三十分は懇切丁寧にコツとか色々教えてくれたけどさぁ・・・あとはひたすら撃てってか。」 「まぁ黒崎サンに欠けてるのは自分の力がどれくらいの大きさなのかっていう自覚とその制御方法っスからね。実際に身体を使って理解するのも有効っちゃァ有効ですよ。」 あはは、と浦原さんが軽く笑う。 その声が人を食ったようなものではなく少しばかり俺を心配する気配を滲ませていたのは、この四時間の出来事を浦原さんも目にしていたからだ。 ・・・いや、ホントにパンパねーんだって。 三時間三十分ぶっ続けで鬼道を連発し続けるってのは。 そりゃまだまだ制御が上手く行かない俺だから毎度毎度まともな鬼道が放てるわけじゃない。 それでもやはり鬼道を使おうと思えばそれなりに霊力を消費するらしく、呼吸イコール詠唱(の息継ぎ)と言っても差し支えない程の勢いで連発し続ければスタミナ切れだって起こってくるものなのだ。 "慣れないこと"だったってのが一番の原因だとは思うが、『一周目』にて五日間昼も夜もブッ通しで浦原さんと斬り合ってた時よりも本気でハードだった、あれは。 だがへとへとになるまで練習した成果はあったので、気持ち的にはそれ程悪くない。 例を挙げるならば今俺が背を預けているこの岩。 元々はこんな岩なんて勉強部屋に置かれていなかったし、また浦原さんとの修行中に出来たわけでもない。 これは俺がテッサイさん監督の元、鬼道を放とうと何度も何度も試みた結果として成功した一発が巨大な岩(むしろ崖的なもの)の一部を壊して作り上げた代物なのだ。 「ま。四時間前よりは確実に鬼道の精度は上がりましたし、結果オーライってやつっスかね。」 「そうだな。ひたすら練習やる前にコツを教えてもらったのも良かったんだろうけど。」 答えつつ、四時間前にテッサイさんから聞いたコツを思い出す。 鬼道を使う際――と言うより、自分の中にある霊力をどうにかしようと思った際――、まずは心の中心に真っ黒な円を描く。 これは岩鷲に教えてもらったことと一緒だ。 だがテッサイさんのアドバイスはここから少し違ってくる。 真っ黒な円を描いた後は、その中に飛び込むイメージを。―――ただし俺の場合は霊圧の量が多すぎるし調節も下手だから、全身を突っ込ませるんじゃなくて身体の一部に限定する。 つまり『その鬼道を放つために必要な霊力』を『穴の中に突っ込む身体の体積』に見立てているわけだ。 一桁台の鬼道なら指先程度、蒼火墜のような二桁台前半から中盤くらいなら手首と肘の中間辺りってところ。 そうやって最初から使用したい力の量を設定することで調節時の余計な思考を省き、制御の精度を上げるのだ。 ちなみに詠唱破棄だなんて芸当には当然のことながら辿りつけていない。(たとえ一桁台の白雷であっても、だ。) テッサイさんとしては最終的に一桁台くらいの鬼道なら詠唱破棄で撃たせたいらしいが・・・いや、ムリだろそれは。 詠唱を省けるほど俺の霊圧制御は上手くない。 でもあの人の鬼教師っぷりから考えると有り得そうで怖いんだよなぁ。 「・・・・・・浦原さん、俺かなり本気でテッサイさんが浦原商店の全家事を担ってくれててよかったと思う。じゃなきゃこんな四時間が倍どころじゃ済まないくらいに延長されちまうんだろ。」 「あー・・・それは考えない方が賢明っスよ。どれだけすることになるかマトモに考えたら、それだけで体力奪われそうですもん。」 視線を逸らしながら告げられるその言葉がなんだか妙にリアルで嫌だ。 「ホラホラ、思考を切り替えて今日はオシマイにしましょ。明日も午前中はアタシと、午後はテッサイとの修行が控えてますからね。ゆっくり身体を休めておかないと。」 うむ。そうだった。 岩から背を離して立ち上がり、浦原さんと連れ立って勉強部屋の出入口へと向かう。 テッサイさんが夕飯を作り終えるまでまだしばらく時間があるし、風呂に入ってさっぱりするのも良いだろう。 あと鬼道の制御に失敗して手元で小爆発なんかも起こったりしたので、その時に負った傷を浦原さんに頼んで治してもらうのも忘れずに。 テッサイさんの手伝いってのは無理だろうな。 行ったら邪魔になっちまう。 俺だっておふくろが亡くなってから親父の手伝いをし始め、それから遊子が家事全般を担うようになってくれるまで結構長い間台所に立ってたけど、テッサイさんのそれは年季が違うのだ。 ってなわけで、俺があと出来ることと言えばジン太やウルルの相手くらい・・・か? 「いやいや、アタシの話し相手ってのもアリっスよー?」 「うへ、今の俺声に出してた!?」 「ご心配なさらず。今のはアタシがキミの顔見て推測しただけですから。」 にこり、と笑う浦原さん。 そ、そんなに俺って顔に出やすい人間だったのか・・・? とか考えているのも表情に出ていたのだろう。 浦原さんがくすりと笑って――― 「うおっ!?」 「まぁまぁ、そんな難しい顔せずに。まずはお風呂にでも入ってすっきりして来なさいな。」 俺の頭をぽんぽんと叩きながらそう言って一足先に勉強部屋を出る、下駄と帽子が標準装備な俺の師匠。 この年で頭を撫でられるなんて経験、親父がふざけている時くらいにしかなかったから、なんだか物凄く驚いてしまったし、新鮮な感じがした。 「それにしても、」 ひょいひょいを梯子を上って行く黒い羽織の背中を眺めながら誰にも聞こえない程度の小さな声で呟く。 「手、でかかったな・・・」 ずっと剣を握っていたのだと判る、厚く硬くなった皮膚。 成熟した男性が持ち得る大きな手の平、加えて器用そうな長い指。 その感触がまだ残っているのをどこかむず痒く思いながら、俺は軽く息を吐き出して浦原さんの背中を追った。 |