「黒崎くん。」 「井上・・・?」 下校途中、見知った人物に呼び止められて俺は足を止めた。 どうして先に教室を出たはずの俺が彼女―――井上に待ち伏せされているのか多少気になりつつも、今まで全てこうだったのだから今更別にどうということもない。 おそらく近道を使うか走るかしたのだろう。 その程度の認識である。 それはともかく。 両手で鞄を持って立っていた『今回』の彼女はほんの少しばかり俺の記憶の中にある彼女とは違う表情をしているように思えた。 どこかこれまでの井上より確信の薄い(戸惑いの多い)顔をしているような気がする。 はて何が原因かと考えて――― ・・・ああ。そっか。 きっと教室での俺と桃原とのやり取りが原因だ、と思いつく。 何せ『今回』は俺自身、まるでルキアなど最初から居なかったかのように、そして最初から桃原が居たかのように振舞っていたからな。 それを見ていた(聞いていた)彼女が「まさか黒崎くんも朽木さんのことを忘れてしまったの・・・?」ってな感じで訝しんでいるのだろう。 しかしルキアと一番接点が多かったのは俺であり、やはりアイツが消えちまったことを訊くなら他の誰でもなくまず俺に話を持って行くべきだとも思ったというわけだ。 こちらを呼び止めてもまだ戸惑いを拭い去れず口を無意味に開閉している井上の様子を窺いつつ、そう予想をつけた俺は肩を竦めて薄く笑う。 こんな所で突っ立っててもしょうがないからな。 「・・・ルキアのことだろ?」 「えっ・・・」 「なに驚いた顔してんだよ。井上はそのために待っててくれたんだろう?」 「う、うん・・・。それであの、朽木さんは―――」 「少し長くなるけどいいか。」 「うん。」 頷きと共に長い髪が揺れる。 さて、今まで二回この説明を繰り返したわけだが、『今回』はもうちょっと上手く話せるだろうか。 それに他に何か付け足して言っておくべきこともあったりするだろうか。 ・・・藍染のこととかさ。 どうしようかねぇと胸中で呟き、とりあえず俺は井上と共に適当な場所へ腰を下ろした。 「・・・と、そういうわけだ。」 ルキアが居なくなった原因を話し、また俺がそれを普通に受け止めていたのは事前に尸魂界関係者――この場合は浦原さんだな――から尸魂界の人間が現世を去った場合に起こる事態を聞かされていたという設定(嘘だけど)の下、俺は話を終えた。 それと結局、この事件の黒幕的存在については全く触れていない。 触れていない、と言うか・・・触れられなかったんだけどな。 やっぱり『前回』で白哉と浮竹さんに話しちまったのが尾を引いているのだろう。 藍染のことを口にしようとしても出来なかった。 “尸魂界に行く”もしくは“尸魂界にいる”人間に不用意に藍染のことを話せば、その相手が俺の記憶にあるよりも酷い目に合うのではないかと。 ・・・本当はこんな話をしなくても―――つまり元より尸魂界のことに関わるところから無しにしたかったんだが。 『今回』のチャドのように。 しかしそればかりは過ぎた時間を嘆いても仕方ないということで、今の俺に出来ることはない。 もし『四周目』なんてものがあったなら早々に手を打とうかとも思うが、そんな甘い考え(何度もやり直しがきくってこと)じゃ前には進めないだろうから。 だから、考えない。 (とりあえず正気を保っていられる今は、まだ。) 「そっか。」 こちらの思考が読めるはずもなく、井上はそうぽつりと零した後、ほぼ俺が覚えている通りの台詞を吐き出した。 向こうに居る家族や友達と引き離してまたこちらに連れて帰るのか、それでどうしようと言うのか、と。 だが俺が口篭る仕草を見せれば先刻の落ち着いた声音を一掃し、井上は眉間に皺を寄せ腕を組むという俺のマネをして尸魂界に行くことに賛成してくれる。 付け足された「頑張ってね」の台詞は同じく彼女も尸魂界に行くことを知っている俺からすれば些か不似合いに映ったけれども。 「ああ。ありがとう、井上。」 「・・・・・・うん、ケガしないでね。」 無傷で終わらせるのは無理だと思うが、当然のことながら口にはしない。 そんなことは彼女だって解っているだろう。 俺は頷くだけでそれに答え、井上に別れを告げて一足先にその場を去った。 |