浦原さんちで早めの朝飯を頂き、それから一度家に戻って制服に着替えたら、今度は学校へ。 慌しく登校して来た俺に教室で逸早く声をかけてきたのは、 「おーす黒崎!」 「おう。今日も早いな桃原。」 ルキアの代わりにクラスメイトとして現れた桃原鉄生。 流石にこんな出会い方を何度も繰り返していれば、人の顔と名前を覚えるのが苦手な俺でも一応記憶に刻み込まれている。 (『前回』はすっかり忘れちまってたけど、『今回』は顔を見たら思い出した。繰り返しって大事だな。冗談だけど。) ただしこの繰り返しの中で今日一日しか顔を合わさないはずの人間に「"今日も"早いな」という台詞を投げかけるのは我ながら滑稽だと思ったが。 でもま、俺だけにとっちゃ毎度毎度こいつの方が早く教室にいるってのも事実だけどさ。 桃原は俺の感想に肩を竦めて笑うと、「そりゃあ空手部の朝練がありますから?」などと軽い口調で言う。 なるほど。 俺がこいつの顔を見て「はじめまして?(=オマエ誰だ?)」と言わずにこういう反応をすると、相手はそう切り返してくるというわけか。 なんだかひどくゲームじみて滑稽に思えてくる。 「でさぁ、黒崎。オマエ本当に空手部入るつもり無ェのか?」 「今のところどこの部活にも入るつもりはねーよ。色々やることあるしな。」 「勉強とか?」 「それもある。」 「おーおー、学年上位者の言うことは違うねぇ。」 「からかうなっての。」 軽口を交し(よくもまぁここまで平気な顔で出来るようになったな、俺)、チャイムが鳴る前に席に着く。 周りの様子を窺ってみると、やはりルキアのことはすっかり忘れ去られているらしい。 ただし井上は・・・ああ、隠しているようだが彼女だけどこかそわそわしている。 また『今回』も俺は下校途中で呼びとめられる運命にあるようだ。 チャドの方は表情が読みにくくて断言は出来ないが、たぶんルキアのことは覚えていない。 やっぱり死神状態の俺と接触したかしなかったかってのが大きな分岐点になっているみたいだな。 そんなことを考えながら、ちょうど教室前方の扉から入って来た越智教諭に視線を向ける。 出席を取った後は皆で体育館に移動して校長の退屈な話を聞くことになるのだろう。 あの暑い空間に小一時間詰め込まれる苦痛と来たら・・・。 『一周目』の時なんかはルキアのことで頭がいっぱいであまり気にしていなかったが、よく考えるまでもなくあの空間は相当ヤバいと思う。 体力の無い一部生徒が貧血でぶっ倒れるのも解る気がするぜ。 うんざりとしつつ、ルキアの名前を呼ばずに次の名前を呼ぶ越智教諭の声を流し聞いて俺はひっそりと溜息をついた。 めんどくさ。 「さてと。以上かなあ、連絡事項は。」 体育館での苦行を乗り越え教室に戻った後、生徒達に通知簿やら休み中の諸注意を書いたプリントやらを配り終えた越智教諭は諸々の連絡事項を口頭で伝えてからそう言った。 「ま、休みなんだから宿題なんて現国以外はテキトーにやんな!遊びも少しぐらい犯罪気味の方が後々いい思い出になるよ!」 と教師らしからぬ物言いに彼女らしさを感じる。 この髪色の所為で教師にはあまりいいイメージがないが、それでもこの人は特別と言うか特殊と言うか異質と言うか・・・。 ま、嫌いではない部類に入る。 最後の締めくくりが「そいじゃあんたたち!九月まで死ぬなよっ!」なんて破天荒ぶり、(彼女にその気は無くても)皮肉が利いててサイコーだ。 さて『今回』こそは生きて九月を迎えられるのだろうか、と苦笑を喉の奥で殺しながら、俺は越智教諭の「以上!解散っ!!」と言う声に合わせて席を立った。 その直後、目隠し用のハチマキを持ったケイゴが中庭に誘ってくるわけだが(そしておそらく俺が『今回』のように早々に席を立たなければ、そのハチマキは俺に使われていたことだろう。スイカ割りならぬ浅野割りのために。)、この後の展開は知っているので「俺パス。」とだけ告げて教室を出る。 「ちょ、ちょっと待ってくれよ一護ーっ!どうせ部活もなくて暇なんだから浅野ツーリングでこの夏をエンジョイしようぜ!!」 「生憎今年の夏は予定がいっぱいでな。」 そのまま帰ってしまうのも友達甲斐が無いだろうと考えて振り向いてやる。 が、これは俺の良心ではなく、きっと悪戯心というやつだろう。 「なぬー!?予定がいっぱいだと!?」 と吼えるケイゴに俺はニヤリと笑った。 「今年はユルめの金髪美人ンちにお泊りして色々教えてもらって、その後怜悧なお顔の茶髪眼鏡さんに会いに行ってくる予定。」 「・・・・・・・・・は?」 「と言うわけで夏休みはほぼ全部予定でいっぱいなんだよ。ま、夏祭りくらいは家族と行くけどな。」 ってなわけでサヨウナラ。よい夏休みを。 後ろ手にひらひらと手を振りながら教室を出た俺の背にケイゴと他何人かの怒号が発射されるまで、あと五秒。 ま、嘘は言ってないよな? どっちも男だけど。 ・・・笑えねぇ。 |